お骨返しの日に

ぱのすけ

お骨返しの日に

 父の遺体が山道で見つかったのは1週間前のことだった。


「お姉ちゃん、気ぃ付けて行ってよ」

 頭の上から明るい声が降って来る。

 お地蔵様に手を合わしていた田岡なつめは、立ち上がってぱんっと喪服の裾を払った。どうにも喪服というやつは着づらくていけない。


「分かっとる」

 

 両手を腰に当て妹を睨みつける。

 真っ白な骨覆のかかった白木の箱を抱えた妹は、ひょいと肩を竦めた。耳よりやや伸びたボブカットがさらりと揺れて、インナーメッシュのピンクが鮮やかに翻る。


「本当にぃ? お姉ちゃん抜けとる所があるで心配だわ」

「ほんなら一緒に来てくれればいいのに」

「山道とかあたしは無理、無理。それにホラ、叔父さんを1人じゃおいとけんでしょ」

 

 ねぇ?と妹は傍らに立つ大叔父に笑いかける。

 はぁと重い溜息をつき、なつめは妹から父のお骨を受け取った。

 この妹は昔から要領がいい。いつもこうやって嫌なことは華麗にかわして、楽な方を取って行く。


「すまんなぁ、なつめ。本当ならついてってやりたいんだがなぁ」

 祖父の弟に当たる大叔父は忌々しそうに自らの右足をぱんぱんと叩いた。

「最近じゃあこの有様での。畑も満足によぅできん」

「いいよ。行って帰るだけだから」

「それに俺もおるし」

 お気楽な声が背後からした。振り向くと、山道の入り口で同じく喪服を着た弟がニヤニヤと呑気に手を振る。その様子には弔いに参加する厳粛さは微塵もない。


「あんた山歩きかなんかと思っとらん?」

「え? そうは思っとらんけど」


 思わず苦言を呈するも返して来たのは妹だった。

 当の弟は相変わらずの不真面目そうな笑いで両手をポケットに突っ込んでいる。

「何せ最後のお骨返こつがえしから30年近くたっとる。それにここ数年、供養会もやっとらん。祠がどうなっとるか分かったもんじゃない。死んだ人間を悪くは言いとうないが」

 ぎろりとなつめ達を睨み付ける大叔父を妹が、まぁまぁと取りなした。この話が始まると後が長い。

「叔父さん、ほら!もう行かんと遅くなるで」

 言いながら妹は早く行け行けと手で払う。

「ほな、行こまい。とっとと終わらせようや、姉ちゃん」

「ほな」

 老人らしい頑固さでぶるぶると口元を震わせる大叔父を妹に任して背を向ける。

 弟と2人で山道へと入ると、木々が連なる奥深い山のどこかで鳥の甲高い鳴き声が長く尾を引いた。


 賑わっている隣の市まで車で2、30分程度の開かれた農村部。なつめはここで生まれ育って来た。それ故に顔見知りも多く、余りに突然だった父の葬儀もご近所さんの手助けで何とかここまで終えることが出来た。後はこの白木の箱の中身を祠に納めれば当面の弔いが終わる。


「叔父さんもしつこいよな。去年、ばあちゃんのお骨返しせんかったのまだ怒っとらっせるのか。今時こんな面倒なことせんでもいいのにな」

「しっ! 叔父さんに聞こえる」

「えぇよ、耳遠いから」

「ええころ加減なことばっかり言いよって」

 よいしょ、と骨壺入った白木の箱を抱え直しながら、なつめは不機嫌に言い添えた。

「お父さんがあんな風に死んどんのに、やらんわけにいかんでしょ」

 田岡家には「お骨返し」という儀式がある。

 それは田岡家の者が死んだ時は山の祠に骨の一部を納めに行く、というものだ。

「お骨」を「返す」。だから「お骨返し」だ。

 謂れも由来も何も知らない。ただ昔から田岡家の者は骨の一部をお山に返す。先祖代々そうして来た。


 中天を過ぎた太陽が燦々と輝く外と比べて山道は鬱蒼と暗い。人知れず咲き誇り、散って行った山桜を踏みしめながら、祠へと登って行く。

 

