グラーネ

 コンテンツの一種としてハウジングというものがある。固有のプライベートエリアとしてハウスやアパルトメントを購入し、自分だけの「一軒屋」や「部屋」を所有できるコンテンツのことだ。

 基本は各都市ごとにあるハウジングエリアと呼ばれる専用エリアがあり、各都市の特徴や風景などが楽しめるものとなっている。

 しかしさすがLWOと呼ぶべきか。この専用エリア以外にも早い者勝ちで各エリアに設置された隠しハウスというのがあり、このフィールドのどこかに点在するハウス、もしくは部屋を特定条件下で入手、もしくは購入することができる。勿論、見つけた際は情報屋に売って金にする者から運命的な出会いだと言ってそのまま購入する者もいる。そしてレドブルもその隠しハウス保持者の一人である。


「とりあえずそこに座って待ってて」


 俺がNPCの少女にソファに座るように促し、レドブルがマグカップに入れたミルクとクッキーをテーブルに置き、少女に提供した。

 滝の裏側に存在する洞窟。またその奥の隠し通路からレドブルのマイハウスがある。《秘境》と呼ばれる景観のために追加されたと思われた浮遊島にあり、本来じゃこれない場所にあるため、とあるクエスト受けて来たときにしか浮遊島を探索できないものとなっている。

 勿論レドブルがこの隠し通路を見つけたのは偶然であるが最初は何もなかった部屋から劇的ビフォーアフターで全体的に暗めでシックで落ち着いた空間となっている。

 最初見た時の感想としては『ホストクラブ?』なんて言った際に殴られたのはいい思い出だ。

 

「にしても…やっぱり少女誘拐はやばいよなあ」

「おい俺を見ながら呟くな。一応ここお前の部屋だからな?共犯者だからなお前も」

「冗談だよ!現実世界でもこんなことするなよ?」

「しねえよ!」


 俺らも飲み物をグラスに入れて少女の体面のソファに腰掛けて話の本題に入る。


「いや~やっぱりクッキーにはカフェオレでござるなあ。あ、失礼もう一つもらうでござる」

「……お前いつの間に来たんだよエセ忍者」


 先ほどまで部屋に姿がなかったはずのアルファが少女の隣に座り、クッキーを一緒に貪り食っている。


「いつって……最初っから《隠れる》のスキルを使っていたでござるよ。って、だからエセ忍者ではないでござるっ!」


 忍者、、もしくはシノビとは言えば黒系の服装で闇夜に紛れて敵をKILLといったイメージがあるためこの承認欲求の塊のような映えしか狙っていない白とピンクを基調としたコーデーのアルファにはどうしても毒を吐いてしまう。てかなんだよ語尾の『ござる』ってRPするならもっと徹底しろ。中途半端なんだよお前」


「おい心の声漏れてるぞ」

「いやわざとだ。気にするな」

「ひどいでござるっ!!拙者、トウジ殿には忠義を尽くしているというのに!」

「忠義ってお前は武士か。武士系女子か?キャラ設定定まっていない漫画キャラ並みにブレブレなんだよ。もっと練り直せ」

「ぐぬぬぬ」

「おかわり」


 アルファとくっちゃべっていると少女が空の皿を俺の目の前に出しておねだりしてきた。口元にクッキーのカスがついておりどうやら美味しかったらしい。


「おかわりだそうだ。レドブル君お代わりを出してあげなさい」

「オレは召使いじゃねえっつーの」


 そう言いながらもすぐに皿を受け取って用意するレドブル。文句言いながら行動してくれる当たり人の好さが出ている。お人よしなんだろうな。


「アルファのせいで話が脱線してしまったな。えっとそういえば俺に話があるみたいだったけど詳しく教えてくれるかな?」

「今さらっと拙者のせいにしたでござるね?」


 アルファは無視してハムスターのようにクッキー食べる少女に話しかけた。

 転移する前に聞いた情報だと『パパを救ってほしい』というものだったかあのスレイプニヒルでいいんだよな?八本足に漆黒の甲冑なんてそいつしか思いつかないぞ。

 少女は俺の声に反応し、持っていたクッキーを口に運ぶのをやめた。


「パパを……たすけてほしいの」 


 先ほどと同様、少女はそう言いながら頭が項垂れていく。膝の上にあった両手はぎゅと握り、拳が微かに震えていた。

  

「そっか。お父さん思いなんだね、えっと……」


 そういえば名前が分からない。

 NPCでもプレイヤーでも頭の上に名前が出てくるはずだがこの子は名前が出てこないのが不思議だがバグか何かなのだろうか?。LWOにおいていまさらそんなしょうもないバグはないと思うがどうなのだろう?

