魔導書屋の少女は英雄との恋に憧れているようです 4

 魔導書グリモア屋の少女ルビィは自室で一人膝をかかえていた。


 もう何日も外出していない。店番もしていない。

 誰にも会いたくなかった。


 彼女がこっそり書きためていた夢小説が、何者かの手により盗み出され、製本され、街中に流出してしまったのだ。


 小説の中で、ルビィはユータロウと楽しいかけ合いを続け、夜には甘い言葉をささやき合い、そして最後には激しく体液を交換していた。


 毎晩毎夜熱に浮かされながら書き続けていた彼女の妄想が、周知となってしまった。


(なんで……どうして、こんなことに……)

 彼女は自身の豊満な胸に顔をうずめ、ぷるぷる震える。


 街の人に、たくさん声をかけられた。


「読んだわよぉ(にやにや)」

「ユータロウとお盛んみたいだね~。あれ実話?」

「けしから、実にけしからん」

「ごくり……(ルビィの胸を見つめながら)」


 書いたのはわたしじゃない、と否定しようとしたが、本には金文字で『ルビィ』と作者名が記されていた。

 勝手に本をつくった者に、本気で殺意を覚えた。


「う……うぅ、……うぅぅぅぅぅ……ひどい、……よぉ……」


 祖父はひきこもる孫を励まそうと、何度もドアごしに声をかけてきた。


『ルビィや、元気をお出しよ。お前の小説にはたしかにセッ○スのことがたくさん書かれている。だが、それを恥じることはない。そもそも文学の基本とは性と暴力じゃないか。○ックスのことを書くのはむしろ当たり前のことだ。何を言われようとこれからも堂々とセ○クスのことを書いていけばいいんだよ! ああ、お前の本は文学的に優れている。わしにはわかるぞ。性描写もうまいしな』


 セック○を連呼するのをやめて欲しくて、生まれて初めて祖父にキレてしまった。

 デリカシーがなさすぎる。


 祖父は、ルビィが自分で本を出したと勘違いしているようだった。

 孫娘が落ち込んでいるのは、出版した本が望んだ評価を得られていないからだと、そう思っているようだった。


 違う。

 勝手に出版されたのだ。原稿をいつの間にか盗まれ、本にされた。

 誰が好き好んで自分の黒歴史を形にするのか。


「あうぅぅ……」


 なによりルビィの心を苛んだのは、この本がユータロウにも読まれたかもしれないという可能性だった。


(ユータロウさん……どう思っただろう……本の中で勝手に自分を好き放題されて……セ、セッ○スさせられて……!)


 もんもんと悩んでいるうち、いつの間にやら夜になっていた。

 窓の鎧戸から月明りが差し込んでいる。

 

 いつもはこのくらいの時間帯から趣味の小説を執筆を開始していた――


 と、その時。


『あ、ァア……! ユータロウさん……あぁ、……あ』


 外から、女の声が聞こえてきた。

 女は吐息まじりにユータロウの名を呼んでいた。


「……えっ…………」


 急いで鎧戸を開け外を見ると、そこには城壁に身を預けるようにして抱き合う男女の姿。


 女の方に見覚えはなかったが、男の方は見間違えるはずもない。


「ゆ……ユータロウ、さ、ん……」


**


「ったく、これは本当しょうがねー小説ですよ。年端としはもいかない少年少女がいっちょ前にさかりあってもー。禁書、禁書にするべきですね。ええ、有害図書指定です。ところで続編はないんですか!」


「はまりすぎだろ……」

 

「いや、だってこれ読ませてくるんですよ。なめめかしい描写、随所におり込まれてるエスプリのきいたセリフ、息もつかせぬベッド上での攻防――作中で登場人物たちが絶頂を迎える頃には読んでるこちらも……!」

 はぁ、はぁ……と息を漏らしながらベッド上でルビィの小説を読み、足をばたばたさせるリュー。


 先日、俺は勝手に製本したルビィの夢小説40冊を、街のあちこちに置いてきた。

 大人しい爆乳少女の濃密なエロ小説は話題となり――みな作者ルビィのところ向かった。


 しかしルビィには書いた覚えはあれど、出版した覚えはない。


 わけもわからず、ルビィは今引きこもっているらしい。

 狙い通りである。

 

 ちなみに小説内で相手方とされてるユータロウは、他のハーレム要員の女の子に『ルビィとほんとにこんなことしたの!?』と連日連夜問いつめられているとか。

 まあ、それはどうでもいい。


 大事なのはとにかく、ルビィが精神的にショックを受けて引きこもり状態になることだ。



「さあリュー、ちょっと出るぞ」

 俺はそう言って、リューの手をとった。


「む。またお仕事ですか。言っておくけどただじゃ動きませんからね。ええ、わたしは安い女と違いますから」


「後で肉をおごろう」


「はっはー! このわたしを肉で釣ろうたぁふざけてますねバカにしてますね、で、なにすればいいですか旦那ぁ?」


 安いやつであった。


**


 宿を出た俺とリューは魔導書グリモア屋の方へ向かった。

 あたりはすっかり夜だが、今日は満月なので夜でも明るい。

 この世界でも月はあるんだなあ、と不思議な気分になる。


「さて。変身、と」

 俺は人気のない路地で『ミラー』を使い、ユータロウの姿へと変身した。


 最近はスキルの行使にもだいぶ慣れてきたので、変身に要するタイムはどんどん短くなってきている。

 

「リュー、こっちへ」


「え、ちょっ……モトキさん?」


 俺は魔導書グリモア屋裏手の城壁に、リューの背を押し付けた。

 リューのゆるいチェニックを引っ張ってずり下げ、肩と、そしてこぶりの胸をぎりぎりのところまで露出させる。

 わずかにのぞくピンク色――。


「ちょっとちょぉっと……! あなた正気ですか、夜とはいえお外ですよここ! 普通のセクハラじゃ飽き足らず、ついにはこんな特殊プレイまで……だいたいなんでユータロウさんの姿でこんな……!」


「落着け、ふりだふり。――お前はこれから大声で『アアン、ユータロウさーん』とか叫ぶんだ。魔導書(グリモア)屋の二階に届くくらいの声で、な」


「うぅ……仕事とはいえわたしのこの姿、実家の両親が見たらなんて言うでしょうね……」


「あ、お前のご実家の両親には『あの娘は一度ひどい目にあわせてやってください。世の中なめてるので』って言われてる」


「パパン、ママン……!」


 ショックを受けた様子のリューと、『ふり』開始。

 リューにみっともなく片足をあげさせる。


 リューは何度も甘い声でユータロウの名を呼んだ。


 と、背後で鎧戸が開けられた音。


「モトキさん、ルビィさんめっちゃ見てます……」


「だろうな、そりゃ気になるよな」


「もう……本当になんでこんなことするんですか」


「後でちゃんと説明するって。とにかく今は徹底的にルビィに試練を与えるフェイズなんだ」


 ルビィは現状、ユータロウハーレム要員の一人でしかない。


 そんなルビィを『キャラクター』として成立させるために、これは必要なことなのだ。


 人が独り立ちするには試練が必要だ。


 イニシエーションってやつである。


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