第22話『IT君との交流2』

 IT君との交流で印象深いのは、IT君がSNSで知り合った第三者の相談を私に持ち掛けてきた事だ。当時の私は、IT君の話に乗ってお悩み相談室的な事をやっていたのだ。

 IT君が知り合った人の相談を最初はまた聞きしていたのだが、次第に私もその場に立ち会うようになり、お悩み相談についてアドバイスや助言、時に口論をするなどしていた。

 それが現在に役立っているかというと曖昧だが、単に私の興味がそこに向いたのだ。故に、私はIT君と共に様々な相談事に対処してきた。

 中でも印象に残っている事はいくつかあるが、その中でも印象的なのはやはり私のような存在が居た事だ。

 その人、Aさんは性同一性障害と診断された人だった。体は男で、心は女性というまさに私のような人だった。

 Aさんは、私とIT君にこんな相談を持ち掛けてきた。

『両親に性同一性障害という事を打ち明けて、本当の女性になりたいのですがどうしたら良いでしょうか?』

 端的に言えばこういった事なのだが、その問題はちょっと根深い。

 Aさんの家庭は父親がいわゆる昭和の男性、寡黙な頑固おやじ的な所があったらしい。そのためとうてい許してもらえるとは思えないとAさんは思っている。

 母親は前に性同一性障害の人の話をしたら、少しだけ理解を得られたようだが、「あなたは違うのよね?」と確認されたらしい。

 Aさんは打ち明けたうえで、性転換手術を受けたいと考えて、貯金の用意はあるようだった。つまり、あとは打ち明けるだけなのだが、その事に躊躇のような不安のような恐怖のような物を抱えていた。

 IT君の意見としては、難しいけれど打ち明けられない気持ちも分かる。こっそりやるのはどうかという話だった。それが難しい場合は、様子を伺ってみてからにしてはどうかというものだった。

 私としては、Aさんの気持ちは十分に分かるつもりだった。性転換をして、女性になる。それが憧れであり夢であり、希望なのだと。

 しかし、突如育てていた息子が娘に変わったら両親がびっくりする。受け入れられるものも受け入れられなくなる。だからこそ、話してからにするのが良いと考えも真っ当だ。

 とはいえ、打ち明ける勇気は生半端なものではない。ましてや、両親に言うのは他人に言うのとは違う。それは、両親にさよならを告げて目の前で死ぬのと等しく難しい事と言える。

 だからこそ、私はこういう提案をした。

 まず母親には正直に伝えて、それから父親にも同席してもらって言う。なぜなら、母親は既に探りを入れてあり、多少の理解は得られそうだから。その母親に父親の説得と理解を得られる協力を得る――という提案をした。

 Aさんは上手くいくかいかないかでごねていたのだが、私はそもそもとして根本が違うと思った。

 Aさんの目的は女性として生きる事であって、母親と父親の説得が目的ではない。それは目標であって目的は違うのではないかと伝えた。

 するとAさんは納得した様子で、私達に決意を示して次回会う予定を立てた。

 IT君はあれで良かったのか、それとももっと違うアプローチがあるのではないかとその後も悩んでいた。そのあたりから、IT君が人の心に寄り添いたいというのはよく分かる。それは自身が傷ついた過去を持ち、傷付いたり悩んだりしている人の助けになりたいという表れだったのかもしれない。

 私としては、あとはAさんに懸かっているとしか言いようがなかった。

 私はどちらかというとドライだ。落ち着いているとか、冷静とか言われる通り、クールではある。それが行き過ぎれば残酷なほどに冷酷にもなる。標準がクールなためか、私は基本的にあまり感情移入しない。特に、現実の他人に対しては冷たい印象を与えるらしい。

 それもそうだ。私は感情を一度手放している。失感情という状態になりかけるぐらい感情や心というものを憎んだ時期があるのだ。

 けれど、私は感情を捨てきれなかった。喜びも怒りも憎しみも悲しみも捨てた。しかし、どうしても残ってしまった感情。それが楽しみという名の夢だった。

 いつかお母さんになりたい。いつか本当の女性になりたい。いつか、キャリアウーマンと母親を兼任するような存在になりたい。

 その夢だけは捨てきれず、結果、私は感情を取り戻す事になる。

 それは私がまだ引き籠っていた十代の頃の話だ。辛くて苦しくて逃げようとした先が、感情を手放す事だったのに、その感情に弄ばれるかのように嘲笑われ――感情を取り戻した。

 そのためか、私は余程の事がない限り感情を剥き出しにはしないタイプだ。多少の起伏はあれども、その背後で冷静な自分が居る。それが時たま嫌になる程に――。

 そういうわけもあって、私はAさんの事にも深入りはしなかった。それでもAさんの結果を内心気にしていたが。

 その次、Aさんに会うと、Aさんは開口一番私達にお礼を言った。

 ありがとうございます、と。

 私は(ああ、上手く行ったんだなぁ)と思った。IT君はどうだったんですかと尋ねた。Aさんはこう説明してくれた。

 おかげさまで母と父の理解は得られそうです。父はまだ全部ではないですけど、納得はしてくれた様子です。母は理解と納得してくれて、僕の味方になってくれると言ってくれました。お二人に相談して良かったです。

 その言葉にIT君は少し泣きながらおめでとうございますと言った。私は良かったねと単にそれだけで終わらせた。

 Aさんはその後性転換手術を受けると言っていた。そしてやりたい事、ファッションデザイナーになると言っていた。私達は頑張ってくださいと言われ、彼女と別れた。

 それが私の印象に残っている相談だった。

 私は、少しだけ人を好きになる。こういう付き合いもあるのだなと。

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