 決まずい時間が流れそうになった時に少女が口を開いた。


「グラーネ」

「グラーネちゃんっていうんだね。よろしく俺はトウジっていうんだ。って知っているか。さっき名前言ってたもな。そういえば誰からお父さんの話を聞いたの?」

「マドレーヌ」

「ああ」


 納得。確かにクエストの受注として受け持ったが昨日今日で情報が回るのはおそらくEX、もしくはユニーククエスト発生条件のシステムによるものだろう。メタ的な推理だがそれが一番妥当か。


「まどれーぬ?」


 聞きなれない単語聞いたせいかアルファが首を傾げ、レドブルもいぶかしげな表情のため軽く説明する。 


「俺とキサラギが受けたEXクエストで出てきたNPCだ。座っているのに俺よりでかいぞ」

「巨人か何かか?」

「いや知らねえよ」

「拙者も行きたかったでござるっ!」


 そんな談笑をすると、グラーネから面白い言葉を聞く。 


「巨人族はもっとでかいし、マドレーヌのおじいちゃんはドワーフっていう種族」

「へえ~あの人ドワーフなのか。全然そんなふうには見えなかったな。というか巨人族ってやっぱりいるのか」

「うん、見たのはかなり前だけどとても大きかったよ」

「そうなのか」


 発言からして今はもういないのだろう。事実、このLWOにおいて巨人の話など一切聞かないし、そんなMOBもいない。いたとしたら攻略掲示板にものっているしSNSで拡散されているはずだ。まあ俺たちのような情報を秘匿している奴もいるかもしれないが。


「話を戻すけど、本当にいいのかい?お父さんを倒してしまって。君のお父さんなんだろ?」


 本題に戻し、少女の顔を見つめる。

 あくまでも俺はゲーマーではあるが今はロールプレイに徹するタイプだ。効率厨となった時期もあったが今は違う。ゲームに詰め込められた世界観、キャラクターの心情背景などの設定に魅了されたこのゲームだからこそもし現実世界の俺ならどう動く。といったあり得たかもしれないもう一人の自分の行動に気を付けている。

 少女は俺の目を見据えて発言する。


「パパはすごいんだよ。主神様の言葉を守ってずっと戦っているの」

「うん」


 戦っているという意味はなんとなく分かる。スレイプニヒルはランダムエンカウントで現れる災害その物だ。出会ったら最後、デスペナルティを黙て受けるしかないといわれるほどその強さは絶大でプレイヤーからは《絶望》と呼ばれることもある。しかし時折、ほかのモンスターとも戦っているという報告もあり、攻撃対象がプレイヤーだけではないことが掲示板で知られた。

 マドレーヌやこのグラーネの発言からスレイプニヒルの様々な考察はできるがそれは後でおこなうとして今はこの目の前の少女の願いを聞くことが先だ。


「けど……もう休ませてあげたいの。体がボロボロになっても走り続けて……もうゆっくりさせてあげたい」


 あって間もない少女の願い。少女の目頭は次第に熱を帯び、頬は紅に染まっていく。宝石のきらめきの様な涙が頬をつたう。 まるで天才子役のような名演技だ。相変わらずLWOの搭載されたNPCAIは他のゲームと比べようがないほどリアルだ。

 ソファから立ち上がり、少女のそばまで寄ると頭に手を置いてしゃがむ。


「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる。ゲーマのトウジだぞ。必ずグラーネのパパは俺たちが何とかしてやるよ。だから安心しろ」


 ゲームの主人公みたいなセリフだ。のちほどアルファとレドブルからこのシーンを再現してはからかわれるが、この時の俺はマドレーヌ同様、目の前の少女を救いたいと心の底からそう思ったのだ。

 

「ほんと……?」

「ああ、本当と書いてマジだ。だから任せろ」

「っうん!じゃ今からテストするね」

「うぇ?」


 泣いていたと思っていた表情から無邪気な屈託ない笑顔に変貌。

 ソファから降りた少女は、俺の目の前で両手で合唱するようにパチンと音が鳴ると刹那、空間に歪みが発生。事象を捻じ曲げるかのような力が働き、それを最後に視界が暗転した。

