日記帳が越えた壁

『レオンはこの日記帳がどんな原理で繋がってるか、分かったりする?』

 レオンは魔法やら騎士団やらの単語を使っていた。私が知らないだけでこの世界にはそんなものがあるのだろうか。それともまさか、そもそも世界が違う? 

『俺の知っている範囲の事で解釈すると、おそらく接続魔法という離れた場所にある二つのものを連動させる魔法を使っているのではないかと思う。ただ、この魔法は戦地へ赴く騎士に渡して無事を確認したり物好きな金持ちが使うもので、あまり使われることはないし一般人からの知名度はあまり高くないな』

 魔法、騎士団、戦地。やはり私とは生きている世界が違う気がする。一般人には巧妙に隠されているだけなのかもしれないが、レオンの言い方からして一般人に隠されているという風には感じられない。

『少し聞きたいことがあるんだけど』

『なんだ? 分かりにくいところがあったならすまない』

『そういうことじゃなくて。その、魔法とか騎士団とかは、一般人にも周知されてるものなの?』

『周知されているな。魔法は使えない者も多いが知らない者はほとんどいないと言ってもいいだろう。その様子だと、もしかして貴女は知らないのか?』

 その返答によって、私とレオンが同じ世界にいる可能性は潰えた。彼は魔法や騎士団が周知されていると言う。だが、私や私の周りはそんなもの御伽噺や小説、漫画の中の話だと思っている。この目で見たことなんて1度もない。――例外を除いて。

『うん。私は魔法とか、騎士団とか、現実に存在してるなんて知らなかった。多分、私と貴方は別の世界にいる』

『一応、どちらかの認識が狭い範囲内の可能性もあるが、あまり現実的ではないな。つまり』

『この日記帳は世界の壁を越えて繋がっている、ってことだよね』

『ああ、信じ難い上非常に困難で難易度の高いことだが、理論上できない訳でははない』

 世界の壁を越えて、繋がる日記帳。異なる世界――異世界などあるはずない。連動して文字が浮かび上がる紙の日記帳など、何かの悪戯に違いない。そんなことを言われそうなぶっ飛んだ話だ。正直私も信じきれていない。しかし、この瞬間の私を納得させるには十分すぎた。

『となると、今一番情報を持っていそうなのは』

『日記帳を渡してきた俺たちの兄、か。天花、日記帳はどうやって渡された? その時の状況や説明など細かいことでもいいから教えてくれ』

『書き込んでいない文字が浮かび上がってくるまでは、先日兄さんにそろそろ日記帳のページがなくなるから明日買いに行ってくるって伝えたのが理由だと思ってたけど明らかに違うよね、日記帳として使えないし。この日記帳の説明としては「他のある日記帳と繋がっていて、どちらかに何かが書き込まれるともう一方にもそれが浮かび上がってくる」って言われたよ』

 今まで兄のことを大学生にもなって厨二病をこじらせたナルシストだと思っていたが、もしかしたらそれは勘違いだったのだろうか。

『俺も似たような説明をされた。似たような説明と経緯で渡されるなど、偶然とはあまり思えん。そもそも、もう一方の日記帳の在処が分かっていないとそんな説明をして渡せない気がするんだ』

『そうだね、私も同意見。兄さん達がすごーく楽観的だった場合は話が別だけど』

 普段の兄の姿を思い出しながらそう書き込むと、数十秒間を置いて短い文が返ってきた。

『そうではないと思いたい』

『とりあえず兄さん達問い詰めてみる?』

『そうだな。兄さん達は面識があるのだろうか?』

『それも含めて聞いてみようか』

『のらりくらりと誤魔化されないといいが、きちんと答えてくれることを祈ろう』

 時計を見ると、もう遅い時間であった。兄さんは夜は出かけていることがほとんどだ。何をしているのか知らないが、現に今も家にいない。電話をかけてもでない。

『今兄さんは家にいないから、私は明日聞いてみるね。何で私に日記帳を渡したのかとか、何でこんなもの持ってたのかとか問い詰めないと気がすまない』

『奇遇だな。俺も全く同じことを思っていた。あと、俺の兄は騎士団長を務めていて忙しいからほとんど家にいなくてな、今日も俺に日記帳を渡したあと、急用が入り忙しなく家を出ていったんだ。できるだけ早く聞けるように努めるがすまない』

『全然大丈夫だよ。 じゃあ、また明日話そう。おやすみ』

『ああ、分かった。おやすみ』



 翌朝、二日酔い中の兄に日記帳について問い詰めたら一瞬目を離した隙に逃げられた。

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