第20話 手紙

 私がお義母様と朝の散歩をして戻ってきたら、ランス様の姿がなかった。


「お義父様、ランス様はもうおでかけですか?」


 お義父親は笑顔でお茶を飲んでいる。


「べべちゃんを必死で探していたのだがな、ソフィアと散歩に行ったと言ったら、手紙を書くと行って部屋に戻ったよ」


 手紙? 誰かに手紙を書いて出すのね。あっ、昨夜の寝言の愛してる人かしら?

私には関係ないわね。


「あら、必死で探していたくせに一緒に朝食を食べなくていいのかしら?」


「逃げられてないとわかったから安心したんじゃないのかね」


 もう、お義父様もお義母様もそんなこと言って。私は逃げたりしないわよ。


 義父母と3人で朝食を食べ、部屋に戻る。朝食美味しかったなぁ。久しぶりに食べるブリーデン公爵家の朝食は最高! 結婚式から2週間もこの朝食が食べられなかったのね。ランス様のせいだわ。


 私はぷんぷんしながら午前中は何をしようかなと考えていた。


コンコン


 扉を叩く音が聞こえた。


「はい」


 返事をして、開けてみるとランス様が立っていた。


「読んでほしい」


 そう言って手紙を私に差し出した。


「行ってくる」


 踵を返し歩き出した。


 今から仕事に行くのだろう。それにしても手紙? 私に? 


 とりあえず見送らなくてはいけないと、私はランス様を追いかけた。


 玄関ホールで馬車に乗り込むランス様に追いついた。


「行ってらっしゃいませ」


「あぁ」


 また『あぁ』か。


「もう、そこは『あぁ』じゃなくて『行ってきます』でしょう? 駄目な人ね」


『あぁ』しか言わないランス様にお義母様が小言を言う。


「行ってきます」


 馬車は王宮に向かって走り出した。


「ちゃんと挨拶できたわね」


「そうだな」


「行ってきますって初めて聞きました」


 私の言葉に義父母は呆れている。


「お義父様、お義母様、先程ランス様から手紙をいただきましたの」


「早く読んでやってくれ」


「そうね。もうすぐオリヴィアも来るし、手紙を読んでからお買い物に行きましょう」


 義両親はそう言うとそれぞれの用をするために消えていった。


 手紙か。何が書いてあるのだろう? あの様子だとふたりも手紙のことは知っているんだろう。


 私は部屋に戻り手紙を読むことにした。


 ソファーに座り、封筒から取り出した便箋を開けてみると、そこにはびっしりと文字が書かれていた。


 あぁ、こんな字だったんだ。几帳面そうな綺麗な字だ。


 私はドロシーがいれてくれたお茶を飲みながらその手紙を読みはじめた。


『ベアトリーチェ様

突然の手紙で驚いたことと思います。

私が貴女に対する気持ちを上手く伝える事ができていないばかりに貴女に辛い思いをさせてしまっていたなんて気がつかなかった。本当に申し訳ないです。私が貴女と目を見て合わせてきちんとした言葉を伝えることができなかった理由は貴女の事が好きすぎて、伝えたい言葉が山ほどあり、それを頭の中で整理できなかったからなのです。目を合わせることができなかったのは、美しく眩しい貴女を直視することができなかったからです。私は貴女に一目惚れをしました。すぐに父に婚約を打診してほしいと懇願しました。そして貴女の人生を背負えるような男になるために日夜勉強に鍛錬に精進し、殿下の側近として内定が出てやっと婚約できた時はもう死んでもいいと思いました。なのに父の勘違いで貴方ではなくマデレイネ嬢が婚約者だとわかった時は絶望し、神を呪いました。しかし、紆余曲折があり、貴方は私の婚約者になってくれました。どうすれば貴女に喜んでもらえるか、どうすれば好きになってもらえるか、そのことで頭の中はいっぱいなのに、上手く言葉が出てこなくて自分でももどかしいのです。ベアトリーチェ、私は貴女を愛しています。

貴女のためならなんでもします。この命を貴女に捧げます。どうか私を嫌わないで下さい。見捨てないで下さい。愛しています。

ランスロット』


 なんちゅう手紙だ。重い。重すぎる。


 ランス様は子どもの頃から私だけを愛していたというの? 


 マデレイネお姉様との婚約はお義父様の勘違いだったの? 


 私とランス様は5歳、年が離れているから、ランス様はいったい、いくつの私に一目惚れしたの?


 ちょっと執念深すぎて引くんですけど。


 好きすぎて言葉にならない? 怖いんですけど。


 どうしたもんだか。


 私は大きなため息をついた。

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