あれ? どした? あれれ?

「……おおっ! ここが異世界! くぅ~!」


 目を開けてみれば、そこに広がるのはコンクリートジャングルな街並みに慣れた俺からすれば新鮮な街並み。建物はレンガ造りで道路は石畳の舗装。馬車なんかが走っており、それはまさに中世ヨーロッパ風。それだけだとドイツとかフランスとか東欧とかの観光地とさほど変わらないように思えるが、それでも間違いなくここが異世界だと断言できる。


「すげぇ、文字読めねぇ。独自の文字が発達しているのか。それに武具や防具を付けた如何にも冒険者って感じの人ばかり。ん? 獣人チックな人もいる。ああ、猫耳女子とかいいなぁ。日本だと画面越しでしか見られないようなのが、目の前に現実であるぜ!」


 見るモノ全部が新鮮で、否応なしにテンションが爆上がりする。

 いやぁ、俺ってホントに異世界に来たんだなぁ……父さん、母さん、先立つ不孝をお許しください。でも、悲しむな。俺、異世界で幸せになるからな!

 ――とまぁそんな具合に、自分でも恥ずかしくなるくらいのハイテンションで騒げていた時代が、俺にもありました。


「おっと、何時までもこうしちゃいられない。というか、お上りさんとか思われていたら恥ずかし過ぎる。よし、街中を散策だ。とりあえず目指すは、やっぱり冒険者ギルドだな」


 方針を決めた俺は、街中へ足を踏み入れる。


「しかし、意気揚々と街へ入ったはいいモノの……文字も記号が分からん。これじゃあ、どうしようもないな。というか、ここって言葉通じんのか? 確かめるしかないか、通じなかったらどうすんだって話だけど……ええい、ままよ! こうなったら、とりあえず聞き込みだ。誰か適当な……おっ!」


 第一異世界人を誰にしようかと大通りを物色していると、凄く可愛い狐耳のケモナー少女発見。君に決めた、と決意した俺は逸る気持ちを抑えて堂々とした足取りで歩み寄る。


「すみませ~ん! ちょっと聞きたいことが――アレ?」


 一瞬、マジで固まった。それこそ、時が止まったんじゃないかと思うほどに。

 俺は今凄く摩訶不思議な出来事をしっかりと体験した。い、いや……体験したというよりはまったく理解を超えていたのだが……あ、ありのまま……今起こったことを話すぜ。俺は、目当てのケモナー少女に向かって声を掛けたんだが、素通りされたんだ。な……何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何が起こったのかわからなかった。頭がどうにかなりそうだった……シカトだとか空気扱いだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ……もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。

――っ!? しまった、驚きと驚愕のあまりに自然とポル〇レフ状態になってしまった。

真面目に説明すると。俺はケモナー少女に向かって、しっかりとキメ顔とイケボを作って声を掛けたんだが……素通りされたんだ。肩の横をとかじゃなく、俺自身を。

俺の胴体を、何事もなくすり抜けて歩き去って行った。

そう、まるで俺の体が空気か何かになってしまったかのように……


「――えっ? 何これ? どうなってんの? ねえ、ちょっと!」


 あのケモナー少女だけが特別だったのかとも思い、他の人にも片っ端から声を掛けてみた。でも、結果は同じ。全員ガン無視で、全員俺の体をすり抜けていく。道行く人全員がそんな特殊技能を持っている筈がない。だとしたら、そこかしこで同様の光景が見られる筈だ。でも見ている限り、俺以外の全員は普通に互いを認識して避け合っている。

 ということは、つまり――


「俺、存在してない? 体が無い、とか? そ、そんなワケないよなぁ……あはは」


 乾いた笑いを浮かべて現実逃避していた、その時だった。


『もしもーし! 聞こえますかぁ?』


 聞き覚えのある綺麗な声が、突然響いてきた。この声は紛れもなく、ガヴリルさん。でも、周囲を隈なくキョロキョロと見回しても、その姿は見えない。あれだけ派手な格好で、あれだけの美人だ。この場に居れば、流石に見落とすワケが無い。