 

「へぶっ!?いててて……ここは」


 地面と熱烈なキッスをしたところで周囲意を見渡す。

 先ほどまでいたレドブルのマイハウスの面影などなく、空は雷鳴がとどろき、空気は淀み、大地は草木も生えない荒野といった世紀末を彷彿とさせるフィールドだった。


「どうやらあの部屋にいた全員がここに飛ばされてしまったみたいだな」

「お尻うったでござる……」

「お前らもか」


 お尻をさするアルファに、いつの間にかラフな格好からフル装備に着替えていたレドブル。


「おい、トウジ。お前もはやく着替えろ」


 急かすレドブル。 


「え?ああ、分かった」


 言われるがままポチポチとメニュー画面を操作し、農夫のような格好から今までお世話になっていた白を基調としたヒーラー装備に換装した時点で先ほどの少女が目の前に登場した。


「えっと……どうしたのグラーネちゃん?というかここどこかな」

「ここは私が作った幻想空間。パパに挑む前にその実力、私が確かめてあげる!」


 受け答え支離滅裂。RPGではよくある強制イベントなのだとようやく気付き毒を吐く。 


「あー話が通じないパターンね。たっく……なんでRPGのキャラって脳筋が多いんだ?」  

「まあお約束というやつさ。ほら行くぞ」

「お約束ねえ……」


 俺はすぐさま魔導書を広げて戦闘態勢に入り、同時にレドブルも半身で、愛用の盾と片手直剣を構えて俺の前に立つ。

 

「拙者、今日は戦闘するつもりなかったでござるよ……」

「いいから早くしろ。奴さんもう戦う気満々だぞ」

「うへえ」


 しぶしぶとアルファも二対の小太刀を取り出し構える。 

 全員の動作を待っていたかのようにグラーネは次のように言葉を並べた。


「私に勝ったらパパの居場所を教えてあげる!いくよっ!!迅雷が如くッ!!」


 轟音と共に、少女の体に一本の落雷。立ち込める煙の中から真の姿が露になる。

 土煙とともに現れたるは万雷の化身。スレイプニヒルと会った日のことがフラッシュバックする。高さおおよそ3メートル弱、ケンタウロスを彷彿とさせる人馬の容姿。親子故か、白銀のフルプレートアーマーで包まれており、兜から流れ出た彼女の黒髪が風になびかれている。右腕には彼女のメインウェポンであろう大剣が握られていた。黄金の柄には蒼い宝石がはめ込まれており、刀身が怪しく光った。


「サア、ソノ実力見セテクレ」


 剣先をこちらに向けてそう言い放つ。先ほどまで子供特有の高音だったのに一気に女性アンドロイドのような言い回しになる。


 お前ら親子は兜でもかぶったらそんな言いまわしになってしまう呪いでもあるのか?

 毒づきながらそう思っていると、画面の端に《白銀のグラーネ》と強調表示された名前とともに、ボスゲージが出てきた。ああ、やっぱりこうなるのね。

 

「とりあえずレドブル、タンクよろ。回復は多めにするから相手の攻撃方法探ってくれ。おそらく正面からだと切りつけ、薙ぎ払い、突き、魔法も使える可能性考慮してMDF(魔法防御)のバフも忘れるなよ」

「あいよ。一応オレのほうがこのゲーム先輩なんだけどな」

「うるせえ、俺に他ゲームに勝てたら言え」

「それはもう何も言い返せんわ。お任せをリーダー」

「アルファは背後に回った時に馬型魔物特有の蹴りに気をつけろよ」

「え~、拙者やる気がないからアタックサボっていいでござるか~?」

「お前の本名は……」

「よーしやる気が出てきたでござる!というかネトゲで本名で脅すのはどうかと思うでござるっ!!」 


 よしこれで全員戦闘準備OKだな。しかし相手も律義に待ってくれてるあたり、こちらか攻撃を始めない限りは戦闘は始まらない様子だ。


「五秒後、戦闘開始」

 

 俺がそう告げるとレドブルもアルファの顔つきが変わり沈黙の時間が流れる。体感で五秒たち、目の前に立つレドブルが動き出す。


「行くぞっ!」


 レドブルの掛け声とともに戦闘が始まった。

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ロストワールド・オンライン 少納言 @114514orz

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