かこめかこめ

小槻みしろ/白崎ぼたん

第1話

 子供が。

 子供が、一人、地面を掘っているのよ。


 私はそれを、何とも思わず、通り過ぎたの。


 あなたが目を開くと、水中のように視界が曇っていた。あなたは閉じるにも億劫で、しばらくそうしていた。すると、そのうち無意識に目を眇めたのか、重力かなにかの概念があるのか、つろりとそれが横に流れた。あなたの目は、先よりもはっきりとした視界に天井を映していた。そこであなたは、ようやくさっきまで目にあったものが、涙だとわかった。寝ている間に、うかんでいたらしかった。

 あなたは体全体が、ぴんと張られたラップになったように、突っ張っている。あなたの体は、重石をのせられたように動かない。時折、けいれんするように、勝手に足先がはねるのみだった。

 あなたは、上手に息が出来ない。鼻が詰まっている訳でも、どこか悪くしているわけでもない。ただ、息を吸い、吐き出す。その一連の動きが、苦しくて出来ない。呼吸にせよ、飲食にせよ、体は密接につながっていて、全身を使っている。あなたの体は、延べ棒のようにぴんとはり、動けない。だから、薄く開きっぱなしの口で、すきま風が流れるように、そっと息が肺に出入りするのを望む、そんな消極的な呼吸をしている。

 あなたが、大きく息をするのは、発作が起きたときだけだった。

 しばらくすると、あなたの目に、涙が、またうかんできた。視界がみるみるゆがんで曇っていく。あなたはそれに対して、なんら抵抗を見せない。

 瞼の縁のぎりぎりまで涙がせり上がり、表面張力が壊れて、こぼれ出す。あなたの目は、それをじっと繰り返す。あなたの最近の泣き方は、ずっとこれだった。

 涙をぬぐうことも、目を閉じることも、泣き声を上げることも、すべて、鉛のように重い体では、億劫で、また、意味を見いだせない行動だった。

 そもそも何で泣いているのかさえ、あなたにはもうわからないのだ。単に目が乾燥しているからかもしれないし、何か無念で悲しいのかもしれない。しかし、もうわからない。わかったところで、手だてをどう打てるのだろう、そんな諦念が形にならず、のろのろと浮かんでいる。


 私は何か筒のようになってしまった。


 そんな言葉が、あなたの意識の表面に浮遊する。ただ、水底から浮かんできた泡を、精査することもなく、浮かばせるままにする、たぶたぶと漂っている水面の塵を漂わせるままにする――あなたにとって、思考とは、そういうものになってしまった。

 なので、正確に言うと、それはもはや、言葉ですらなかった。先は、私が言葉に直したが、実際のところは、あなたの中にある記憶の海から、感覚として浮かぶものが、感覚のままあがってくる――びりびりに破いた本や新聞の文字が、水の中に乱雑に浮かんでくる――または、なんら関連性のないイメージが浮かぶようなものだ。あなただけが認識するなら――いや、あなたさえ認識することをあきらめたなら――言葉はもはや必要ではなかった。

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 ばらばらで、それを精査する必要もない。誰に向けた問いかけでもない。

 だから、あなたは、あなたの意識に、何ら意味はない。そう、思っている。

 ふと、あなたの中に、ちか、と光が走った。それは何かの光景だった。


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