その5 特殊なド素人。
趣味ではなくしっかり営利を得られる宿にするに当たって、手続き以外の問題もあった。
それは、イケちゃんの感覚だ。
丸1日動いても我慢できる程度に腰の痛みが軽くなった私は、客室など、宿の設備を一通り見て回った。
どの部屋も異常なほど綺麗だった。
そして広い空間に、ベッドが1つだけ。
イケ:「はるかが来るまで、お客さんが来ない日でも、私が隅々まで掃除してたんだよ。」
誇らしげに夫はそう言った。
すまんが、「よっぽど暇なんだな」と思ってしまったよ。
新井:「お客さんが汚すのは許せる?」
イケ:「うん、掃除すればいいからね。」
新井:「私が『ここまでキレイにしなくてもいい』って言ったら?」
イケ:「掃除するからいいよ。」
新井:「どれぐらい時間かかる?」
イケ:「うーーん、わかんないな。」
新井:「イケちゃんは潔癖症?」
イケ:「そうでもないよ。」
なるほど、ダメだこいつは。
綺麗なのはもちろんその方がいいんだけど、いつまで経っても掃除中でお客さんを入れられないのが目に見えた。
どんだけ言っても聞く耳持たないぐらいの拘りがあると思っていい。
新井:「この宿のトイレがこの世界のスタンダード?」
実は私は、外出先のトイレを何度か使っていた。
そこには日本と同じようにトイレットペーパーがあったし、レバーやパネル操作で流せるようになっていた。
イケ:「まあそうだね。それを私が最適化した。」
こいつは何か勘違いをしている。
新井:「パッと見える所に紙が置いてないのは普通?」
イケ:「用が無い時に紙が視界に入るの不快じゃない?」
へえ~、そういう感覚なんだ。
新井:「音なんだけど、もう少し静かなやつに変えられない?」
イケ:「賑やかな方が快適じゃない?」
新井:「うるさ過ぎるんよ...。」
イケ:「えー?そうなの?なんかこう、『やってやるぜ!』って気持ちにならない?」
ならないね。
うるせえから使わねえわ。
今となっては、夫がトイレに入って、大きい方の分身体をやっつけているのを私が知るための装置となっている。
知る価値はほぼないので...要らん機能だ。
新井:「逆にうるさくて落ち着かない人の方が多いと思う。」
イケ:「じゃあ、メーカーの人を呼んで変えてもらうよ。」
自力では変えられないのかよ。
発注段階でその辺り考えなかったのかよ。
こいつの感覚ェ...。
新井:「ベッドの数は増やせる?」
イケ:「1人1部屋の方が落ち着くでしょ。」
新井:「カップルのお客さんは泊めたくないの?」
イケ:「ラブホに行くんじゃない?」
Oh...。
どうしたものか...。
新井:「今、1泊いくらにしてる?」
この質問をする前に、私はこの地域のホテル等の価格を一通り調べた。
「民泊」の概念は無いみたいだけれど、同タイプの宿はあったし、それぞれの価格も日本と同様だった。
イケ:「1000円。」
新井:「その価格の根拠はある?」
イケ:「安い方がお客さん来るでしょ。」
さて、どうしたものか。
これをイチから教育するのは、途方もない労力と時間がかかるぞ。
なにせ、私が言うだけでは納得してくれないだろうからね。
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