第4話 夏の大三角は語りつくせない


 コホンとわざとらしくも可愛い咳ばらいを一つすると、ホシコはもったいぶった様子で言う。


「じゃあ、大地君には特別に夏の星座のご案内をいたしましょうか?」


「おう、なんだかプラネタみたいだな」


 俺は、星が見やすいようにたき火の炎を小さくする。

 林を通る風がさわさわと微かに葉を揺らすと緑と夜の匂いがする風が火照った肌に心地いい。


「まず、東の空を見てね」


真東まひがしがいいのか?」


 夕日が沈むのは見ていたから、その逆が東だとはわかっているが、天体観測をするなら正確な東がいいのかと思い、腕にある方位磁針コンパスを見る。


「わっ、さすがキャンプの達人。方位磁石コンパス付きの腕時計なの? すっごい便利そう。私も買おうかなぁ」


「ミリタリ用のが欲しかったんだけど、高くてさ。でも、これもいいよ。軽いし丈夫だし」


「アウトドアのブランドかぁ」


 ホシコは何か熱心にメモをしている。

 ソロキャンに興味があるのだろうか?


「まずは夏の大三角を探そうね」


「ダイサンカク?」


「理科の授業で習ったでしょ。ベガ、デネブ、アルタイル」


「覚えてない……」


「星の名前よ。ここは空気が澄んでいて、光源もないから天の川までよく見えるね。


 空にうっすら明るい、もやっとしたところがあるのがわかる?」


 よく見れば、すべてを覆う星の傘にも色の濃さが違うところがある。


「あれが天の川。その中にひときわ明るい星があるでしょ? まあ、ここではみんな明るいけど……」


 確かに、明るい星がある。

 よく見れば、三角形に見えないこともない。

 俺は無数の星の中で、ひときわ明るい星をいくつか見つけた。


「青白く輝くのがこと座のベガ。

 七夕の織姫星でもあるわ。あとは、わし座のアルタイルは彦星ね。

 それがデネブの白鳥にのってデートするって話よ。ロマンチックよね~」


「ワシがハクチョウに乗るのはおかしいだろ?」


「そういうとこツッコむの? ロマンがないなぁ」


 ホシコはちょっとぷんすかしている。


「星座の話と星の由来は別なの。国によっても違うからね。白鳥座やわし座の話はギリシャ神話。織姫と彦星は、中国の神話。日本のは……まあそれは追々ね」


 俺はとりあえず、うんうんと頷く。 

 折角のホシコと話せる機会を、怒らせてここで終わりにはしたくなかった。


「織姫って、機織りをするお姫様なんだけど。 

 大地君は、手芸とか洋裁が上手な女の子ってどう?」


 なぜか急に話が飛んだ気がするが、ホシコの圧が強いので答えないわけにはいかない雰囲気だ。

 けど、なぜそれが知りたい??


「どうって言われても。器用なのはいいんじゃないのか? 俺もテントや寝袋が破れたら繕うくらいはできるけど、案外難しいぞ。ボタンもつけられるけど、上手くはないな」


「すごい……。そのレベルの女子力ではかなわないのか……」


 なぜ、そこでホシコがしょぼんとする?

 織姫の話じゃないのか?


「ん、なんでもない、なんでも。気にしないで」


 いぶかしげな俺の視線を感じて、ホシコは苦笑しながら星の話を続ける。


「この織姫星のベガがあること座は、オルフェウスの竪琴と言われてるの」


 指差された白い星を見ても、俺には琴の形にはさっぱり見えなかったが、静かに彼女の話に耳を傾けた。

 

「オルフェウスは、奥さんのことをすごく愛してたんだけど、ある日その奥さんが、毒蛇に噛まれて死んでしまうの。それで、その奥さんを冥界にまで迎えに行くのよ」


 有名な冥界くだりという話らしい。

 ホシコの高からず低からずの落ち着いた声。

 おとぎ話を聞いているかのようで心地がいい。


「それで、オルフェウスはこの琴の素晴らしい音色で冥王の心を動かして、奥さんを現世へ連れて帰ることを許されるんだけど、その条件に、連れ帰る途中、現世まで決して奥さんを振り返ってはいけないと言われてたのに、心配のあまり出口まであと少しのとろで振り返ってしまい、結局、永遠に奥さんを失ってしまうの。

 悲しいお話だよね……」


 冥王との約束を守れなかったオルフェウスを責めるのではなく、愛する人を永遠に失った彼に心を痛めているのだろうか。

 ホシコは、昔から優しい子だった。




「その……。大地君は今、そのくらい好きな子いるのかな?」


「なっ!? なんで、そんなこと……」


 俺は動揺して、わたわたとして真っ赤になったがたき火の灯りでバレやしなかった。


 ホシコは、あの日のこと・・・・・・を覚えてないのだろうか?


 俺はショックを隠せなかった、

 やはり彼女にとって、あの日のことは忘れたいことなのかもしれない。

 そりゃそうだよな……。

 小学生の頃のこととはいえ、登山の途中に崖から落ちて嫌いな男子と沢で一晩救助を待つ羽目になったのだから、トラウマで記憶から抹消したいだろう。


 けれど、俺は冥界に下りたオルフェイスってやつの気持ちが分かるし、俺にとってはあの日の崖から落ちるホシコに手をのばしたのはすべてのはじまりなんだ。

 だから、俺のことは嫌いでも気持ちは否定して欲しくなかった。


「お前が聞くなよ……」


 俺は、堪らず小声でひとりごちる。


「え? なに、よく聞こえなかった」


「……他に好きな子はいない」


 お前の他に、崖から落ちてまで助けに行くほど気になるやつなんていないんだよ。


「じゃ、今はフリーなのね! やた!」


 俺が告げると、ホシコは明るくなり、小さくガッツポーズをした。

 悪かったな、今どころかずっとフリーだよ。


 というか、俺がモテてるところなんて見たことないだろ?

 ダメ押しするな……。

 対照的に俺は、ガクッとうなだれる。

 



「何、地面を見てるのよ。上を見て夜空を!」


「わかったよ……」


「星を見るとね。首が伸びるから脳に酸素が行って頭がクリアになるんだって」


 星を見るとそんな効果があるのか。

 豆知識だな。


「星座の話の続きは? もう少し聞きたい」


 俺は話をうながす。

 会話が途切れたら、ホシコは天文部のテントに帰ってしまうかもしれない。

 ソロキャンに慣れている俺だが、今日だけはそれは耐え難いような気がした。


「まだまだ、続くよ~。

 一晩では語りつくせないほどなんだから、寝ないでちゃんと聞いてよ」


 ホシコの星への想いは強いらしい。

 俺はホッとして夜空を見上げた。


「彦星のアルタイルがあるわし座の神話はかわっていてね、わし座の鷲はなんと美少年の王子様をさらうために大神ゼウスが化けた姿なのよ。

 美少年×エロゼウス。

 なんだか、同人がいっぱい書けそうじゃない?」


「……お前、俺に星を勧めてるのか? それとも同人誌を勧めてるのか?」


 俺は困惑して、頭を抱える。

 昔は大人しい子だったんだけど、今日はどうしたホシコ!?


「あ、BL興味ない?」


「お前の趣味にとやかく言うつもりはないが、俺は興味ない」


「……そうか残念だけど、安心した」




 ホシコよ……。


 一体、俺に何を期待していたんだ!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

北極星は覚えない 天城らん @amagi_ran

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