第4話 この美しい世界をいつまでも

 その日の夕食は朔様のために腕を振るった。あるだけの材料を使って、知る限りのレシピを駆使して、朔様の最後の夕食がいい思い出になるようにと心を込めて作った。最後は全ての料理にをしたら完成だ。

 夕食の前に私は部屋の中に花を飾った。花の甘い香りが部屋中に満ちた。

 私と朔様は一緒に夕食を取った。いつもより少し豪華な夕食に、いつもと同じような他愛ない会話。夢を見ているかのような幸せな時間だった。

 朔様が先に眠ってしまうと私は朔様を起こさないようにをして、静かにその時を待った。


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「こんなところに落伍者が?」

 にわかには信じられない目の前の光景に、思わず心の声が口からこぼれ落ちた。

「あぁ、信じがたいがどうやら事実のようだ」

 いつもは感情をあまり表に出さず、余計なことを言えばすぐに叱ってくる先輩も、今日ばかりは混乱を隠しきれていなかった。

 それもそのはずだ。俺たちが指示に従って訪れた場所は深い森の中。それ自体はなくもないことなのだが、そこに建っていた建物が問題だった。今俺たちの目の前に建っているのは、見たこともないほど大きなお屋敷だったのだ。

「今回の対象者は財閥の息子らしい。きっと親が建てたものだろう」

 先輩と言葉を交わしながら屋敷の扉を叩く。しかし、中から返事はない。顔を見合わせ、試しに扉を引いてみると、鍵はかかっていなかったのか、すんなりと扉が開いた。俺たちは屋敷の中へと歩を進めた。


 がらんとした屋敷の中を奥へと進む。これだけ広い屋敷に俺たち以外の人の気配がないというのは、少し不気味な感じがする。

「これは……花の香り?」

 先輩の声に、大きく息を吸い込むと、かすかに甘い香りがした。

 香りを辿って廊下を進んだ先。俺たちは屋敷の一室の前に立ち止まった。この香りは部屋の中から漏れ出てきたものらしい。

 人の気配は無かったが、ひとまず部屋の中を確かめることにし、部屋のドアを開けた。


 部屋の中はむせ返るほどの甘い香りで満ちていた。廊下とは比べ物にならない程の強い香り。部屋の中を覗き込んだ俺たちは、その光景を思わず息をするのも忘れて見つめていた。

 

 部屋の中、大きなベッドの上に人形と見紛うほど美しい少年が横たわっている。その周りにはあの甘い香りの発生源であろう真っ白い花がベッドを埋め尽くすように大量に置かれており、少年はそれに埋もれるように眠っている。ベッドの横には一脚の椅子が置かれ、そこには少女が腰掛けている。こちらも眠っているようで、少年の方に顔を伏せるようにしていた。

 

 絵画のように美しく、そして非現実的な光景に目を奪われること数十秒、先輩に声をかけられ、ようやく我に返った。

「あの少年が対象者のはずだが……何か様子がおかしくないか?」

「そうですね。あの女の子が面倒を見ているという落伍者でしょうか」

 ひとまず少女の方に声をかけてみることにし、少女を軽く揺さぶった。するとその少女は目を覚ますどころか、いとも簡単に椅子から滑り落ちた。思わず飛び退き、呆然と足元の少女を見つめたる。駆け寄ってきた先輩が少女の状態を確認し、静かに「亡くなっているようだ」と言った。

「じゃあ、こちらの少年も……」

 慌てて確認すると少年も息をしていないようだった。対象者が絶命しているという前代未聞の事態に混乱しながらも、ひとまず本部に連絡を取り、指示を仰ぐことにした。

 

「――はい、分かりました」

 電話を切り、その間に周囲を調べていたらしい先輩の方を見た。

「そこの食事に植物の根のようなものが入っていた。おそらくこのダチュラの根だ。二人はその毒で死んだのだろう」

 あの白い花を指しながら先輩がそう言った。

「なるほど、一体どうして……」

 そう言いながら、少年の方に近づいた。すると少年の胸の上に白い封筒が乗っているのが目に入った。

「これは……」

 先輩も俺が何か見つけたことに気が付きこちらへやって来る。

「遺書、ですかね……」


  『政府の方へ

    私たちはあなたたちに殺される前に自ら命を断つことにしました。

    私は施設に居たときに先生から、私たち落伍者は自分の命さえも自らのもの

    では無いと教わりました。しかし、それはおかしいことだと朔様が私に教え

    てくださいました。だから、私たち落伍者も意思がある一人の人間だと示す

    ために私たちは死ぬことにしました。

    私たちはあなたたちに降伏し、殺されたのではありません。

    私達は自らの意思で死を選んだのです。

                                   瑞希』


 俺が読み上げるのを静かに聞いていた先輩は、静かにため息を付きながら言った。

「なるほど、元凶はこの娘か。意味の分からないことを。気でも触れたのだろう」

「そうですね、全く面倒なことをしてくれました」

 そういえば、と言うように先輩が聞いてきた。

「上はなんと?」

「回収が来るので、そのまま帰宅するように、だそうです」

「そうか。こんな気分の悪くなるようなものを他の者に読ませるわけにはいかない。燃やしてしまおう」

 先輩はポケットから取り出したライターで静かに遺書を燃やした。



 ひとけの無くなった室内には冷たくなった二人と大量の花、ひとつまみの灰だけが残されていた。

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純白の花 鹿瀬琉月 @kanose_runa

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