 ――山道なんだからスニーカーで来るべきだった。


 なつめは自分の足元を見降ろして溜息をついた。通夜から履き通しの黒いパンプスは山道の埃にまみれて薄茶色に汚れている。

「あんたが家出てなきゃ私が来んでもよかったのに」

 歩き辛い山道につい愚痴の1つもこぼれてしまう。弟は手を頭の後ろで組んで気軽に返した。

「ごめんね~。でも戻る気ねぇから俺」

「勝手なことばっか」

「姉ちゃんも本家跡取りがついて回っとるんじゃあ、婚活もままならんか」

「何よそれ」

「でもええやんか、姉ちゃんは。何しろ公務員やろ? 立派に一生勤められる。だったら無理に結婚せんでもええやん」

「でもね」

 私の代で途絶えたら誰があの祠を管理するの。

 そう言い掛けたが、なつめは口を噤んだ。

 父は古い慣習を嗤い、軽んじる人だった。祖母のお骨返しを面倒くさいと無視し、祠の供養会を世界を席巻した病にかこつけてさぼり続けた。

 その父に弟は顔だけではなくて性格まで良く似ている。

 

 苛立ちを抑えつつ、一旦足を止めて背筋を伸ばす。

 登り道が続くせいでついつい前屈みになってしまう。骨壺を抱えたままなので伸ばせる限界があるが、それでも背骨に凝り固まりかけていた重みが少しだけ楽になった。


「おぉ、ようやっと着いたわ」

 

 弟の声に顔を上げる。

 空を覆い尽くさんばかりに茂る木も、下生えの草もここだけは途切れて、わずかばかりの平たい空間が出来ている。

 その奥にあるのは山に穿たれた穴だ。元々あった自然窟に入り口だけ石を組んでいるため見た目は石室に近い。黒々と口を開けたこの奥に「お骨返し」をする祠が鎮座している。


「なぁ、姉ちゃん」

 身軽に先を行く弟が振り返った。肩越しに振り返った横顔に木々の隙間から光が差し込む。

「親父はどの辺りで転がっとったん?」

「……そこよ」

 なつめは無愛想に石室の出入り口辺りを指差した。

「ここか」

 弟は黒い革靴の爪先で石室の入り口付近をトントンと指す。

「やめなさい。お父さんが死んだ場所よ?」

 弟はたしなめるなつめの言葉を無視した。彼の長い影がにゅうとなつめにかぶさる。

「なぁ。母さんの言っとったあれって本当なのか?」

「何が」

「親父の死に方がおかしかったって」

 なつめは弟を睨み付けた。

「……聞いてどうするん。SNSにオカルトチックにあげるつもりなん?」

 弟は何も言わなかった。ただ綺麗に並んだ歯をちらとさせて笑うのみだ。

「アホらし」と目を逸らす。

「そんなことよりあんたも手伝って」

「パス。俺はここで待っとる」

「あんた、本当に何しに来よったの」

「ええから、ええから。まぁ早よ行ってん」

 弟はおどけた仕草でのびのびと腕を広げた。


 出入り口に立って様子を窺う。

 目の前に佇むのはどろりとした暗闇。肌にねっとりと絡んで来そうな嫌な濃密さだ。

 どこかから風が吹き込むのか。奥の方から生臭い微風がさやさや、さやさやとくるぶしを撫で回して来る。

 ためらって息を呑む。でも引き返すことはできない。

 1歩踏み出す。胸に抱えた骨壺がかたり、と静かに鳴った。

 

