魔怒麗濡

「よく来なさったお客人。わしゃこの地を治めるエノーム・マドレーヌと申す。この度は愚息がご迷惑をかけたこと深く……深くお詫び申し上げます」

「……」


 馬鹿みたいに広い中庭を抜けて案内されたのは簡素だが洗練された屋敷。玄関から入ってしばらく歩くと、案内された奥の襖を抜けた先に巨人がいた。

 深々と頭を下げる目の前のご老人は座っているのにもかかわらず俺よりも背丈がある。

 任侠映画にも出てきそうな息子にも劣らない強面の風貌には右目に大きな古傷があり、胸元まで伸びた白い髭、着物は着崩しており肩には桜の枝のようなものが描かれていた。また胸元の下、腹部にあたる部分には晒がまかれていることが分かった。一言で表すならヤクザだとパッと頭に思い浮かんだ。


「あの……私たちは特に気にしておりませんのでどうか頭を上げてください」

「かたじけない」


 キサラギが申し訳なさそうにそう告げると一言、礼を言い頭を上げた。


「親父、こいつらならやってくれるとオレはそう思っている」


 先ほど目の前の巨人に拳骨をされたドレイクの頭には大きなたん瘤ができており、ハゲゆえにわかりやすく腫れているのが分かる。そんな状態で真剣な表情をされても気が抜けるだろと俺は笑いを抑える。 

 

「お前は黙っておれ。この国から勝手に出ていき、あまつさえお客人に迷惑をかけるなど笑止千万。お前の処罰を後で言い渡す。許可なく口を開くな」

「……はい」


 おお、あのドレイクが潔く引き下がったぞ。親父と言っているし親子関係だということは分かったがなんでNPC全員神妙な面持ちなのだろうか。俺が何かやらかしたのか?


「男性のお客人、名をなんと申すか」


 思い当たるものがないなと思考していると声をかけられた。


「えっと……トウジっていいます。役職はヒーラーですはい……」


 声をかけられてことにも驚いたが、何より怖い。年季が入った独特のオーラに臆してしまい聞いていないことまで話してしまった。


「トウジ殿と申すか。そして回復役職でよく、あの亡霊から生き延びたものだ」

「亡霊……?」


 どこか楽し気な雰囲気なお爺さんことマドレーヌは子供が泣いて逃げ出しそうな笑いで膝を叩く。

 話が見えない。率直にそう思った。隣のキサラギも何が何だかわからず戸惑っている様子で、もちろんそんな俺らなどお構いなしにマドレーヌは話を続ける。


「あいつは主人をなくしてから自身を倒す者を探し求める屍よ……わしが相手をしてやりたいがもう腰が痛くてかなわん。と思ったらあのクソ馬に好敵手が現れたと来たもんだ。これは全力で応援するしかないと思ってな」

 

 頭の整理が追い付かない。ドレイクにも特に何も説明も受けずにここに来たため、さっぱり何のことだか見当が……つかないわけではなかった。

 ドレイクに会ってここまでの道のりで言われた『好敵手』という言葉にマドレーヌの『馬』という単語で記憶の奥底に眠っていたものが今呼び起された。


「スレイプニヒルのことか」


 確認のためすぐさま念じると胸辺りにメニュー画面が開き、画面端にあるアチーブメントリストと書かれた場所をタップ。すると項目の一番上に堂々と描かれた《好敵手》というアチーブメントの説明欄に小さく書かれた〈一部NPCの会話が変化する〉という部分を注視した。

 これはそういうことだったのか。

 一か月前では特に気にはしていなかったがまさかこれがEXクエストにつながる鍵になっていたのだと俺は今気づいた。


「スレイプニヒル。今はそう名乗っているのかあの馬公……」


 居間の吹き抜けから見える庭を眺めながら、マドレーヌは遠くを眺めていた。

 含みのある言い方に先ほどの発言と言い、言葉の節々にマドレーヌとスレイプニヒルに何かしらの関係があるのだと鈍感な俺でも察することはできた。またどこかしら哀愁を漂うマドレーヌの姿に思わず声をかけた人物がいた。


