第16話『全滅』

 私は就職に乗り出したのだが、それとはかなり悪戦苦闘した。

 まず、ハローワークに行った。それは母の勧めで、一先ず何をしたら良いか聞いてみたらとの事だった。

 私は最寄りのハローワークに行き、入口の前で佇んだのを思い出す。ここから私は社会に出て、いっぱい働くんだ――くらいの希望と夢とワクワク感を持っていたのだ。

 そうして必要な手続きを済ませて、若年層の相談窓口に案内された。まず、どの職業に興味があるかのテスト的な事が行われた。職業の書かれたカードを使って興味のある職業を選んでいくテストだ。

 私はエンジニアとか事務職とか技術職とか片っ端から興味のあるものを選んだ。その際、担当者にはこう言われたのを覚えている。

「色々選んでいただきましたが、一貫性がないですね」

 私はちょっと傷ついたが、そんな事もあるんだなぁと暢気に構えていた。次回は履歴書を書いてくるように言われて、私は帰ってすぐに履歴書を書き上げた。

 というより、書く事が少なく履歴書という履歴書ではなかった。

 それを次の時に持って行った時、担当者は「ふ~ん」的なあまり興味がなさそうな感じだった。それから前回選んだ職業を元に、仕事を紹介してもらいエントリーした。

 当時の私は、携帯電話を持っていなかったため、家の固定電話で連絡を取っていた。一日経った頃にエントリーした企業から電話が来て、私は面接に呼ばれた。

 八王子のさらに先で、技術系の企業だった。そこに面接に行った私は、母からスーツでなくても良いと言われて、私服で行ったのだ。

 そして数人の参加者と共に説明会を受けたのだが、全員スーツで、私だけ私服という何とも言いようのない不安と恥ずかしさがあった。

 それでも面接でと思ったのだが、人事の人に開口一番にこう言われた。

「なぜスーツではないのですが」

 私は正直に、スーツを持っていないのでと言った。すると、ふっと笑われたのを覚えている。それを見て、私はスーツがないと相手にすらされないんだと感じた。

 その後、志望動機などは聞かれたが、十分足らずで面接室を退却させられた。私はトボトボと家に帰り母にその事を伝えると、母は渋々といった様子でスーツを買ってくれた。

 そのスーツで今度はハローワークに行ったのだが、ハローワークの人に三回目でこう言われたのだ。

「そろそろ自分で探しましょうか」

 その頃のハローワークは今ほど手厚くなく、ほとんど仕事を紹介するだけの所だった。それを知らずに行っていた私は、その言葉に見放された感があった。

 そこからは孤独なゴールの見えないレースと、手探りの暗闇の洞窟といった感じだった。履歴書を書いて送れば一ヶ月後にお祈りの返事が来たり、面接に行っても今度はなぜスーツなのですかと聞かれたり。

 特に私が傷ついたのは、面接で毎回聞かれたこの言葉だ。

「なぜ、学校に行かなかったのですか?」

 私は正直にいじめがありと伝えのだが、その頃に繊細な言葉は一つもなかった。

「いじめがあっても学校に行こうと思わなかったのですか?」

「いじめを理由に行かなかったという事は、ストレス耐性はないという事ですか?」

「いじめられた原因が自分にあると思わなかったのですか?」

「いじめられた原因は何ですか?」

 ほとんどこの質問が毎回出るため、私もああ言ってこう言ってと練習した。もちろん、練習は一人だった。

 ハローワークで面接の練習をしたいと申し出たが、担当者が不在だったり忙しいとの事で断られたりした。結果、黙々と一人で練習していた。

 それでも何がいけないのか私はずっと面接に落ちていた。その間、様々な質問に遭遇した。

「学校生活で楽しかった事は何でしたか?」

「家で勉強していたという事は引き籠りだったのですか?」

「引き籠って遊んでいたという事ですが、一人でですか?」

「友達はいなかったんですか?」

「ご家族はそれで良いと思っていたのですか?」

 もしも、今私が多少の事では傷付かない理由は何かと聞かれたら、この時散々言われたからだろう。それを心無い人というのであれば、あの時言葉を浴びせた人は全員社会人失格を意味する――というのは少し大げさだろうか。

 それでも今だったら完全に企業として、人としてアウトな事を言われた。中でも、これは酷かった。

「どんないじめだったのか詳細を教えてください?」

 何を量りたいのか、単なる好奇心なのか分からなかったが、面接で言う事ではないような気がする。凄くプライベートな事を聞かれた事もままある。

 それが三か月程、ほぼ毎日続いた。一日一件は行って週五日。五十社以上の面接を受けて落ちたのは笑い話だ。

 それでもここまでの経緯で自己嫌悪しやすいタイプな事もご存知の通り、メンタルはボロボロになっていた。

 私は人間じゃないのかもしれないとか、人として間違っているのかもしれないとか。

 そんなメンタルで行って受かるはずもなく、最初のキラキラした思いは既にどこかへ消し飛んでいた。

 そんな中で行ったデータ入力の仕事。国分寺の企業に面接しに行った時の事だ。

 履歴書を見た総務部長さんとの一対一の面接だった。

 部長さんは、履歴書をまじまじと見つめていた。大した事が書いてあるわけでもない履歴書なのに、変だなと思った。

「高卒認定取ったんだ」

「は、はいっ」

「娘が不登校で高卒認定を取ったんだよ。それでね……パソコンは使える?」

「はい、使えます」

「そっか――」

 かなり間が開いた後、部長さんはこう言った。私がずっと待ち望んでいた言葉を。

「いつから来れる?」

「――え、明日からでも大丈夫です」

「じゃあ明日、と言いたいところだけど手続きがあるから来週の頭からでも良い?」

「は、はいっ!」

 私は一瞬、何を言われているのか分からなかった。頭が真っ白になったのだ。

「じゃあ来週から宜しくね」

 その言葉に私は今まで一番大きな声と明るい声で返事をした。

 そう。これが私の一社目の仕事になったのだ。

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