 数歩踏み込むとすぐに真夜中のごとき闇に包まれる。

 目を開けているのに何も見えない。瞳そのものが塗りこめられてしまったかのような錯覚を覚えて、いつもより目を見開いた。

 大叔父はすぐ奥に行き当たると教えてくれた。10数メートルくらいなもんだ、と。

 しかし言葉で聞いた10数メートルと先の見通せない暗闇を行く10数メートルは体感が全く違う。  

 ようやく暗さに慣れて来た目に、祠の茫洋としたシルエットが見えて来た時は心底安堵の溜息が出た。


「よかった」


 膝をついてスマホのライトを点ける。白く照らされた祠の鍵を外して観音開きの扉を開ける。

 きぃぃと微かに軋みながら開いた扉の中から更に凝った闇が覗いた。

 代々の田岡の人間の骨を飲み込んだ空間に手早く父の骨を投げ入れる。骨が散らばって行く音がざらざらっと大きくこだました。扉を閉めて元通りに鍵を掛け、手を合わせる。


「お父さん、ありがとう。さよなら」


 改めて別離の悲しみが胸の奥から湧き上がる。なつめは透明な悲しみに満たされた心地で骨壺を箱に納めて抱えた。

  後は1ヶ月後の納骨だ。日取りは決まっているし、お寺との話し合いも済んでいる。でも料理の手配はまだしていない。

 訳が分からない儀式も終わってしまえば達成感は満たされる。今後の算段のあれこれを考えながら祠に背を向け、歩き出そうとした。

 

 ぎ……ぃ


 踏み出そうとした足が止まる。


 ぎぃぃぃ

 

 背中一面をぞわりと悪寒が走った。

 蝶番の軋む不快な音が背後から聞こえる。

 振り向きたいのに振り向けない。

 首を動かすことができずに、ただ目だけを動かして背後の様子を探る。

 淀んだ空気がもったりと動く。何かが。何かが背後で動いている気配がする。

 

 恐怖で喉は干上がり、自らの浅い呼吸がはぁはぁと耳に付く。


 ぼとっ……

 落ちる音がした。

 ぼとっ……

 余韻が冷めやらぬ内にまた1つ。

 ぼとっ……、ぼとっ……、ぼとっ……。

 湿った音が続く。


 土を擦る音がする。祠から出た何かが近付いて来る。臭気があたりに立ち込め始める。

 逃げなきゃ、本能は訴えるのに足が縫い付けられたようにその場から動かない。


「ほわぁぁぁぁ」


 石室いっぱいに響いた声にふつりと緊張の糸が切れた。

 よろめく足で踏み出し、ほとばしる恐怖のままに土を蹴る。出入り口に向けて必死に全力疾走する。

 しかし気ばかりが焦って足がもつれた。 


 あ。と思った時には地面に叩きつけられていた。抱えていた白木の箱が両腕からすっぽ抜ける。飛んで行った箱が石室の壁に当たって派手な音が広がった。

「骨壺が!」

 慌てて身を起こし、音のした方に這って行く。

 骨壺を探して地面をまさぐる。

 その間にも、背後から気配が迫って来る。

「どこ?! どこ?!」

 焦りから半泣きになって地面を手当たり次第に探り回る。

 なつめの手の先に何かが当たった。あった!と身を乗り出した瞬間、闇の中で誰かの手がぎゅうとなつめの手を握り締めた。


「え? え?」

 ぎょっとして手を引込め、胸の前で握り締める。

 柔らかく湿り気を帯びた感触。あれは間違いなく人間の手の感触だ。骨壺などの無機質な物ではない。

「……誰かおる? あんたなの?」

 弟かもしれない。一縷の望みを抱いて恐る恐る訊いた声が震えを伴って反響する。

 なつめは激しく肩を上下させながら、前方の闇を見つめた。心臓が早鐘の如く鼓動を打ち鳴らし、耳の中でどくどくと血流が暴れる。

「ねぇ……?」

 ふっと耳たぶに後ろから息がかかる。


「ほわぁぁぁ」


 耳のすぐ近くで空気が鳴動した。濃密な土の匂いが充満する。 

 もう骨壺どころではない。

 なつめは四つん這いのまま無我夢中で外へと飛び出した。

 

 何とか外へと飛び出しはしたものの待っていると言っていた弟の姿はなかった。

「ねぇ?! どこ行っちゃったの?!」

 なつめの声が空しく山中に吸い込まれて行く。

 叫ぶ声に返事はない。寄せる風に身をくねらせる木々のざわめきが辺りに広がっているだけだ。

「ねぇぇ!!」

 ほとんど泣き声で絶叫する。 

 まさか弟も何かに追われて? それとも、もう?!