「大事な方だったんですか?」


 キサラギがそう聞くと視線がキサラギに向けられ、はにかんで肩で笑った。


「ずっと昔の話だ。まだ神話の時代。神々と巨人族の争いが絶えなかった時代からの得意様みたいなもんさ」

「神話の時代……」


 神話の時代というのは前作のことだろう。

 ヴァルハラオンライン。通称VHOは神々と巨人族の争いにエインヘリアルとして神々の味方として参戦するのがゲームの醍醐味だったがご存じ通り、容量が過多で動かないためプレイできたのがハイスペックVR機器を持った奴らしかいないというクソゲーのため本編のストーリーは幻になっているが最終章は《炎の巨人スルト》によって世界が消滅したとなっている。そしてそのストーリーの続編として出たのがこのLWOだ。

 この発言からでもこのマドレーヌはあのゲームの中にいた設定となっており、あのスレイプニヒルも登場していたことになる。そこからどういう経緯でああなったのかは不明だがもし忠実に北欧神話をメインにしているのなら北欧神話を代表する主神が使っていた馬こそが『スレイプニル』と呼ばれる幻獣だ。


「話がそれやした。昔話はここいらにして本題に入りやしょう」


 一拍、間を開けて苦汁を飲むような表情でこちらを見据えた。


「トウジ殿、その腕を見込んでスレイプニヒルに引導を渡してくれやせんか?」

「……おやじ」

「死してもなお主人を探す骸と化したあいつをどうか……」


 両手を地面につけ頭を深々と下げるマドレーヌは言葉をつづける。


「どうか止めて下せえ」


 統領直々の真剣な願い。そんな空気を壊すような電子音が鳴り、視界の前に現れたのは《スレイプニヒルの討伐依頼》と書かれたものだった。


「と、トウジさん?」


 キサラギの慌てた声が背後から聞こえるがそれを無視し、マドレーヌの側まで近寄る。

 所詮ゲームだ。ポリゴンで構築されたNPCたちは所詮まやかしだ。AIが魅せる最先端技術の結晶だ。リアルな表情に仕草もすべて偽物だったとしても俺の心は気づけば一人のNPCに向かって歩き出していた。

 

「任せろ。俺らがアンタの願い必ず果たすぜ。あの馬野郎とも約束したしな再戦するってな」


 マドレーヌの馬鹿でかい肩に手を置き、クエストを受注した。


「ありがとうごぜえやす……」


 もちろん報酬のため。それがゲーマーの本懐だ。

 魅力的な報酬に興奮するゲーム要素こそ俺らが求めるものだ。しかし今回はそれとは別に俺がこの御仁の役に立ちたいと理屈ではなく役に立ちたいという感情で動いた瞬間だった。


「お礼とは言っちゃなんですがここにいる愚息に装備を作らせましょう」


 マドレーヌはゆっくりと態勢を戻し、提案してきた内容に思わず目を丸くした。


「うぇ!?」

「全盛期のワシより劣りやすが、それでも光るものがこいつにはありやす。材料を調達すれば必ずお役にたてるものをお造りいたしましょう」

「まじか……」


 元々装備品を作る目的でドレイクを訪ねたがココに来て装備クエストのフラグが立つとは思いもしなった。これは波が来ているといっても過言ではない。もちろんYESだぜ!!


