第8話『保健室』

 私が保健室に訪れたのは、いつも放課後だった。放課後はなるべく空けておくように

 HN先生がしてくれたのだ。

 最初は何を話そうかと思って悩んでいたのだが、HN先生はいつも優しく接してくれた。

 今日はどんな事があったのか。最近の悩みは何か。趣味のゲームやカードは順調か。新しくレゴで何を作ったのか。

 そんな他愛もない会話をしながら、私とHN先生の距離は徐々に縮まっていく。すると、先生は本題と言わんばかりにこういった事を尋ねてきた。

 男の子の体が嫌だと思ったのはいつ頃か。女の子の体になりたいと思ったのはいつ頃か。お母さんになりたいと思ったのはいつ頃か。将来何になりたいか。今後はどんな風にその事と向き合っていこうと思うか。

 そういった少し難しい事もあれど、私のためを思ってか、HN先生は私に真剣で居てくれた。私も真剣に考えてそれらの問いや今後どうしていきたいかなどについて話しをした。

 男の子の体が嫌だと思ったのは、物心ついた時からという事。女の子の体になりたいと思ったのもその時期。お母さんに成りたいと思ったのは好きな男の子が出来た時期。将来何になりたいかは分からない。今後どんな風に向き合っていったら良いかも分からない事。

 そういった話を繰り返ししていた。どんな将来を抱いて居たのかも分からなくなってしまった事なども。

 それから一年後、HN先生は授業の前に真っ先に私へ話してくれた事がある。

 それは妊娠した事だった。その兼ね合いで暫く学校に来られなくなる事も話してくれた。子供を産むために学校やお仕事を一時休む事を、当時の私は既に知っていた。

 HN先生は必ず戻ってくるからと約束してくれたのだが、私がHN先生と保健室で会う事はそれ以来なかった。

 なぜなら、私が学校へ行かなくなったからだ。不登校になって一度だけHN先生が来てくれたが、当時の私はその手厚いサポートを自ら断ち切った。

 HN先生に「先生なんかもう二度と来なくていい」と酷い事を言って。

 それでもHN先生は、保健室で待っているからと言ってくれた。でも、私が保健室に行く事は二度となかった。

 それが私の心残りの一つだ。あの時HN先生が差し出してくれた手を取っていたら、私は今より少し違ったかもしれない。子供心にHN先生に八つ当たりしなければ、何かが変わっていたかもしれない。それをしなかったのは、私の問題だと思う。

 しかし、当時の私にとって世界も周囲の人も、自分自身でさえもうどうでも良かった。

 そう至った話をこれからしようと思う。

 私の暗闇についての話だ。

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