日記帳が繋いだ世界

雨雲ハレル

不思議な日記帳

 兄から不思議な日記帳を貰った。ファンタジー小説や漫画に出てくる魔導書を連想させる荘厳な装飾が施されている不思議な日記帳だ。

 なんでも兄が言うには、この日記帳は他のある日記帳と繋がっていて、どちらかの日記帳に何かが書き込まれるともう一方の日記帳にもその内容が書き込まれるらしい。なんとも眉唾な話だが、兄は俗に言う厨二病なので兄の自作か騙し売られたかのどちらかだろう。

 ただせっかく貰ったのに使わないのはどうかと思い日記帳の表紙を開いてみると、中は案外普通の日記帳だった。そういえば今使っている日記帳はもう書くところがなくなったから明日買いに行く、と兄に伝えたのだった。もしかして、だからこれを私にくれたのだろうか。いらないオプションが付いているけれど、そういうことなら有難く使わせていただこう。

 机の上に置いてあるペン立てからお気に入りのボールペンを取り出し、椅子に座る。机の隣にある窓にはいつの間にか茶トラ猫が座って寛いでいて、いつの間に入ったのだろうと考えながら冷めた紅茶に口をつける。今日は何を書こうかと考えながらまず日付を書こうとすると、突然日記帳に文字が浮かび上がってきた。

「わっ!? ……え、ど、ど、どういうこと……?」

 突然の事に驚いて思わず距離を取ってしまったので、おずおずと近づいて日記帳を覗き込む。もしかして、兄の言っていたことは本当だった? 

『こんばんは』

 日記帳に書いてあったのはその一言のみ。何と返そうか、とりあえず「こんばんは」でいいのだろうか? そう悩んでいると、また文字が浮かび上がってきた。

『思わず挨拶を書いてしまったが、本当に誰かと繋がっているのか疑わしい。もう一方が捨てられている可能性だってある。おそらく接続魔法を使っているのだろうが、ほぼ使われないし知名度も低い魔法だ。兄さんは使えるだろうが、わざわざそんなことをする意味も分からない。しかも、何故俺に渡したのだろうか。本当に兄さんの考えていることはよく分からない』

 どうやら相手もこの日記帳に対してあまり信用がないらしい。だが、魔法や騎士団。ファンタジー作品でよく聞く単語だ。相手も厨二病? それとも本当にこの世には魔法やらが存在する? 文字が突然浮き上がってきたのをこの目で見ているので今ならそう言われても疑えないかもしれない。

 とりあえず、私も書き込んでみよう。そうすれば何か分かるかもしれない。

『こんばんは』

 無難に挨拶を書き込み、反応を待つ。しかし、数分待ってみても返事はない。先程の文字は幻覚なのか、と思っても浮かび上がった文字は消えていない。心を落ち着かせるためまた紅茶に口をつけていると、ようやく返事が返ってきた。

『すまない。驚いて棚の物を落としてしまったので返答に時間がかかってしまった』

 棚の物を落とすとはどれだけ驚いたのだろうか。

『私は薄氷うすらい 天花てんかという者です。今私が書き込んでいる日記帳は兄に渡されました。貴方はこの現象? について知っていることはありますか?』

『俺はレオン・リッターという者だ。その、何と呼べばいいだろうか。見慣れぬ名前ゆえ性別が分からなくてだな。あと、俺が今書き込んでいる日記帳も兄に貰った物で、俺にもよく分からない。奇遇なこともあるのだな』

 レオン・リッター。私の名前が見慣れないらしいし、もしかして外国人だったりするのだろうか。でも、書き込まれている言語は日本語だ。翻訳機能でもあるのだろうか? 

『自由に呼んでください。薄氷が苗字、天花が名前で女です』

『なるほど、此方とは苗字と名前の順が逆なのか。では、天花と呼んでもいいだろうか。互いに身分も分からないし、軽い方が話しやすい。俺はレオンが名前でリッターが苗字で男だ。敬語もいらない』

 やはり外国人らしい。ああでもハーフだったり日本に移住してきた人の可能性もあるのか。あ、でもそれなら日本人の名前を見慣れないということはないような気がする。

『好きに呼んで。じゃあ私はレオンって呼んでもいいかな?』

『ああ。とりあえずこれからよろしく、天花』

『うん。こちらこそよろしく、レオン』

 姿も知らない不思議な話し相手。

――この繋がりをきっかけに私の日常が奇妙で不思議なものになるなんて、この時点では夢にも見なかった。少なくとも、私は。

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