「ガヴリルさん! 声は聞こえますが、姿が見えないのですが……今どこに?」

『声が聞こえればOKです。私はそこにはいませんので、探しても無駄でーす? 緊急事態なので、上の許可を取って特別に貴方の頭へ直接コンタクトしております』

「あ、頭の中へ直接ぅ? テレパシーみたいなモノかですか?」

『まあ、そう思って貰って差し支えないです。あと、すみませんが時間が無いので手短に失礼しますね。とりあえず、聞き漏らさないようによーく聞いてくださいね?』

「は、はい……」

『既にお気付きかと思いますが、今の神宮様には体がありません』

「やっぱりそうですよね!? でも、これって一体どういうことなんですか」

『それは……落ち着いて聞いてくださいね?』

「ご、ごくり……」

『いや、実は……ごめんなさいっ! 転移に失敗しちゃったんです! てへっ!』

「……………………はいぃ?」


 すごーく軽い、言い回しでした。その軽さたるや、嵐の中の木の葉の如し。


「き、聞き違いですよね?」

『だ~か~ら~今言った通りですよ。【召喚聖印】を通っての転移の際に肉体の再構築に失敗したらしく、どうやら誤って魂だけの霊体のまま転移されてしまったようです』

「聞き違いじゃなかった。というか、そんなことあるんですか!?」

『いえ、前代未聞の事例第一号です』

「ぜ、前代未聞? 事例第一号?」

『そうです。よかったですね。きっと天界の長い歴史にその名が刻まれますよ』


 あっけらかんとした口調で、いけしゃあしゃあとそう言い放つガヴリルさん。

 というか、やっぱりいちいち軽くないか? 終始他人事というか、いい加減というか。


「あの……天界のレコードに残るのは喜ばしくて光栄なのかも知れませんが、こちらとしては大変困った案件なので。出来れば、すぐに肉体を手配頂けると助かるのですが?」

『ああ、それはムリですねぇ』

「そうですかぁ、よかっ――えっ!? ムリ!!?」

『いやぁ、肉体だけの転移とか出来ないんですよぉ。まあ、出来たとしてもやる意味は薄いんですね。その肉体には神宮様の魂とのリンクが無いので、ただ人肉の塊送って終わりになっちゃいます。そちらの世界の住人からすれば、突然人体が現れて地面に転がる格好になるので、絵面はタダのホラーです。やめておきましょう』

「いや、そんな『やめておきましょう』とか言われても……じゃあせめて、そっちに戻してください。そして、もう一度転移を――」

『あっ、それも無理でーす! 基本的に天界へ戻るには、肉体的な死がトリガーとなるので』

「ええっ!? じゃ、じゃあ……肉体が無い俺はどうすれば?」

『まぁ、今のところ完封試合並みに打つ手無しですね』

「打つ手なしぃ? どうすんですか!? 俺、何にも触れないんですけど?」

『困りましたねぇ。まあ、強く生きてください。あっ、死んでましたね。あはは!』

「あはは……じゃねえだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! どうにかしろよ! 知恵を絞れ! 女神だろ!?」

『いやぁ、神でも出来ないこともあるんですね。勉強になりました。ありがとうございます』

「そうですか。それは何より――ってなるか、ボケェッ! ふざけんな! 異世界に何も出来ない霊体で放置の上、帰還不可能とか……どうすりゃいいんだよぉおおおおおおっ!?」


 腹の底からの大絶叫。入社時の新人研修以来かも知れん。

 そんな俺の大絶叫を聞いた後、ガヴリルさんは暫し黙り込んだ後で。


『……はぁ。アンタさぁ、ヴァッッッッッッッッッッッッッッッッッッカじゃないの?』

「…………へっ?」


 舌打ちから溜息に、心底蔑んだような冷たい声音。驚きから思わず情けない声が漏れる。


「……が、ガヴリルさん?」

『文句を言えば何とかして貰えるのが当たり前? 全く、そんなワケないでしょう。いい? 世の中には出来ないことってのが必ずあるし、予測不可能な事態なんて常に付き物。仮に相手に非があっても、文句を言えば何とかしてくれるなんて傲慢で甘ったれた考えでしかないわ。企業が口にするカスタマーファースト精神に毒され過ぎなんじゃないの?』

「ぎゃっ、逆ギレ?」

『覚えておきなさい。人生ってのは常に最高の手札が用意されているワケじゃない。不運にも悪い事態に陥ったとしても、その時は自力で切り抜けるしかないの? わかった?』

「あっ、はい……って、いやいやいや! 何ですかその凄まじい暴論は!」

『おっと、そろそろ通信切れそう。まあ、そんなワケなんで――』

「おい、ちょっと待て! まだ話の途中だぞ! というか、俺を独りにするなぁ!」

『いい大人が、情けないこと言ってんじゃないの。自分で考えて、自分で乗り切って、強く生きていきなさいな。そんなんじゃ、24時間戦えないわよ?』

「それ、今のご時世ダメなフレーズ! コンプラ違反!」

『おっ、そろそろマジで限界だわ。じゃあ、そういうことで……行ってらっしゃいっ!』

「ホリ〇モンかぁ! おい、待て! ふざけん――おいっ! おーい!! おーい!!!」


 最後に文句の一つでも言ってやろうと思ったのだが、無情にも……いや、非常識にも通信は切断された。


「………………あ、あのクソ女神ぃ! ふ、ふざけんなぁあああああああああああ!」


 気持ちいいくらいに澄み切った青空に、俺の叫びが木霊する。

 だが、そんな俺の絶叫すらも今は俺にしか聞こえていないということだ。

 実際、こんなに叫んでも誰も俺に注目していない。


「…………ど、どないしましょ?」


 思わずえせ関西弁が出る程にショックな案件。

 いや、ホントにこれどうすんの? というか、俺どうなるの?

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