【第6章】宿屋の嫁
その1 顔合わせ。
私の言葉を聞いたイケモトは、3秒ほど全ての活動を停止していた。
そして右手を出し...
イケ:「これからよろしくお願いします。」
と言った。
新井:「私こそ、これからもよろしくお願いします。」
出された右手を右手で握り、頭を下げた。
お互い、5秒ぐらい頭を下げ、顔を上げて「ふふふ」と笑った。
そこからイケモトの行動は早かった。
すぐに親に連絡し、招集をかけた。
イケ:「今日の夕食の時、うちの実家に行って顔合わせしよう。」
新井:「え!?今日?服は!?」
イケ:「今持ってるやつでいいよ。」
新井:「そんな、もっとイイやつ着て行かないと。」
イケ:「じゃあ、魔術服貸してあげようか?」
新井:「いや、それは遠慮しとく。」
結局、今持ってるやつを着て行く事になった。
海から車に戻るまでの道を歩く時、眼鏡を外したり着けたりしてみた。
「こんにちは」の数や強さが変わり、面白かった。
そんな中、「こんにちは...ぐふっ!」という声が紛れ込んだ。
「ぐふっ!」ってなんや!?
「待って」と言って、声の正体を探したけれど、すぐに諦めた。
ものすごく気になったけれど、今はそれどころではない。
イケモトの実家は、宿のすぐ近くにあった。
歩いて1分かからない距離だった。
なあんだ、あの家か。
外出する度に見えていたから、新鮮味は無かった。
ただ、中に入るのは初めてだ。
女声:「いらっしゃ~い、うふふ。」
男声:「お、来たか。さあどうぞどうぞ。」
一目で、「あ、両親だな。」とわかる顔の2人が出迎えてくれた。
招かれるままに奥に進むと、円卓の周囲に椅子が並べられ、その2つにイケモト祖父・イケモト祖母と思われる2人が着席していた。
その2人と両親に向かって...
新井:「あらいはるか、と申します。よろしくお願いします。」
と、頭を下げながら挨拶した。
「どうぞよろしくお願いします」と、一同が順に礼を返してくれた。
母親:「しんちゃんは、そこに座って。」
あ、やっぱり、「しんちゃん」って呼ばれるんだ。
なんとなくそんなイメージを勝手に持っていた。
主にドラマによって作られた、金持ちのぼっちゃんの実家テンプレである。
私を含めて、全員が着席した。
ここから私は質問を浴びせまくられ、素性について根掘られ葉掘られするんだろうな、と覚悟していた。
ところが、それが全く無く、むしろ自分達の紹介を兼ねて、いろんな話をしてくれた。
祖父:「親父は戦争の時に術を使ってなあ。ずっと悩んどったわ。」
祖母:「あたしたちは見合い結婚。昔の私はデブでねえ。」
母親:「あっちの世界にも『ぺぺぱぱらんぱぱらぴろりんぬ3』はある?」
父親:「自分は婿養子じゃけえ。術とかよぉわからんけえ。」
と、まあ、こんな感じで...えーと、うん、善さそうな人達でした。
逆の立場で考えたら、別の世界から来た人の素性を聞いてもあまり意味は無いんだ、と理解できた。
この場において、私は1つだけ確認したい事があった。
それは、結婚式についてだった。
召喚士という、国家的な地位が高い人、家柄なのだから、格調高い結婚式をするだろう。
私は異世界人なので招待する身内が居ない。
実は...元居た世界でも、結婚式は挙げていない。
親を呼びたくない、という単純な理由だった。
元夫も結婚式が嫌いな人で、式をしたくないと言うとあっさり了承してくれたものだ。
こっちの世界の結婚式はどのようになっているのか、また、高貴な家柄だとどうなるのか、そういう興味は湧いたけれど、式に対して根本的な嫌悪感が私の中に有った。
だから、会話の流れが一区切りした時、私は自ら口を開いた。
新井:「ところで、結婚式についてはどうお考えですか?」
私のこの発言をすると、場の空気はシン...となった。
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