 弟の痕跡を探してぐるぐると辺りを見回す。なつめの背後でひたりと気配が流れた。


「ほわぁ」

 

 ひゅっと息を呑み込む。

 目には見えない。それでも分かる。あの何かが迫って来ている。大勢の気配がざわ、ざわ、と辺りに立ち込めて行く。

 

「ほわぁ」

 前方の下生えの草が不自然にがさっと揺れる。


「ほわぁ」

 喪服のスカートの裾を何かが掴む。前方の草むらの揺れがどんどんどんどん激しくなっていく。

 見ていてはいけない。逃げなければ。心はそう叫ぶのに視線が逸らせない。

 にゅう、と突き出る。

 下生えの青々とした草の間から、泥で汚れきった赤ちゃんの手が。何かを探している動きで地面をなぞりながら出て来る。1人ではない。無数の手が草の間で蠢めく。


「いやあぁぁぁ!!」

 

 反射的に立ち上がってなつめは走り出した。

 辛うじて履いていたパンプスを蹴飛ばして、裸足で山道を駆け下りる。つんのめって時には地面を転げながら、必死に山道を下って行く。

 泣きながら半狂乱になって駆けるなつめの後を「ほわぁ」「ほわぁ」と泣き声が追って来る。すちゃ、すちゃと地面を擦る音が迫って来る。


「姉ちゃん! どうした?!」

 

 聞き慣れた声に目を上げた。山道の入り口で目を丸くしてこちらを見ている弟の姿が見える。

 なつめは子供みたいに泣きじゃくりながら残りの山道を駆け下りて、弟の前でぺたんと座り込んでしまった。

 恐怖と安心。相反する感情でぐちゃぐちゃに掻きまわされた心のままに嗚咽する。

「どうした? 何があった?」

 狼狽する弟の声に安心してしまって、余計に涙が止まらない。


「なぁ姉ちゃん、泣いとったら分からんやろ」

「赤ちゃんが……手が」

「ん、なに? どういうこと?」

「だからっ! 赤ちゃんが!」

「赤ちゃん?」

「赤ちゃんの泣き声がしてっ! ほいだら手を掴まれてっ」

「……」

「聞いとんの?!」

「……っ」

「何?」

 ぐにゃりと弟の顔が崩れる。鼻先を土の匂いが掠めた。崩れていく顔の間から赤ちゃんの声がほとばしる。


「ほわぁぁぁぁぁぁ!」

 

 “弟”と思っていたもの。それは色褪せて破れた畑用マルチシートを喪服さながらにぐるぐると巻き付けた大量の落ち葉と土くれの塊だった。

 枯れ切って葉脈だけになった落ち葉や、瑞々しい緑色のままの雑草。土くれとともに巻きこまれた何かの動物の骨。この山にあるありとあらゆる物をでたらめに寄せて出来た。そんな物がなつめを見下ろしている。

 

――違う、こんなの弟じゃない!


「ほわぁぁぁぁ」


 “弟”と思っていた物がなつめの両肩を掴んで雄叫びを上げる。物体の口と思しき部分に穴が開き、大量の土砂がぼたぼたっと降り注いだ。


「ひぃだぁるぅぅいぃぃ」


 ひどい悪臭を放つ泥を振りまき、耳の底にこびりつく低音を響かせながら、弟だった物はなつめをぐいぐいと背後の山道に引っ張って行く。

 地面に爪を立てて必死に抵抗するなつめの足にぴとりと紅葉の手が取りついた。

 ぴとり、ぴとり、ぴとりとなつめの足に取りつく手が増えて行く。弟だった物と無数の赤子の手がなつめを山道に引きずり込んでいく。


 脳裏に甦る。

 あの石室の前で発見された父の姿。

 何かを掻くようにいびつに曲がった土まみれの指。顎が外れんばかりに開いた口に詰まった大量の落ち葉と土くれ。


「やめて! やだぁぁ!!」


 必死に地面に突き立てた爪も空しく、じり、じり、と体が後退し始める。なつめに取りつく手はどんどん増えて行く。力を込めて地面に齧りつこうとしても乾いた土はたださらさらとすり抜けて行く。