「では……おいボンクラぁッ!!貴様、腕が鈍っているわけじゃあるめえ!その腕でこの人たちに最高品質の装備を作ってやんな」


 叱責がドレイクに飛ぶと待ってましたとばかりにドレイクの表情がみるみる活気にあふれてきた。


「あたりめえよ、俺を誰だと思ってやがる!こいトウジ!鍛冶場に案内するぜ」


 そう言ってドスドスと大股で歩いていくドレイク。


「どうやら旦那様に激励されて若旦那様も大変うれしいみたいですね。ささ、早く後をついていきましょうキサラギ殿もいきますよ」

「ええ……って私もいいのかな」


 ポチ太郎に催促されながらキサラギがこちらを見つめてくる。


「まあいいんじゃねえの。あ、それとも俺らだけの装備だし同じ装備は嫌だったか?」

「……いや、それは別に」


 もじもじと声が次第に小さくなっていきうつむいて黙り込んでしまった。そのまま速足でドレイクの後を追うようにその場を後にして立ち去っていく。

 な、何か余計な事を言ってしまったのだろうか。うーむよくわからん。何がいけなかったのだろう。


「まったくトウジ殿は武勇に優れても恋愛は全くダメですな~」

「え?」

「あ、いえお構いなく。ほらもうすぐ着きますよ」


 一瞬ディスられた気がしたが気のせいだろうか?真偽を確かめるために後でポチ太郎はくすぐりの刑で吐かせるとして目的の場所に到着した。

 工房といっても屋敷の中にあるわけではなく庭の中にあり、平屋の一軒家よりも多きいため思わず開いた口が塞がらなかった。

 中に入るとすでにドレイクが仕事モードに入ってるようで額にはタオルがまかれており、机に来るようにと手招きされた。



「よく来た!」

「いやよく来たじゃないよ。ポチが案内しなかったらおいてかれてたんだぞ」

「これたからいいじゃねえか。それより必要な材料をリストアップしてある。揃ったら俺のとこにきてくれ」


 ピコンと電子音が鳴り、クエスト進化する装備品を受注するかの画面が出てきた。もちろん迷いなくYESボタンを押す。

 


「えーっと……見たことない素材ばっかりだな」

「あーこれは」


 キサラギも難しいそうな顔をしている気がする。バイザーで目が隠れているため表情は分からないが恐らくそうだ。そうに違いない。


「まあ、ちいとばかり癖のある材料ばかりだが俺ならすべて加工し、最強の装備に昇華することができる」

「ほへー」


 自信満々に腕っぷしを披露するドレイク。適当に相槌を打ちながら出来上がった際の装備のアイテムレベルを確認した。


「ん?」


 見ている画面ではアイテムレベルが450と書かれており、思わず目をこする。


「んん?」


 何度見ても画面の数字は変わらない。思わずその場で思考が停止。隣にいるキサラギも唖然としているようで、かわいい小さなお口が空きっぱなしだ。いやいやいや、現最強装備でも405なのにそれをはるかに上回る450ってこれ持ち歩くのが怖くなってくるレベルだなおい。


「ど、ドレイクさん?アイテムレベルが高い気がするんだけど……」

「あん?アイテムレベルが何だか知らねえが現在のリーヴスラシル、ニザヴェッリルでとれる最高品質の材料だからな!そして俺が加工する。最強に違いないぜ、ぬははははっ!」

「あーわかった。とりあえず材料を集めることを優先的に今後は動くか」


 NPCにアイテムレベルの概念を聞いたのが馬鹿だった。とりあえず必要素材の獲得方法を検索でもするか。


「え~っとなになに……」


 動かす指が止まる。獲得方法が出てくるのもあるが出てこないものが大半で不明と書かれている。この表記が出る場合はそれに準ずる職業レベルが足りていないことが原因だ。半分以上のアイテムが不明と書かれており嫌な予感が背中を走る。


「まさか……」

「えっと……トウジさん。その園芸師と採掘師のレベルは……」


 キサラギの心配したような声。おそらくすべてを察したのだろう、硬直していた俺を見かねて声をかけてきた。 


「……レベル1」

「その……どうやらここに書いてあるアイテムすべて園芸師、採掘師のレベルが70でないと取れないものみたい……」

「ちなみにキサラギは……」

「どっちも70…だね」


 つまりあれか。俺は装備を作るためのクエストを受注はできるけど材料を集めることができない……ということか。


「えっと…どうしたんだ?トウジ」

「……しょ」

「へ?」

「ちくしょおおおおおおおおお!!」


 俺の目標が装備作りから再びレベル上げへと変わった瞬間だった。

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