静かなる屋敷の幽霊

りりぃこ

第1話 幽霊

 吾輩は幽霊である。名前はとうに忘れた。


 そんな風に格好つけて言ってはみたものの、結局私はずっと成仏しきれない、しがないただの幽霊だ。


 私は一応、生きていた頃は、そこそこ有名な俳優として名を馳せていた。有名な映画に数多く出て、お嬢さんたちからキャーキャー言われるような男だったわけだ。

 人気絶頂の時に、一人で住んでいた豪邸の自宅の階段で、足を踏み外して死んでしまうというあっけない最後を遂げてしまい、こうして幽霊として、自宅に住み着いてしまっているわけである。


 困ったことに、私は先にも言った通り人気者だった。だから、私が死んだ直後は、後を追って自殺しようとするお嬢さん達が後を経たなかった。

 それも、私と同じところで死にたいと、私の自宅に不法侵入して自殺しようとする子が多い事多い事。

 正直、それは少し嫌だった。

 なぜなら、私の自宅で死なれたら、もしかしたら私はそのファンのお嬢さんと一緒にこの自宅で幽霊として暮らすことになるかもしれないのだ。

 生きている時は、テレビの中や舞台の上ではカッコいい男を演じていた私だが、死んで幽霊となってからは、寝ながらオナラをしたり、鼻くそをほじったりダラダラとだらし無い姿で楽に暮らしている。

 そんなもの、折角後を追ってくれたお嬢さんたちをがっかりさせるはめになってしまう。


 そんなわけで、あの頃、私は後追い自殺をしようよするお嬢さんたちを全力で引き止めていた。


 薬を飲もうとする子なら薬を隠し、首を括ろうとする子なら首にかけた縄を千切り、同じように階段から落ちようとする子ならこの存在感の無い身体をクッションにしてみせた。


 皆諦めて帰ってくれた。


 だいたい、不法侵入なのにみんな堂々とし過ぎである。ドンガラガッシャンと大きな物音を立てて入ってくるし、私の出演した映画の音楽を鼻歌で歌って見せたりするし、私の名を大声で叫んだりするのだ。


 毎回毎回うるさい、と言っていた気がする。

 まあ私は幽霊なので聞こえたかどうかは怪しいが。


 それでも数年もすれば私のことは世間に忘れられ、自殺のために不法侵入してくるお嬢さんもいなくなった。それはそれで寂しく感じてしまったのは正直なところである。


 さて、昔話もここまでだ。


 明日、この私の自宅は取り壊されることになっている。

 親戚が私の遺産を受け取る代わりにずっと管理してくれていたのだが、流石に老朽化が激しくなり近所迷惑になりそうだということで決まったようだ。


 これが私の自宅で過ごす最後の夜だ。

 明日からどうしようか。自宅がなくなれば、野良幽霊になるのだろうか。

 そう考えていたときだった。


 ドンガラガッシャン、と大きな音がした。

 振り向くと、若いお嬢さんが自宅の窓を壊して入ってきたのだ。

 泥棒だろうか。しかし、不法侵入など何十年ぶりだろう。私は少し懐かしい気分になってしまった。


 お嬢さんは、大きなカバンを床に下ろすと、中から次々と何かを出していく。太鼓、大きな缶、ラッパのようなもの……。

 そして、思いっきりそれらを使って大きな音を奏でだしたのだ。

(何をしているのだ。不法侵入のくせに。見つかるぞ)

 私は動揺してそのお嬢さんに近づいた。勿論私は幽霊なのでいくら近づいてもお嬢さんは気づかない。

 しばらくして、音を出すのを止めると、今度はカバンから何やら取り出した。

 あれは……ミキサーだろうか?お手伝いさんが昔あれで梅ジュースを作ってくれたな……。

 私がふと昔の思い出に浸りそうになった途端、そのミキサーがけたたましく動き出した。どうやら電源まで用意して動かしたらしい。

 それにしても……うるさいな。私の頃より時代も過ぎただろうに、ミキサーは未だにうるさいものなのだな。一体何を入れればそんなにうるさいんだ?


 ずーっとミキサーがウィンウィンゴゴゴゴゴゴゴゴなっているのを、お嬢さんは黙って見ている。


 私は耐えきれず、叫んだ。

「うるさいな!止めてくれ!私の最後の夜なのだぞ!!」


 幽霊である私の声は聞こえないはずだった。

 しかし、お嬢さんは私の方をじっと見つめると、ミキサーを止めた。

「そこに、いるのですね。やっぱりうるさくしたら出てきてくれるんですね」


 そこにいる?うるさくしたら出てくる?

 私は思わずお嬢さんを見つめた。お嬢さんは、私が見えているわけではないようだが、明らかに存在を察しているようだ。


「その節は、お祖母様を助けていただいてありがとうございました」


 お祖母様?助ける?私はよくわからないまま首を傾げた。


「お祖母様は、昔、大ファンの俳優さんが死んだのに絶望して後追い自殺をしようとしてたんですが」

 お嬢さんの言葉に、私はああ、と頷いた。

 あの頃の後追い自志願者の一人か。しかし、この子のお祖母様のような年の人なんていただろうか。

「死のうとしてここに忍び込んで、いつも失敗していたらしいです。きっとその俳優さんが死んではいけないと諭してくれたんだ、って言っていました。何度も何度も言ってました」

 まあ、諭すというかなんというか、一人でだらし無い生活を満喫したかっただけなのだが。

「ありがとうございます。祖母はちゃんと生きて、今日天命を全うしました。一度お礼を言いたくて。明日ここ取り壊されちゃうなら今日が最後だと思って」

 お嬢さんはそう言って笑う。


 そうか、あの頃のお嬢さんたちはもう天寿を全うする年になったのか。

 こんな孫がいる人もいるのか。

 なんだか私は謎の感動を覚えた。


 その時、外のほうが何やら騒がしくなった。


「ヤバい、見つかった!」

 どうやら警備員が走ってくるようだ。そりゃあんなに大きな音を立てれば気づかれるだろう。

 お嬢さんは、またドンガラガッシャンと音を立てながらバックを持って逃げ出していった。


 最後の夜、随分とうるさくなってしまったがなかなか良い夜だった。

 まさか、うるさくすると私が出てくるという噂だったとは。道理であの頃のお嬢さん達はみんなうるさかったわけだ。私は思わず笑ってしまった。


 それにしても気づいたら結構月日が経っていたものだ。


 これを期に成仏して天寿を全うしたであろうお嬢さんたちに会いに行くのもいいかもしれないな。鼻くそをほじる私では、ショックを受けてしまうかもしれないけれど。


 外は少しずつ夜が明けていく。

















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