その2 殺意。

イケちゃんが施設を案内し、説明している。

「はい。」「はい。」と、埜瀬さんは返事をする。

その声には張りがあり、同じ「はい。」でも私に対するモノとは中身が違うと感じられた。



イケ:「寝室はこちらになります。」


埜瀬:「お~、綺麗ですね!」



埜瀬さんは部屋を一通り眺めた後、そう言って右斜め45度の角度で振り向いてイケちゃんの顔を見た。

チェックインカードを書いてた時とはぜんっぜん表情が違う。

乙女の眼差しじゃねーかよ、な~んか気持ち悪い。



埜瀬:「いつもシンタローさんがこの部屋を掃除してるんですか?」


埜瀬:「ベッドメイクのやり方とか、どこで覚えたんですか?」


埜瀬:「ベッドふっかふか!シンタローさんの拘りですよね?」



埜瀬さんは、部屋の中を動きながら、いちいちイケちゃんを見て質問する。

あのキモい眼差しを、イケちゃんはどう受け止めているのか?


私は眼鏡を外した。



埜瀬:「このクローゼット、2人入れそうなぐらい広いですね。」



と言いつつイケちゃんの方を振り向く埜瀬さんの視線に、私はヌゥーッと割って入った。

そして、埜瀬さんと目を合わせた。



「なんだこいつ」

「シンタローとヤりてぇ!ここで!」

「ってか殺すよ」



ああ、やっぱりそうか...って、ええ!?

この女、イケちゃんに気があるな、というのは思考を読むまでもなく察するものがあった。

けれど、「殺すよ」とまで思っているのは、穏やかではないどころか、激ヤバだ。



埜瀬:「なんですか?」



感じた不快をあからさまに表情に出して、埜瀬が喋る。



新井:「そろそろは食事の準備に取り掛かりますがよろしいでしょうか?」



「妻アピールしやがったよ」

「こいつから殺すか?」

「ブツブツきめえんだよ」



あ?

私は心の中でキレた。

その怒りは、埜瀬に秘められた殺意を読み取った恐怖を超えさせてくれた。


この場で殴りかかって押え込めば、私人逮捕になる...という考えが浮かんですぐ、私自身がそれを否定した。



この人はまだ何もしていないじゃないか。



未然に防がなければならない。

イケちゃんを殺されてたまるか...っていうか私がメインターゲットじゃない理由は?


普段はアホアホしている頭を、全力で回転させる。

下手すると2人とも殺され...そう考えた時、怒りで抑え込まれていた恐怖が全身に走った。



埜瀬:「じゃあ、食事ができたら呼んでもらえますか?ここで待ってます。」



埜瀬はこの場では冷静を装っている。


チェックインの時のこの人に対する違和感は、強烈なものとなって私の心の中にハッキリとした形を成した。

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