若旦那

 ニザヴェッリルを一言で表すなら『雅』である。

 外観の特徴としては屋根瓦に格子戸、出格子、虫籠窓、土壁が見られる。また往来の人との交流やふれあいを前提として商い、生産する建物の性格上故か、その外壁は通りに面して隣の建物とは近接し、軒を連ね、軸組木造でできた家屋群はどこか趣を感じた。

ふと、俺の記憶の片隅にある京都への修学旅行が脳裏に思い浮かんだ。


「すごい……なんだか観光気分みたい。この後一体どうなるんだろ?」


 キサラギがきょろきょろとあたりを見渡しては浮足立っているようだ。それもそのはずだ。発売当初からプレイしているキサラギですら来たことのない未開の地であり、クエストなのだから無理はない。

 もちろん俺も興奮と期待でテンションギガマックスだ。


「まあ何とかなるだろ!それより豪華な報酬が気になって仕方ないぜ!」

「確かに私もEXクエスト自体ははじめてだからドキドキしてる」

「だよな!それに俺たちが最初で最後のクエストだと思うとさらにドキドキするな」

「うん!そうだね!」


 キサラギと雑談をしながらドレイクの背中を追うこと15分ほどだろうか。ドレイクの進む足が止まり、俺たちもつられて止まると立派な門前についた。

 横に広がるように伸びた漆喰の壁、左右ともに長く伸びており、高さは俺が見上げるほどで中の様子など全く見えない。

 巨大な武家屋敷という言葉が似あうような豪邸だった。

 


「ん?どうしたんだ?」

「いや……なんでもない」


 肩を落として溜息を吐くドレイク。中に入りたくないのかしばらく門の前で渋っていた。


「なんだ家出して気まずくて入れないのか」

「……」

「え、まじかよ。適当に言っただけなんだが」



 どうやら図星だったらしい。そんななりで罪悪感を持っているなんて思いもしなかった。

 どちらかと言うとかえって来て早々、『酒を出せぐははは!』なんて言いそうな風貌のくせにセンチメンタルだな。と思わず言いそうになった。


「ここを出ていったのは2年前だ。今更帰ってきたところでなんて顔すれば……」


 悩めるその背中はどこか懐かしさを感じた。

 俺も親と喧嘩して何度か家出したがそのたびに頭が冷えて帰ってくるときは気まずさでドアの前でグダグダして一時間がたっていた時と姿が重なった気がした。

 気づけばドレイクの肩に手を置いて励ました。


「大丈夫だ!俺らもフォローしてやるから素直に謝ろうぜ。そうすりゃ許してくれるよ」

「……そう、だな。ありがとよニイチャン」

「いいってことよ!」


 ニッコリサムズアップ。『報酬が待ってるんだ早くいけ』という言葉を心にしまい、態度で好印象を与え好感度を上げる。これこそVRギャルゲーで学んだ好感度ゲージを上げる基本だ。どんなに憎たらしいヒロインでも全クリのためなら己を殺す。まさかここで役に立つとは思ってもなかった。危うく『ささっといけ!』と言って、手が出そうだったがギャルゲーのおかげで耐えることができた。ギャルゲーをやっていなかったら耐えられなかった。

 覚悟が決まったのか先ほどまで項垂れていたドレイクの顔が上がり、門前を叩こうとしたその時だった。


「ああああああ!」


 後方から驚愕に似た叫び声に全員が降りむき、一匹の犬型の小人がいた。

 柴犬のような顔立ちに二足歩行、身長は小学一年生ぐらいの大きさで和服で身を包み、腰には刀が携えられていた。

 

「な、なんだ?」

「えっと……ワンちゃん?」


 こちら指さして持っていた荷物を落とす小人の視線はドレイクに向けられていた。ドレイクもその姿に見覚えがあるのか表情が先ほどとはうって変わって晴れやかな表情で小人の名を呼んだ。



「おお!ポチ太郎!」

「若旦那様あああああ!」


 ポチ太郎と呼ばれる小人はすぐさまドレイクの側に駆け寄り、ドレイクの胸に飛び込んだ。


「どこ行ってたんですかあああ、ポチは寂しくて寂しくて……」

「す、すまない。なかなか帰る目途がたたなくてよ……」


 感動の再開というやつなのだろう。ポチ太郎と呼ばれる小人はおそらくドレイクの部下にあたるのだと先ほどの発言で何となく察しがついた。飛び込んできたポチ太郎の涙と鼻水でドレイクの上半身がてらてらと照っており、その量に思わず一歩後ずさりした。おお、きたなきたない。というか……


「若旦那様って……」


 キサラギが確認するようにドレイクに話しかけると、



「おお、すまない。まだ自己紹介がまだだったな」


 俺たちの正面に向き合うように体を向け、腕にポチ太郎を抱いたまま自己紹介を始めた。


「ニザヴェッリルを治めるエノーム家統領の息子、エノーム・ドレイクだ」


 いぬっ頃の歓迎で自信を取り戻したのかドレイクの表情は明るく、自信に満ち溢れていた。

 いやーなんて素晴らしい主従愛なのだろう。思わずその場の雰囲気で流されそうになるが不満をハゲ野郎にぶつけた。


「いや何ドヤってるんだよ。おい、そこのわんわんお。こいつ昼間かっら酒を飲んで金を払わないような奴だぞ」

「おま。フォローしてくれるって言ったじゃねえか!?」

「うるせえ!若旦那だが禿げ旦那だが知らねえがが二年も自国をほったらかして昼間から酒飲んでんじゃねえよ!後で金返せよ俺のなけなしの15万ギルっ!!」

「そ、それは悪かった。なかなか待ち人がこなかったからよ……荒れていたんだよ」

「よーし、ならそのわんこを撫でさせてくれたら許そう」


 ずんずんと大股でドレイクに近づこうととすると一つの影が割って入った。


「その……話の腰を折るようでなんですが……中で話しません?周囲の視線もありますし……」


 キサラギが仲介するように俺とドレイクの間に入った。

 その言葉に周囲を見渡すと、住人たちが集まりつつあった。


「そうだな場所を変えるか。ポチ」

「は、はい!」


 ドレイクの腕の中でくつろいでいたのかポチ太郎は素っ頓狂な返事をした。ドレイクの腕からするすると降りると服装を正して俺らを見上げる。


「では今からご案内します、なかは大変広いので迷子にならないよう私の後についてきてください」


 そういってくるりと背を向けて扉に手をかけると、何も力を加えているにもかかわらずゆっくりと重厚な音をたてて門が開いた。


「では行きましょう」


 ポチ太郎の後ろについていくように俺たちは敷地内に足を踏み入れた。

 

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