第2話 安心安全!初心者向けダンジョン!

 初心者向けのダンジョンの外観は、少し人の手が入った洞窟という感じだ。

 電線が壁に埋め込まれていて、通路の中は明るい。


「ひ、ひい〜……」


 その中をビビりながら歩く私。

 支給された最低限の防具と食料しか手持ちにないので、魔物が出たら逃げの一択。

 探索者協会は、無理に戦わなくてもいいと言っていた。


 とにかく最奥にある宝箱の中身さえ持って帰れば合格だと。

 この試験に時間がかかった者はいても、不合格になった者はいなかったから安心していいとも。


 この世の中にはね、持って帰るのも大変なスペックの持ち主もいるのですよ……。とほほ。

 とか思ってたら、いきなり足元が光り出した。


 すごく複雑に線を組み合わせた、魔法陣?

 それが、みるみる光を強くした。


「うおっ、まぶしっ!」


 目を手で隠して、ぎゅっと瞼を瞑る。


「な、なんなんだよ、今のは……」


 眩しさが止んだ頃、恐る恐る目を開ける。

 目を開けたはずだった。


「何も見えないんですがこれは」


 一面の暗闇。

 瞼が眼球を擦る感覚はあるので、少なくとも死んだというわけではないらしい。

 目の前に手を運んで振ってみたが、マジで何も見えない。


 地面はある。

 声は……うん、聞こえる。


 これは、壁かな。

 触った感じは、ツルツルのタイル。


「……どないなってんのこれ」


 ひとまず関西弁で文句を垂れたけど、状況は変わらない。


 私が足を踏み入れたのは、初心者用ダンジョンのはずだ。

 ツルツルタイルも、真っ暗な空間もないはず。

 いやいや、そんなまさか転移罠だなんてあるはずがない。


 背負っていたリュックからスマホを取り出してライトで周囲を照らす。


 そこにあったのは────



 巨大な壁画。

 いわゆるモザイクアートとかいう、不揃いの色タイルを並べて絵画を描くとかいう手法のそれ。


 虹色の鱗を持つ竜。

 顎の間に、何か金色の物を挟んでいる。

 空に向かって飛んでいるようにも見えた。


 その竜の足元には、杖を構えたローブ姿の人影が五人。

 花冠やら、王冠やら、それぞれ特徴的な帽子を被っている。


 この一枚で、ゲームや漫画のオープニングを張れそうだ。

 私ならジャケット買いするね。

 今、お金ないけど。


「右も左も、落石が酷くて見れないか」


 ライトを四方八方に向けて見るが、壁画のほかに収穫はない。

 見覚えのない景色に、さすがの私も冷や汗が浮かぶ。


 遭難からスタートしていいのは漫画やゲームだけやぞ。分かっとんのか。

 パンピーがサバイバル知識だとか無双だとかできるわけがない。


「くそぅ、恨むぞ母さん! 末代まで呪ってやる! あ、私が末代か」


 ひとまず安全を確保するために移動しよう。

 抜き足、差し足、忍び足……。

 とか思ってたら、物凄く大きな音がいきなり響いた。


「んひいいい!」


 その場にしゃがみ込んで、耳を塞ぐ。

 狭い部屋で大太鼓をいくつも鳴らされたかのような騒音と、ギターをかき鳴らすかのような不協和音に、腹を揺さぶる重低音。


 いくら私でも知っている。


 これはいわゆる、魔物の雄叫びというやつ。

 それも一匹や二匹じゃない。

 数も、種類も、きっと把握できないぐらいの……。


 腰を抜かしたまま、慌てて振り返る。

 そこには、さながらバッファローの群れのように沢山の魔物たちがいた。


 座り込んだ私の上や横を、魔物たちは器用にすり抜けた。

 ライトに照らされた魔物たちの目は血走り、すれ違い様に肉や毛が焦げたような臭いを残していく。

 窮地を切り抜けたか、と思ったその時。


 暗闇から、ぬっと巨大な蜥蜴が姿を現した。

 顎から漏れる赤い火の粉が、鱗を照らす。

 瞳孔が縦に裂けた橙色の瞳をギョロリと動かし、狭い通路を埋め尽くす勢いで佇んでいた。

 脳裏を過ぎったのは、壁画に描かれた竜。


