第1話

八城やしろは大学受けんの?」


 高校2年の6月、そろそろ大学か専門学校か就職かは決めなければならない時期。

 帰宅途中、友人の明野あけのに聞かれた俺は即座に「受けるよ」と答えた。

 そもそも受けないという選択肢がなかった。


 別に幼いころから勉強を続けてきたとか、やりたいことがあるとか、親が大学受験を推してくるとか、そういう理由ではない。

 就職は嫌だ。中学校では思い出を作れなかったし、もっと学生生活をエンジョイしたい。


 しかし専門学校は就く仕事、せめて分野は決めなければならない。まだ何のビジョンも描けていない俺からしたら、魅力的とは言えない選択肢だった。

 だから大学進学。


 あまりよろしくない志望理由なのはわかっているけれど、だいたいそんなものだろうと思う。

 この学校は進学と就職が半々くらいだが、どちらを選んでいる人でも、みんな何となくふわっとしている。


 就職は嫌だから、進学。進学が無理そうだから、就職。親に言われたから、進学/就職。

 ほぼそんなもので、明確にやりたいことがあって進路を選んでいる人なんて1割程度だ。


「おー、オレも。なんか、理由とかあんの?」

「別にないよ。就職は嫌、極めたい専門分野なんてない、だから大学。たぶん経済学部とか法学部とか、そのへんになるかな」

「へへ、一緒だ」


 明野はいたずらっぽく笑ってから、「推薦? 一般?」とさらに聞いてくる。

 この前、進路についてのガイダンスがあったから気になっているのだろうか。


「推薦で行けるもんなら推薦にするかな。年内に決まるし」

「それなー。でもなんか、実績ないと難しいらしいぞ。オレら指定校取れるほど内申よくないし。取れてもFランじゃ意味ないだろ?」

「あー、まあ、そうだな……」


 ずっと何となくで返答していたが、ここにきて現実の重さがのしかかる。

 帰宅部。委員会や生徒会など、何の実績もなし。これから何か実績を作れるような人望や技能もなし。学力運動能力、ともに中の下。


 今や大学受験生の半分が何らかの推薦入試で合格を勝ち取っている。そんな事実だけを見て考えていなかったけれど、俺のような人間の何が推薦に値すると言うのだろうか。


「やばいな。推薦、無理かも」

「ふっ」


 明野が鼻で笑ったのを聞き逃さず、「お前も同じようなもんだろ」と突っ込む。

 これはクリティカルヒットだろうと予想していたものの、以外にも明野はひるまず、

「違うんだな、それが」

 と指を振った。


「何がだよ……」

 毎日明野とオンラインゲームをしている俺だからわかるが、明野はほとんど勉強をしていない。

 体育や美術などの様子を見ても、推薦に値する実績があるような様子は見受けられないし、全校集会で表彰されたことなんて一度もないはず。

 それなのに明野はどこから湧いてきたのか、はたまた誰かから盗んできたのか、自信まんまんな様子だった。


「オレはこの夏、変わるからな」

「お前……。受験のストレスでとうとうおかしく……」

「違うわっ!」


 ぺしっ、と軽く肩を叩かれる。

 そもそも受験のストレスでおかしくなるほど、明野はストレスなど感じちゃいないとは思っていたが。


「凡人以下の怠惰な人間でも、実績を作れる方法が世の中にはあるんだよな」

「マジ? ていうかそれって、本当に実績って言うのか?」


 明野は待ってましたと言わんばかりに頷く。


「ああ。たぶんお前も、聞いたら納得すると思う」

「頼む、教えてくれ。俺は可能な限り楽をしたい人間なんだ」

「清々しいクズだな。その清々しさに免じて教えてやろう」


 明野はにやりと笑って、「それは……」と溜める。

「ボランティア活動、だっ!」

「諦めて勉強するわ」

「諦めるな」


 呆れて歩を速める俺に、明野は「ちょっと待て」とついてくる。

 しょうがなく元のスピードに戻すと、明野が補足を始めた。


「ボランティア活動って、別に善人しかできないわけじゃないだろ。支援ボランティアだって、老人と話すだけとか、子どもと話すだけとか、子ども食堂とかで雑用するだけとかあるみたいだし。

 オレの兄貴も不真面目なほうだったけど、それで大学の推薦取って行ったよ。あんまりレベル高くないところっていうところもあったけど」

「俺みたいな人間はな、話すだけでも相手の地雷踏むかもしれないんだよ。おっかなくて嫌になるね」

「……お前さ、社会人になったときどうすんだよ」


 俺の地雷を踏みやがって、と思うが、正論ゆえに何も言い返せなかった。


「高校生のボランティアだぜ? 多少デリカシーないこと言おうが、大して怒られねぇよ。敬語使って元気よく挨拶してりゃ充分だって」

「そういうもんなのか?」

「兄貴によるとな。

 それにこのままだったら何も社会経験しないまま、大学生になって急に給料もらうことになるんだぜ? 無給だったらやさしい注意で済んでたものも、そうじゃなくなるだろ。ああ怖いね」


 そう言って身震いしてみせる明野だが、たしかに一理ある。

 無給なのだし、まさか何も経験のない高校生に戦力となることを期待しているわけではあるまい。


 老人と話すだけとか、子どもと話すだけとか……。将来の介護士や保育士を増やすための取り組み、という側面が強いだろう。

 何か炎上するようなことをしない限りは、そうそう問題にはならないはずだ。

 2月とかそのあたりまで勉強を続けるよりも、この夏休みだけボランティアを頑張るほうが楽、なはず。


「やろうかな」

「やった」

 何が『やった』なのかわからなかったが、すぐに明野が「実はさ」と続ける。


「ひとりだけやるのは不安だったんだよな。友達同士で同じところに行くってことはないかもしれないけど、ひとりだけ頑張ってるよりも精神的に楽じゃん」

「ああ……」


 それで俺を勧誘したわけか、と納得する。

 俺は明野しか友達がいないし、明野も俺しか友達がいない。ボランティア仲間と作るとなれば、もはや俺しかいないだろう。


「それじゃ、明日先生に言ってみようぜ。学校に届いてるって聞いたから」

「おー。一緒のところとか、立地的に近いところだったらいいな」

「だな」


 話しているうちにそれぞれの家の分岐点までやってきて、「それじゃ」と別れる。

 高校2年生の夏。充実すればいいな、と願う。

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