第3話 未来へ跳んだ!?(吉川観鈴)

「えっ!?私、今…、どう、なっ…てる…の…」

 

 さっきまで土砂降りの雨の中、轟く雷鳴に怯えていたはずなのに…。

 

 私は、木々の隙間から燦々と降り注ぐ陽の光を見上げながら、言葉を失くしていた。


- - - - - - - - 数時間前


『関東地方は高気圧に覆われ、晴天となります。今日は、日中27度まで上がります。しかも、降水確率は0%!久しぶりの洗濯日和となりそうですね!』


 いつも見ている朝のニュース番組。お天気お姉さんが大きなジェスチャーを交えてここまで言うのだから、きっと気持ちのいい天気になるのだろう。


 今日は、私の務める学校の創立記念日。

 全国にも名が轟く吹奏楽部など一部の部活動は、この日も練習があるようだが、新人の私は部活動の顧問を受け持っておらず、この日、私は完全にフリーとなっていた。


 折角の平日の休み、しかも天気が良いのであれば、紫陽花が満開になっている妙邦寺に行こう。苔むした階段と水色の紫陽花がどんな表情を見せてくれるか…、本当に今から楽しみだ。


 72色の色鉛筆とスケッチブックをカバンの中に入れる。

 陽射しがあるのであれば、帽子や水筒も持って行った方がいいかも…。私は、ちょっとした遠足気分でウキウキと準備を始める。



「はい。いつもお参りありがとうね。それじゃ、100円頂きますね。あっ、帰りにノートになんでもいいから書いていってね」


 すっかり顔なじみになった受付のお姉さんと笑顔で会話する。毎回渡されるパンフレットは、家の引き出しの中で束になっている。


 苔むした階段をゆっくりと登って行く。

 少しでも苔を痛めないように…。

 

 緑の世界…。

 この素晴らしさをどうやって表現したらいいだろうか?

 何度も何度も訪れて、何枚も何枚ものスケッチブックに色鉛筆を走らせるのだが、まだ自分が納得できる作品は一枚も描けてない。


 だが、今日は何かヒントが掴めそうな気がしていた。


 かなり集中してたからだろうか?

 頬に落ちた水滴で、私ははっと我に返った。


「えっ?雨?降水確率0%って言ってたじゃない!!」


 今度、テレビ局に文句言わなきゃなんて思っているうちに、雨脚はどんどん強くなっていく。そして、今度は激しい稲光と共に雷鳴が轟いた。


 私は、スケッチブックができるだけ濡れないようにカバンの中に急いで入れると、抱きしめるようにしながら、近くにあった小さな洞窟に走り込む。


 洞窟に走り込んだと同時に、今まで経験したことがないような眩しい稲光が目を襲う。そして、間髪入れず左耳のすぐ横で激しい音が炸裂した。


 目も耳も使い物にならない…。

 いったいどれだけ経っただろうか…。

 漸く目と耳が少しづつ通常に機能しだした私は、辺りをもう一度見渡す。


「えっ!!!人が、人が倒れてる…」



- - - - - - - -

 

 倒れていたその男性は、宮里咲楽みやざとさくらと名乗った。

 男性で『さくら』って珍しいな。字は、『桜』でいいのかな!?

 

 町役場で働いているというこの男性は、恐らく私よりは数歳年上だろう。でも、こんなことを言うと失礼だろうが、時折見せる笑顔がとても可愛くて、体全体から優しさが滲み出ているような人だった。


「絵って、色鉛筆なんだ?凄いね。僕の写真よりも、いや実際の情景よりももっと素敵に見えるよ!」


 私の絵を見てそう言ってくれた時の彼の瞳を思い出す。

 その彼は私の前から突然消えていなくなった…。


 革製のバックが濡れているから、間違い無く雨は降ったのだと思う。

 ただ、辺りを見渡すと雨の欠片かけらも感じない…。


 一体、私はどうしてしまったのだろうか?そもそも、彼は何処に消えてしまったのだろう?もしかして夢を見ていたのだろうか?


 私は、ひとまず心の整理を付けるため、一旦家に戻ることにした。


「あら、今日は早いお帰りね」


 受付のお姉さんが私にそう言った。


「良かったら、はい、これ」


 渡されたのは、訪れた参拝客が感想を書いているノートだった。


『さくらさん。急にいなくなったけど、大丈夫でしょうか?また、会えたらうれしいです。みすず』


 少し恥ずかしかったけど、私は自分の心が思うままに文字を綴った。

 「会いたい…」素直にそう思った。

 さっき会ったばかりの男性にここまで強く惹かれたのは生まれて初めての事だった。


「それにしても、急な雨と雷、凄かったですよね」

「えっ?いつ降ったの?今日はこんな感じでずっといい天気だけど?」


 あの稲光と雷鳴に気づかない人なんていないはずだ…。

 だとすれば、一体、私は、どこでそれを見たのだろうか…!?






 

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