訃報

 ちょっと話を逸らして僕の友達の話をしよう。

 彼は僕の高校時代の同級生で、修学旅行の班が同じだった。彼を含めたみんなで撮ったプリクラもある。サッカー部で溌剌とした感じの、いかにも好青年といった雰囲気の子だった。いつもニコニコしていたので、彼のことを思い出すと自然と笑顔だけ思い出す。

 僕は高校時代から「小説家になりたい」と言っていた。サッカー部の彼は、そんな僕の野望を笑わずに「そういうの大事だと思う」とか「個人的にめっちゃ応援してる」とか言ってくれるいい奴だった。

 さて、高校も卒業してしばらく経った大学四年のある日。

 僕は大して好きでもない野球観戦に行っていた。七回裏。そこでスマホが震えた。やはり高校時代から仲良くしている女の子からの連絡で、こんな内容だった。

「茨城の方で◯◯(サッカー部の彼と同じ名前)って人が溺死したらしいけど人違いだよね?」

 何を言ってるんだと思った。そんな偶然あってたまるか。人違いで嫌な連絡をよこすなよ。薄情にもそう思った。しかし妙な悪寒があることも事実だった。念のため、僕は母に連絡した。母は顔が広くて情報通で、僕と同じクラスの親御さんとは深いつながりがあったからだ。

 果たして十五分後に連絡が来た。「彼みたい」。信じられなかった。

 さて、そこからは大童だった。僕はクラスをまとめるポジションだったため、まずみんなに訃報を知らせ、来れる人だけで通夜葬式に参加しようと呼びかけた。結局進学先が北海道だとか物理的にすぐ来れない人を除いてほぼ全員集まったと思う。

 葬式は辛かった。親御さんは見るも無惨だった。遺体は長いこと海水に浸っていたせいで原形がなかったらしく、祭壇の上には金属製の壺だけが置かれていた。ご家族は、まるでそこだけ世界が違うかのように悲しんでいた。僕たちだって悲しかったし、みんな悲しんでいたけれど、やはり家族、辛さの次元が違うようだった。

 さて、僕は当時本名から取って「小川将吾」という名前で活動していた。ミステリーのトリックを考えてくれる相方と組んで、コンビで活動していた。だがこの頃から漠然と相方との歩幅が合わなくなり、僕はぼやぼや一人で活動することも視野に入れ始めていた。

 ペンネームがいる。そう思った。

 結局そのペンネームを使い始めるのは社会人一年目なのだけれど、決めていることがあった。

 僕の夢を応援してくれた彼。

 人生を途中で放棄せざるを得なかった彼。

 死を惜しまれた彼。そして悲しんでいたご家族。

 彼の名前から一字とろうと思った。彼を僕の夢に乗せて運んでいこうと思った。折しも妻ちゃんが僕の口癖、「いいだろう」に着目して(『よし、いいだろう』と偉そうな態度だったらしい)、「いいだたろう」という名前を考えてくれていたので、これに漢字を当てることにした。

 サッカー部の彼も、奇遇にも◯太朗という名前だった。「たろう」がつく。いいだろう、と僕は思った。

 こうして、飯田太朗が生まれた。

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