第5話『一年生の頃』

 小学一年生の入学式。あなたにはどんな思い出が残っていますか。

 ピカピカのランドセルを背負ってとか、コロナ禍でオンラインだったとか。

 そういった様々な事があると思いますが、私の場合、コロナ禍でオンラインでもなければ、ランドセルを背負って入学式を迎えた事もないです。

 そう、私は入学式の前日から風邪を引き、布団で寝ていました。病院に行って、ご飯を食べて薬を飲んで眠っていた。

 故に、入学式で何をするか知らないまま今に至るのです。お友達と喜んだり楽しんだりという記憶のないままなのです。

 治った後も、意気揚々と登校したわけではなく、むしろ不安でいっぱいでした。担任の先生が怒ってないかとか、お友達が出来ないままなのではないかとか、そういった不安が残るまま私は初登校を迎えました。

 近所の子達と合流した初日。特段会話もなく学校に到着して、学校の大きさや校庭の広さに圧倒されていました。保育園とは比べ物にならないくらい大きくて広かったのを覚えています。

 近所の子達に言われて私は教室ではなく、職員室に行くよう言われました。職員室で『一年三組のMH先生』を尋ねるよう言われたのです。

 職員室の扉が凄く頑丈な鉄扉のように思えました。実際は普通の扉だったのですが、当時の私には緊張でそのように思えたのです。

 扉を開けて私は「おはようございます」と遠慮がちに言いました。すると、眼鏡を掛けたふくよかな女性がこちらへやってきて挨拶してくれました。その人が担任のMH先生でした。

 MH先生に言われて、私は職員室で暫く待っていました。その後、教室に向かって自己紹介をしましたが、その時の記憶はあまり残っていません。恐らく緊張のしすぎで頭が真っ白になったのでしょう。私らしいと言えば私らしいなと思います。

 それからはクラスメイトと遊ぶなどして、心配していた事もなくなりました。友達は出来たし、先生にも怒られず、私はなんとかクラスに溶け込む事が出来たのです。

 隣の席の女の子とは仲良くなり、本の文通や感想を話す仲にもなりました。その子とは後々までやりとりする事になるのですが、とある事情からその子とのやりとりは小学四年生を境に途絶えます。

 一年生の時の一番の記憶は、クラスで飼っていたモンシロチョウのモンちゃんの事です。モンちゃんは、幼虫の頃からクラスで飼っていたモンシロチョウです。二年生に上がる前に、MH先生が最後くらいの授業で言った事からモンちゃんの記憶は始まります。

 MH先生はこう言いました。

「モンちゃんを外の世界へ放してあげるか、このまま二年生のクラスで飼うか。皆さんの意見を聞いて決めたいと思います」

 穏やかで優しいMH先生がいつにもなく真剣な表情でそう言ったのです。私達は寝耳に水で、モンちゃんについてどう思うか、どうしたいかなどを話したのです。

 私は、どうしたいか分からないと答えました。

 MH先生に理由を聞かれた際には、モンちゃんが外に出たいかクラスに残るか決める事だからと答えました。

 MH先生はクラス全員にそう言った意見と理由を聞き、モンちゃんの道徳の授業は二回渡って行われました。

 結果、多数決という方法で私達は二択を選びました。外に放すか。それともクラスで飼うか。

 その結果、外に放してあげる事になりました。その際には泣いている子も居れば、モンちゃんを見つめている子も居ました。

 翌朝。私達はMH先生と校庭に出て、モンちゃんを放しました。モンちゃんは力強く羽ばたいていきました。自分の元居た世界へ。

 その時MH先生を見ると、先生はちょっぴり嬉しそうに、ちょっぴり悲しそうな難しい表情をしていました。

 教室に戻るとMH先生はこう私達に言いました。

「皆さんは今日、大事な決断をしました。お別れした事は悲しい事かもしれませんが、それでも先生は皆さんが決断した事を誇りに思います。皆さんは勇気と希望と優しさを持って決断したのです。だからこそ、二年生に上がってもそのままの皆さんで居てくださいね」と。

 そのMH先生は春の訪れとともに別の学校へ転校してしまいました。家庭の事情という事でした。

 私は、MH先生に卒業の日に手紙を書きました。『今までありがとうございます。そして転校しても優しい先生で居てね』と。

 そのお手紙の返事は二年生になって返ってきたのです。

 その手紙には、意見を言う事が苦手な事や今までの思い出の事。一年生の運動会で踊りを上手に踊れた事などが書かれていました。

 その最後には、こう書かれていました。

『素直で優しいあなたで居てください。それから皆のお世話ばかりではなく、自分に自信を持って自分の事もちゃんと見てあげてください。先生はちゃんと見ていますよ。あなたが本当は女の子の心を持っている事も――』

 そう書かれた手紙に当時は驚きもあり、嬉しかったのもありますが、今ではMH先生は初めて私をちゃんと見ていてくれた人なのだなと思いました。

 だからこそ、今MH先生に会ったら言いたい事があります。

「MH先生、私はお母さんみたいなあなたが好きでした。そして、いつかMH先生のような大人になりたいとも思いました。MH先生が毎日色々な感情を持って私達に接してくれたように、私もいつか先生になりたいと思っていました。だから、あの頃と変わらないMH先生で居てくれたら嬉しいです。本当に、ありがとうございます」

 それが、私がMH先生に伝えたい事です。

 そして、私を見てくれた大切な一人でもあるからこそ、私はMH先生に会いたいと思うのです。

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