 それを見た瞬間に悟る。


 先ほどの魔物の群れは、この巨大な竜という捕食者から逃げようとしていたのだと。

 他の魔物とは比にならないほどの威圧感。

 まるで大気そのものが軋んでいるかのようで、熱気も相まって呼吸が辛い。


 動いたら死ぬ。

 そんな予感だけがあった。

 体を丸めて蹲った体勢のまま、ぎゅっと目を瞑って息を殺す。


 どれだけそうしていただろうか。

 一瞬のようにも、一時間そうしていたようにも感じる。


 ────ドシンッ……


 ついに竜が動いた。


 ────ドシンッ……


 一歩、一歩を踏み締めて歩く。

 私なんて骨ごとペシャンコにする重量を示しながら、通路を進む。

 風圧が、私の髪をぐしゃぐしゃにした。


 ────ドシンッ……

 ────ドシンッ……


 背中すれすれを、巨大な尾が通り抜ける。


 竜は、私になど目もくれず、魔物たちが逃げた先へ悠々と進む。


 竜がいなくなった頃、私はようやく息を吐いた。


「し、死ぬかと……マジで死ぬかと……」


 ヒリヒリと肌が痛む。

 どうやら熱気に当てられて軽く火傷をしたらしい。


 きらきらと光る水晶玉のようなものがコロコロと転がり、私の太ももにぶつかって止まる。


「ん? 何これ」


 転々と竜の足跡の近くには、水晶玉のようなものが落ちている。

 大きさも色もバラバラ。


 太ももにぶつかった方を手に取って、眺めてみる。


「これ、もしかして〈スキルオーブ〉?」


 探索者協会で受けた講習を思い出す。

 ダンジョンでは、魔物や宝箱から様々なものが手に入る。特別な効果の付与された武器や防具や道具などだ。

 その中でも、最も価値が高いのはスキルオーブ。


 スキルに目覚めなかった者でも、スキルオーブを使えば探索者になれるからだ。

 突然の覚醒か、あるいはスキルオーブを使用する方法でしかスキルを獲得できない。


『スキルオーブの内容を確認』

『内容物:〈気配遮断〉』

『使用しますか?』


 スキルの無闇矢鱈な習得を、探索者協会は推奨していない。

 例えば、私の『頑健』というスキルを無効化、あるいは特化するスキルというのが世の中には存在する。

 対抗するスキルがぶつかり合った時、レベルの高い方が必ず勝利する。

 もし低レベルの『気配遮断』なら高レベルの『看破』や『感知』のスキルによって無効化され、敵の警戒心や関心を買ってしまう。


 スキルオーブから習得するレベルは完全にランダム。

 使い続けるとレベルが上がるという噂もあるらしいが、探索者協会も実例はまだ観測していないらしい。


「これは様子見をしておくか」


 目についたスキルオーブを拾っていく。

 リュックに詰め込めるだけ詰め込んでおけば、いざという時に使えるかもしれない。もし生きて帰れたら、ちょっとしたお金持ちにもなれるかも。


『スキルオーブの内容を確認』

『内容物:〈頑健〉』

『内容物:〈歩行〉』

『内容物:〈精神力強化〉』

『内容物:〈言語習得〉』

『内容物:〈筆談〉』


 ほとんどが、戦闘には役に立たないものばかり。ひとまずリュック行きだ。

 学生になら高値で売れそうだな、という邪悪な考えは置いておこう。


「ひとまずこんな所かな。これからどこに行こう……」


 竜のいない所、と考えた所で振り返った足を止める。


 まず、竜から逃げていた魔物はどこへ向かう?

 そら、竜のいない所ですわな。

 そこに戦闘力皆無の人間が来たら?

 鴨がネギ背負ってるようなもんだ。


 これはむしろ、竜を追いかけた方が安全なのでは?

 このスキルオーブは、竜が落としていったみたいだし、道中の魔物はほとんど倒しているかもしれない。


「……私、天才かもしれん」


 自画自賛を繰り出しながら、私は竜の足跡を辿った。

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