急ぎ出立


「この世界に存在する、人ならざる五つの種族――竜人族に吸血族と獣人族に悪魔族、そして死霊族。この五種の総称として、王国と冒険者組合は便宜上『魔族』という名称を利用しています。そしてエルマさんは、そのうち死霊族の血を引いていると、そう聞いています」

「死霊族……幽霊、いやこの世界ではレイスだったか? それを使役する、アンデッド系の種族か?」

「そうです。彼らは強力な死霊術を駆使して、魂を糧とした大魔術の発動や死体を利用した不死の軍団の運用を可能とします。故に、死霊族」

「成程。で、その血を引くエルマもある程度は魂を操る術を行使できる。しかし、厳密の意味で死霊族ではない。そこでこれまた便宜上登場した職業名が、ネクロマンサーってワケか」


 静かに頷くマリーさん。成程、話が見えて来た。


「今回エルマが受けたクエストも、魔族の一角である竜人族の討伐だったな? 組合にいた冒険者たちは皆揃ってしっかりと武装していたし、何より国は冒険者を公的な制度として採用し組合まで設置している。人間同士の戦争なら、冒険者などではなく傭兵と言えばいい。でも、冒険者――兵士ではない。とすれば恐らく、主な冒険者の役割は魔族の討伐か」

「……驚きました。全て話したワケではないのに、そこまで分かるんですね」


 呆気にとられたような表情を見せるマリーさん。

 まあ、生前この手の漫画やアニメやラノベを伊達に嗜んでいたワケではないからこその推察なのだが……そんなことを説明しても話がこじれるだけだし、何より理解されないだろう。俺が異世界から来たという、そこから話をしなければならないのだから。だからここは、俺が賢いということで押し通しておこう。強ち間違ってないしね、多分。

 それにしても、だ。


「だから、『半魔の幽姫』ってか? 趣味悪すぎんだろ、その呼び名」

「呼び名は、原則他の冒険者が決めて広まっていくもの。ランクと違い王国政府が制定したモノではなく、組合が授けたモノでもありません」

「つーまーり……嫉妬に狂ったモブ冒険者共の嫌がらせってことか。つくづく、胸糞悪い。で、そんな連中が寄って集って場の空気と同調圧力で女の子一人追い詰めて、命懸けのクエストを受けさせたってことかよ」


 瞬間、「ちくしょう」と呟きながら駆け出していたことを思い出す。

 それだけではない。ここで鬱憤を晴らすべく石を湖面に投げ入れたことを。

 そして、一人ここから歩いて何処かへと去っていく際に見せた寂しげな背中を。

 怖かっただろう。辛かっただろう。苦しかっただろう。

 理解が及ばなかった……と言えば聞こえがいいが、その実俺はもっと最低だった。

 冒険者という稼業も、死ぬことへの実感も、彼女が抱えていた心の闇も、俺は何も知らない。知らないし、知る努力もしなかった。ただ知った風に適当なことを言って、怒らせた。

 悪意があったわけではない。でも、無自覚な悪意ではあっただろう。

 挙句彼女の怒りをただの八つ当たりだと勝手に解釈して、勝手に腹を立てて、怒っていることを知って欲しいだなんて勝手な理由でその顔に一発叩き込んでしまった。

 全く、つくづくイヤになる。俺は大人だと、彼女よりしっかりしていると、勝手にそう思っていた。けど。


「アイツの方が、何倍も何十倍も凄いじゃねえか……それに引き換え、俺は」

「後悔があるなら、猶更エルマさんの助けになってあげてください! 今、彼女は死ぬかもしれない危険なクエストに独りで挑もうとしています。あの様子だと、思い留まる選択肢など恐らくありません。そしてエルマさんの性格からして、きっと今日にでも出発してしまうでしょう。ですから、急いで――」

「……どこだ?」

「――えっ?」

「クエストの場所、エルマが行った西の森ってのはどこだって聞いてんだ! 方角は? それとここからの距離は?」

「きょ、距離と方角? それなら、これから地図を――」

「そんな悠長なことしてられるか! はやくっ!」

「えっ? は、はいっ! ええっと、距離はここから馬車で三日ほどは掛かるかと。そして方角は……ええっとですね――」


 悠長にコンパスなんぞを取り出して、もたくさと方角を調べ始めるマリーさん。

 おいおい、方向音痴の類なのか? ……いや、俺だって人の事は言えないか。生前から、別段方角なんか普段意識して生活しないのは俺だって同じ。そう考えると仕方ないか。

それにしても、距離が分かったのは儲けもの。馬車で二日の距離ならば、まだ些かの余裕はある。ならばこれから追い掛ければ、まだきっと間に合う――そうしてあれこれと思案を巡らせていた矢先だった。


「……ん? げぇえっ!? あ、あれって……まさか」

「ええっと、ええっと……えっ? ど、どうかしましたか?」

「お、おい。もう方角調べる必要、無さそうだぞ?」

「はい? それは一体どういう――」


 きょとんとした表情でそう問うてくるマリーさんの問いを遮って、俺は引き攣った表情のままとある方角を指し示す。

 そこは、湖のほぼ対岸の更にその先に広がる場所。ここからだと微かに木々が群生しているのが視認できるほどに遠い距離ではあるが、それでも確かに見えたのだ。

 普通森では絶対に見られないだろう、不自然なまでの青白い焔の輝きが。

 昨日見たあの青白い焔を、あの独特の色味を見間違えたりはしない。

 同時に、あんな普通ではない焔の色を操れる者などそうはいない筈。


「あっ! そうです。方角もそちらで合っていますね。でも、どうしてわかったんですか?」

「方角が合致しているということは、間違いないな。マジか、もうおっぱじめてんのかよ!」


 こういう時の、チートだろう。名前に掛けて風魔法を選んでよかったと、今ほど思ったことはない。ありがとう、女神様! いや、ここは風魔法を選ぶきっかけになった名前を付けてくれた母親に感謝すべきか? いや、今はそんな事どうでもいい!

 俺は即座に風魔法を発動させると、少しずつ地面から浮き上がる。そして目測で高さ二十メートルほどまで浮き上がったところで。


「さてと。そんじゃ、行ってくる。あのバカ連れ戻したら、山と文句を言ってやろうぜ!」

「えっ? す、すごっ! 一体どんな魔法何ですか、これ?」

「聞いているかぁ?」

「――っ!? あっ、はいっ! お、お願いします!」


 上空から短い腕を上げてマリーさんに別れを告げると、俺はそのまま風魔法を全力発動。

 爆発的なスタートダッシュによって湖面に大きな水飛沫と波を立てながら、湖を突っ切った最短ルートでの現着を目指す。


「待ってろよ、エルマ。お前には、言ってやりたいことが腐る程あるんだからな!」


 無事でいてくれ――その一心以外全てを捨て去り、俺は無我夢中で空を駆けた。

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