「助けて!」

 

 軌跡を残しながら引き摺られて行く右手にざらっとした固い感触が滑り込む。なつめは咄嗟にそれを両手で掴んだ。

 それを両手で抱き込んで、後ろへと引っ張られて行く体を引き戻す。

 両足が引き千切れそうな激痛に耐えながら、ほふく前進の要領で前進して行く。

 なつめの指先が、山道の出入り口に触れた瞬間。

 伸び切ったゴムが放たれた時のような感覚が走り、両足がようやく自由になった。

 その瞬間に素早く起き上がって、ほとんど転がるようにずどどっと山道からまろび出る。


「お姉ちゃん! 何なん、どうしたの?!」

 妹の悲鳴が聞こえた。

「何その恰好?!」

 真っ青な顔で駆け寄って来た妹は、なつめの惨状に目を剥いている。大叔父も忙しなく杖をついて近付いて来た。

「大惨事やないの、お骨返しってそんな感じなん?」

「いや、あの……」

 上擦って声が出ない。

 なつめは、はぁはぁと肩で息をしながら自分の恰好を見下ろした。

 喪服は枯葉やら折れた小枝やら泥をくっつけてひどい状態だ。パンプスは両方無くなっている上に、黒のストッキングが破れて所々伝染してしまっていた。

「あの子……弟が……」と呆然相半ばで呟く。

「弟? 何言っとんの」

「え?」

 目を見開いて妹を見る。そんな、なつめをびっくりして見返す妹の瞳に嘘をついている影は一切なかった。

「弟なんおらんやん」

「え? でもだって……」

「どうした、お前のところは2人姉妹やろ。弟なんぞおったことないわ」

「あぁ……」

 愕然としたまま緩慢とした動作で喪服の土を払う。妹が髪に付いた落ち葉を取ってくれる。

「なつめ、お前何を」

 なつめはなおも埃を払いながら大叔父の言葉を遮った。

「ちゃんとやってくで安心して。供養会もするし。お父さんみたいなことはもう起こさん……」

「……ほうか」

「とりあえず帰ろまい。お姉ちゃんも着替えたいやろし、叔父さんも疲れたやろ」

 いつもの妹の調子にようやく笑みがこぼれる。なつめは小さく頷いて同意した。


「今日は誠司君がいい言うたで泊ってくからね」

 陽気に鍵を振り回しながら、車に近付いていった妹が「あ、そうだ! 忘れとった」と声を上げる。

 彼女はなつめの脇をすり抜けて、山道の出入り口に向かって行く。なつめは弾かれたように振り向いて「ダメ! 行ったらあかんて!!」

「あかん、言われても。ほら」

 妹は山道の出入り口で足を止めて「これいつの間にか倒れとったんや。お姉ちゃん戻って来たら戻そか話しとったんよ」と横倒しになったお地蔵様を指差した。

「お地蔵……様? 倒れとった?」

「気づいたらのぉ。お前が拝んどった時は何ともなかったのにな」

「これこのままじゃ、あかんし。起こしたらな。お姉ちゃんも手ぇ貸して」

「そうやね」

 恐々と山道出入り口に近付き、2人がかりでお地蔵様を助け起こす。両手で持った頭はざらっとした感触だった。

「今度、お供え物持ってこよか」

 子供っぽい仕草で手を合わせる妹の横にしゃがんで、一緒に手を合わせる。

「お供え物、食べ物がええかもね」

「あかんて、なつめ! 猿の餌になってまうわ」

「猿? そうやな。でも猿ならまだええかもしれん」

 

 不思議そうに首を傾げる2人から目を逸らして、暮れ始めた空を背景に薄く夕日の射し込む山道を見透かす。奥から冷たさを含んだ春の風が吹き寄せて来る。

 その風と共に「ほわぁぁぁ」と間延びした声がひとひら。闇の中から聞こえて来た。

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