第6話 研修の成果?

 飛行機は定刻通り離陸した。しばらくして、シートベルトのサインも消えた。


「片桐先生、今回の研修はとても有意義でした。また、いろいろとアドバイスもいただき、ありがとうございました」


「いやあー、北野先生は熱心だなあ。ぜひ、君にはこの研修を続けて受けてもらいたんもんだ」


 僕は、隣の席の片桐先生に、今回のことも含め、学校のことなどいろいろ話し相手になってもらった。

 そのうち、飛行機の揺れも気持ち良く、いつの間にか眠ってしまった。












 目的地到着のアナウンスが流れた。再びシートベルト着用のランプが灯る。


 僕は、ふと隣の席を見た。おばあさんが、シートベルト着用で手間取っているので、手を貸した。


「すみませんね~、また、お世話になって……」


 おばあさんは、丁寧にお礼を言ってくれた。先ほどの離陸の時も手を貸したので、僕には違和感はなかった。?違和感……。僕は、一人で?………





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 翌日、学校へ行くと、まず教頭先生に口頭復命をした。つまり、簡単に研修についての内容を自分の言葉で報告するのである。


 これは、形式でという事より、気持ちの問題だと思う。

 研修に参加するためには、学校を休まなければならない。

 そのために、誰かが代わりに業務を行ってくれる。特に小学校なら担任をもっている場合が多く、その業務代行のお礼や引継ぎが主なものになる。


 その後、復命書と言って、研修期間の出先での業務内容を書面で報告するのである。


『……研修名…………日付は、……(木)……(金)……と、1日目と2日目の研修内容だな…………?どうして、すぐ土曜日に帰ってこなかったんだっけ?……』



 書類を作っていると、早央里先生が声を掛けてくれた。


「おかえりなさい、北野先生」


「あ、ありがとうございました。学級の方もいろいろお世話になって……」


「大丈夫よ、みんないい子だったわ。それより、研修会は勉強になった?」


「ええ、もちろんです。行く前にいろいろ聞いた……?……えっと、……誰に聞いたんだっけ?」


 研修に出かける前に、確か誰かに詳しく内容を聞いたような気がする……………?






 だから、今回の研修には安心して参加できたんだと…………思う?


 僕が、何となくスッキリしない顔で書類を書いていると、早央里先生が1冊のファイルを持って戻って来た。


「北野先生は、きっとこれを見たよの!」


 早央里先生が見せてくれたファイルには、『生徒指導問題解決と心に浸みる生徒指導研修会覚書』と表題が書かれていた。



 僕にとっては、初めて見るファイルなんだが、その記録者の名前には心あたりがあるような気がした。


「…………片桐?」



「ああ、その先生は、私の同期なのよ。今は、行政の方に出向していて、噂では中央で研修担当の責任者になって、頑張っているそうよ……」



「……今は、うちの学校には居ないんですね…………」


「ええ、つよポンったら、昔はあんなに生徒指導で苦労して、夜中まで仕事をしてたのよ……。それが今じゃ、偉くなっちゃってさ……」


「…………………」



 僕は、何とも言われぬ不思議な感覚に襲われた。その時、ふと鎌田先生の言葉を思い出した。


『北野先生、思い切ってやりなさい……そうすれば、3日目の研修が役に立つから……』


 ん?3日目の研修?…………いや、今回の研修は2日日程だったはず………。







 そんな時、受け持ちの男の子が、べそを掻きながら他の学年の先生と一緒に職員室に入って来た。


「どうした?タロウ?」


 僕は、彼の頭を撫でながら、漠然と様子を見ていた。すると僕の頭には、次に何をしたらいいのかが、浮かんで来た。そして、自然にタロウに声を掛けていた。


「タロウ、それは、先生が持っている道具を貸してあげるから、心配しなくていいよ。それよりも、泣かなくてもいいから、口で話せるようになったら嬉しいな……」



「……先生?……絵具セット忘れてきたの、知ってるの?」


「ん?……何となくな……」


 タロウは、『えへっ』と、はにかみながらすぐに泣き止み、教室へ戻って行った。


 タロウを連れて来てくれた先生は、不思議そうに職員室を出て行く子どもの背中を見ながら、驚いた顔で僕に尋ねた。



「北野先生、よく分かりましたね。

 ……教室を覗くとあの子が泣いているんですよ。

 周りの子に聞いても分からなかったんです。あの子も私には何も言ってくれなかったので。

 …………まるで、北野先生は、魔法でも使ったようにあの子の心を読み取ったようだ……」



 魔法か?……そんなことを教えてくれる研修があれば、行ってみたいなぁ。


(このお話は、これでおしまい!)

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