第5話 不確かであいまいな、なゆた

「どうしたんだい?」

 あたしは担任の呼び掛けにも答えず、黙って教室を出ようとしました。

 窓からではなく、ドアから。

 あまりに簡単すぎて忘れていましたが、教室を出たければ窓ではなくドアから出ればいいのです。

 担任はあたしの腕を掴みました。

「だめだ、まだ終わってない子がいるだろう。全員が終わるまでこの教室にいなさい」

「……」

「いなさい!」

 彼は、あたしの頬をはたきました。

 甜が、教師が張り上げた声に反応したように、立ちあがりました。

 彼の手には、ラムネのビンが握られていました。ガムテープで飲み口が塞がれています。もちろん、ただのビンではありません。

 担任はビンを見るなり顔色を変え、絞り出すように叫びます。

「みんな、ふせろおぉぉぉ!」

 火炎瓶です。

 教師の叫びと共に、みなは地に伏せました。

 あたしは教師の手を振り払い、教室を駆け出ました。

 ビンが割れる音と悲鳴が響き、カーテンが焼け焦げ、きな臭いにおいが鼻腔をくすぐりました。

 みな、まだ床に伏せているのでしょうか?

 ここでは、教師の言うことは絶対なので、伏せているかもしれません。

 世界が滅びる瞬間まで、伏せているはずです。それは異常なことだとは思いますがバカだとは思いません。

 あたしも気付かぬところで、似たような異常さを持ち合わせているのでしょうから。

 さて、よくわかりませんが、走って走って、走りました。

「走れぇぇ!」

 背中から、甜の声がします。

 言われずとも、既に走っています。

 命令されるほど仲良くはありませんが、とりあえず感謝だけはしておこうと思います。

 続けて、甜は叫びました。

「細かいことは気にしたら負けだぞ、なゆた!」

 脈絡が掴めませんし、何を以てして勝ちか負けかわからない、というのはともかく、一理あるかもしれません。

 細かいことを気にしない方が、人生を有意義に過ごせるというものです。


 ちなみに、というのは、あたしの名前です。(気安く呼ばれると不快です)

 そうです、あたしはなゆた。

 泣いても騒いでも、なゆたなのです。

 宇宙人のような、地球人のような。

 不確かであいまいな、なゆたです。

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