月
松本貴由
月
あなたはばかな男です。
あなたはあなたのあるべき姿を知っている。あなたの役割を知っている。あなたの存在の意義を。
だからそこにあなたの思考の入る余地はありません、あなたの感情も入る余地がありません。
あなたの見る世界は広すぎて、あなたの守るものは多すぎる。あなたの範疇でないことすらもあなたは背負う。
あなたは抗わない。あなたはあなたの使命を全うします。
あなたは単純ね。
あなたは優しすぎる。
あなたはつねに寛大でほがらかで、あなたはつねにゆたかに笑っていて、あなたはつねに眼下を遍く見渡しています。
あなたは与え導く。ちから強くその腕で。ちから強くそのまなざしで。
あなたは強さ。
だれもがあなたを頼り、期待し、慕います。
あなたは希望。
だれもがあなたを羨み、憧れ、目指します。
あなたは象徴。
だれもがあなたを崇め、乞い、畏れます。
あなたに育まれ、いのちはかがやく。
それなのにあなたは孤独です。
こんなにこんなに敬われながら、あなたを視ることすらだれにもできないのです。あなたの笑顔はまぶしすぎる。あなたの情熱はあつすぎる。
だれもがあなたをおそれ、拒絶し、死にます。
あなたは絶望。
あなたの一生懸命さが無意識に奪うのです。そうと決まっていることだから、あなたにはどうすることもできない。
あなたの孤独は無視されます。
それなのにあなたは目を閉じませんね。
あなたは微笑みを絶やしません。あなたはあなたのつとめを放棄したりはしない。
あなたの悲しみはどこにいくのですか。
あなたは苦しみをどこへしまいますか。
あなたはすべて隠してしまう。だれにも視えないあなたの熱のなかに。
そしてあなたは変わりなく笑うのです。
あなたの孤独はあなたに無視されます。
あなたがあなたを灼く。あなたは満身創痍です。
それなのにあなたは休むことをしませんね。
わたしのように、周りにおねだりをして隠れたりしませんね。
あなたは弱いものではないと決まっているから、あなたはあなたを無視して笑います。
いつもいつも笑っている、そんなあなたを世界は偉大だと讃えます。
あなたはおろかです。
あなたは、ばかですね。
あなたが東から現れるとき世界はそれを朝と呼び、あなたが西に沈むとき世界はそれを夕と呼びます。
わたしに世界をまかせたあとで、やっとあなたは笑うのをやめる。
そうしてだれも見ていないところで、あなたは泣くのです。
わたしの姿はあなたの涙の反射。
あなたの涙がわたしだけを照らすとき、世界はそれを夜と呼びます。
わたしの輝きはあなたの悲しみ。
わたしのうつくしさはあなたの苦しみ。
わたしはあなたの孤独の鏡。
わたしだけがあなたの本当の姿を知っている。
本当のあなたがわたしを存在させる。
あなたはわたしに触れない。
あなたはわたしに触れないと決まっているから。
あなたは臆病ね。
あなたはわたしの役割を知っている。わたしの存在意義を、あなたとの違いを。わたしの居場所はあなたのいない場所だと決まっていることを。
あなたに呼ばれて、あなたののまなざしがわたしに届く前に、あなたは背を向けて彼方へ逃げる。
あなたはわたしに会うのをおそれる。
愛することをおそれる。
本当のあなたを。
だけどわたしは、だからわたしは、あなたをおそれない。
だからわたしは天高く、微笑むのよ。
あなたがひとりで泣くことを知らない世界に。
あなたから逸らした愚者の、視線をわたしが残らず集めてみせましょう。
だれもがわたしに幻想を抱く。夢を見て、欲望を重ね、妖しく惑う。身勝手に、脳天気なままゆるやかに溺死していく。
それはあなたという犠牲への劫罰なのよ。
だれにも知られず孤独に守ることがあなたのさだめなら、だれをも魅了し狂わせることがわたしのさだめ。わたしの誇り。あなたへの愛。
わたしは臆さない。わたしはおそれない。
だからわたし、決まりを破るのよ。
あなたの笑顔がことさら痛いとき、呼ばれなくても出ていくわ。
あなたの時間のなかで、わたしだけがあなたを視ている。
輝くあなたに寄り添う透明なわたしを見あげて、世界は不思議そうな顔をする。
わたしの姿をみつけると、あなたはとても無邪気な顔をする。
けれどわたしを照らすまいと、あなたは歯を食いしばって必死に知らないふりをするのね。
あなたの感情のために世界を変える勇気もない。
なんてばかでおろかな男。
だから愛しい、わたしだけの男。
わたしの姿のうつくしさは、あなたの孤独の美しさ。
わたしだけがあなたを許す。
わたしは存分に満ちて、輝きましょう。
だから、思い切り泣きなさい。
月 松本貴由 @se_13
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