第9話 ひとりぼっちじゃない


「許さないッ! 殺してやるッ!」

「やだなぁ。俺はアルタイルに許されなくても生きていくよ? 殺される筋合いはないもん」


 剣がぶつかり合う。お互いが剣に魔力を込めており、風と冷気が混合されて辺り一面を冷やしていく。息を吐けば白くなり、手足がかじかんでくるほどの気温まで低下した。

 ルウを捕らえていた騎士たちの体が震え始める。鎧がガタガタと音を立てていたことから、ルウは隙をついての騎士の手から逃れたらしい。


 少しは魔法を使いやすくなったといえるだろう。

 絡みつく黒い糸だけを焼き尽くす。

 深く呼吸をして神経を集中させるフラン。

 杖を差し出し、冷気を気にとめずに唱える。


「エスクチカヨ ヨオノホ!」


 フランの声に応じ、黒い炎が騎士の腹部めがけて放たれた。その速度に反応できたのはシリウスだけ。交戦していたアルタイルから瞬時に距離を離すよう飛びのく。


「魔法師めっ! うがああああ!」

「ひっ……」


 黒い炎は糸だけではなく、身体全体を覆うほどの大きさへと変貌し、アルタイルは低い悲鳴をあげる。


 自分には糸だけを燃やすのは無理だった――

『人殺し』。

 フランは後ずさり、震え出す。

 だが。


「大丈夫。俺がいるんだから」


 シリウスが指を鳴らす。すると、アルタイルの周囲に風が巻き起こり、たやすく炎の形を変えていく。


 細く、長く。


 風は身体にまとわりつく糸に沿って、炎が進む方向を決めていく。

 アルタイルだけではない。他の騎士たちも同様に、炎の規模が小さくなっては糸だけを燃やしていく。

 叫んでいたアルタイルは、だんだんと憑きものが落ちたかのように表情に変化が起きてきた。


「俺はいったい何を……どうしてシリウスさんを?」


 自分の手を見つめて、何も分からないというような顔をしている。そんなアルタイルに駆け寄る姿がひとつ。


「アルタイル!」

「ルウ……」


 ルウがアルタイルの首に腕を回して飛びついた。突き放すような様子はなく、親密さがうかがえる。

 最初に抱いた険悪な関係は何だったのかと、首をかしげる。


「お疲れ、フラン」

「ん。ありがと。私じゃどうにもならなかったよ」


 シリウスがフランの隣に歩み寄り、労わる言葉をかける。そしてフランの疑問を晴らしてくれた。


「あの糸……執政官の傀儡魔法マリオネットってやつでね、厄介なことに身体だけじゃなくて精神まで操っちゃうんだよねえ。魔法耐性がない人には効きやすい。でもさすがフランだよ。操り糸も灰にするフランの魔法、ほれぼれしちゃう」


 そう言いながら、フランの頭を撫でまわす。何度も繰り返して「ありがとう」と言われ、フランは満足そうに頬が緩む。


「でもこれで、フランのコトが知られちゃったんだよね」

「え」

「つまり、執政官に目をつけられちゃったってコト。もしかしたら、今回みたいに人を操って襲ってくるかも」


 続けられるシリウスの言葉で、一気にフランの顔がこわばる。

 今回でさえ、人に向けて魔法を使うことは怖かった。身体を打ち付けて痛みに襲われて。

 シリウスがいなければ、ここで死んでいただろう。

 フランひとりではどうにもならなかった。


「全部やっつけちゃってよ。執政官も。そうしたらリストミアは元通りになる。失敗した俺の魔法も王様なら解除できるしさ。今の俺はちょっと魔力も限界でさ……しばらくは『ジル』に戻るけど、フランならどうにかなるよ」


 シリウスは手を止める。

 人間の身体を保っているのに限界が来たようだ。身体から光が放たれて、手足が消えてきている。まるでその現象を分かっているかのようで、シリウスは「あちゃー」と言いつつ頭を搔いた。


「どうにかって、ならないよ。できないよ。私、シリウスに会うために来たんだよ? 魔法師だって、自分の魔法を制御するためだけになったんだよ。人に魔法は使えないよ。ねえ、シリウス。いなくならないでっ」


 薄々フランにも何が起きているか分かっていた。

 別の世界の自分から引き出した魔力が枯渇したのだろう。使い魔へと姿が戻りつつある。

 再びフランから魔力を供給してもらうことは可能だ。だが、人間の姿を維持するための魔力は膨大なためにフランの負担が大きすぎる。いくら魔力が枯渇したことがないフランであっても、無理があるほどの魔力が必要だった。

 だからシリウスは、魔力を求めずありのままを受け入れる。


 ひとりにしないでと、懇願する。だが、シリウスは碧い目を細めて言う。


「いつだって傍にいるよ、俺は」


 その言葉を最後に、シリウスは人間の姿から使い魔の『ジル』の姿へと戻ってしまった。

 疲れ切っているのか、ジルの身体はゆっくりと落ちていくのをフランが両手で受け止める。


「シリウス……」


 大きい手、温かいぬくもり、安心できる低い声と背中。全てを思い出して、眠るジルを見つめた。



 ☆☆☆☆☆



 フランは空高く大きな高い塀を見上げる。

 外部の侵入を拒み、塀や兵士で強固な守りを固めたこの場所――『王都リストミア』に戻ってきていた。

 傍にはジルがいつものように飛んでいる。

 また、初めてここを訪れた時と違い、新しいメンバーが加わっていた。


「フランちゃん、本当にリストミアに行くの? 危ないんじゃない?」


 ルウが一歩後ろに居て声をかける。


「危ないかもしれないです。でも、シリウスが言うには執政官って人がまた襲ってくるかもって。あと、王様なら使い魔この姿から戻すことができるかもって。だったら、私、戻ってほしいから。やるしかないのかなって」


 振り返り、苦笑いしながらフランは言う。

 恐怖はいつだって抱いている。それ以上にフランを突き動かすシリウスという存在があるためにリストミアにやってきていたのだ。


「そう。なら一緒に行きましょう? ね、アルタイル」


 フランの決意にルウは保護者のごとく見守る。その後ろにはアルタイルもいた。


「そうだな。リストミアには入れるようにしておいた。案内しよう」


 騎士団長の権限により、リストミアへ入る手続きはすんなり済ませることができたのだ。


「ありがとうございます、アルタイルさん」


 フランがお礼を伝えると、アルタイルは申し訳なさそうに言う。


「礼を言うのは俺の方だ。シリウスさんの大事な人を傷付けてしまった。俺にできることは何でもするからいつでも言ってくれ」


 シリウスのことを慕っていたというアルタイルは、解放されたかのように明るい表情で言う。

 一度は敵意を見せていたが、フランは心を赦していた。


「ありがとうございます」


 再び礼を伝えて前を向く。

 そして使い魔と新たな仲間と共に悪意渦巻く王都リストミアへと踏み入れるのだった。

 その先に待ち受ける闇と対峙するのはまた別の話。



 了

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魔法師の祝祭~例え世界を敵にまわしても味方でいたい~ 夏木 @0_AR

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