第9話『いじめ』

 小学校三年生の時、NYという転校生がやってきた。

 NYはぽっちゃりした男子で、最初はクラスメイトとは口も利かなかった。しかし、次第に特定の男子達とつるむようになったのだが、その辺りから穏やかだったクラスの雰囲気は一変した。

 まず、NYを中心とした男子達が女子にちょっかいや嫌がらせを始めたのだ。それを最初は皆が問題視しようとして担任の先生などに言っていたのだが、先生が行儀的な仲直りや扱いをして、次第に先生の所へ行く子がいなくなった。

 結果として、クラスは毎日NY達による何かしらのトラブルに見舞われていた。最初は悪口やちょっと強く押されたなどだったのだが、次第にそれはエスカレートした。

 暴言や唾を吐かれる。教室でボールを当てられたり、上履きをなくされたりなどする子も居た。

 それが日常的になったのは夏があけた秋頃だった。

 先生も「また?」という感じで最早問題視にすらしていなかった。そして私はINちゃんの事を知る事になった。

 知った理由としては、私が図書室から教室に戻る途中の事だった。階段の踊り場でINちゃんはNY達によるいじめを受けて、殴られていた。

 止めに入ったのだが、私はその際持っていた本をNYに破かれて破損させてしまった。そしてNYはあろうことかこう言った。

「次、お前な」

 その言葉の意味を知るのはこの後の事で、INちゃんから標的が私に変わったのだ。

 最初は筆箱や上履きを失くされるなどのちょっとした事だった。しかし、それが段々とエスカレートしていき、暴言や殴られる蹴られる、金銭を要求されるなどのいじめに変わった。

 クラスメイトの子達や友達と遊んでいる時でも、それが行われるようになり、髪を引っ張られて毛が抜けた事もある。上履きに画鋲が入っていた事もあったし、休み時間から戻ると鉛筆が全部折られていた事もある。

 暴言も、最初は悪口やすぐに分かる噂を広められる程度だったのだが、私の容姿の事や性別の事、死ねよとか消えろとか言われるものへと変わった。

 正直、それに気が滅入ってしまったのがその年の冬の事だった。学校に行きたくないと思い始めたが、それでも学校には行かなければならないと思って行っていた。

 しかし、ある事が決定的に私を不登校の道へと余儀なくさせる。

 それは、冬の終わり頃だった。私はいつものようにNY達に呼び出されて、女子トイレに連れて行かれた。そこにはNY達とつるんでいる女子達も居た。

 そこで私は、服を脱がされた。二人に羽交い絞めにされて、服を脱がされ、女子も男子も居る中で真っ裸にさせられたのだ。

 さらに追い打ちは続いて、NYはその場で現像できるインスタントカメラを持ってきていた。私は裸の写真を何枚も撮られて、挙句の果てに一冊の本を差し出された。

 それはいわゆるエロ本で、私はこう言われた。

「そこに描いてある事、オナニーってのをやれ」

 まだ小学三年生。性の知識すらついてない子達は「何それ」「面白そう」と言っていた。

 私が何かも分からず断ると、NYは私を一発殴ってこう言った。

「あと十発殴られるのと、オナニーするのどっちがいい?」

 私は前者の事を考えただけで、それに負けた。

 私もその当時意味の分かっていなかった事を、一先ず本に描いてあった事を真似て――写真を撮られた。

 キモイ。吐き気がする。生きてる価値ない。馬鹿じゃん。

 そんな言葉が降ってくる中、私は泣きながらそのまねごとをした。それで気が済んだのか、NY達は出て行った。

 私はひとしきり、人生であれほど泣いた記憶がないほどに泣いた。

 私が何をしたのか。私の何がいけないのか。私の何が気に食わないのか。私は本当に生きている価値があるのか。もう学校に行きたくない。私はなぜこんな事をして泣いているのか。

 それが頭の中をグルグル回る中、服を着て教室に戻ると、先生の机やクラスメイトの机の上に、先ほどの写真が置いてあった。

 それにどれだけの怒りを覚え、どれだけの絶望を思い知ったか。

 きっと、その思いはこの先も誰とも分かち合えない気がする。

 私は写真を全部回収して、帰りにゴミ捨て場のゴミ箱に千切って捨てた。

 その日の夕焼けはやけに綺麗で、空は私の思いとは裏腹見事に澄んでいた。

 もう、いいや。

 そんなたった一言の思いに、私の内面にある世界の全てが崩れ去った。

 家に帰った時の事は覚えている。

 母が私の好きなみたらし団子を買って待っていてくれたのだ。

 母にはその後二十年も話さず、その日の私はいつも通り笑顔でこう言った。

「ただいま」と――。

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