第14話 安定の四人目

 「う、うーん」

 俺が自分のステータスに言葉を失っていると、横からそんなうめき声が聞こえてきた。それからゆっくりと身体を起こして俺の方を見てきた。

 「…お、」

 その人はまだ寝ぼけているのか、そんな風に声を出した。この状況で"お"から始まる言葉なんて、一つしかないよね。きっと言い間違いだから、聞かなかったふりをしておこう。

 「…王子さま?」

 そうそう、王子さま……って、なんで!?そこはお父さんとかじゃないの!?

 「…ごめんね。君が期待していたようなカッコいい王子さまじゃなくて」

 「そんなことありません!…あなたは私とアリスの恩人です!すごくか、カッコよかった、です」

 そう言いながらその人は自分の顔を覆っていた鎧を外した。そこには優しそうな雰囲気を纏っている金髪の女性がいた。

 「改めまして、私はメイベルです。さっきは私とアリス…ドラゴンを助けてくれてありがとうございました」

 彼女、メイベルさんはそう言って頭を下げた。それに落ち着かなかった俺は頭を上げるように頼んだ。

 「感謝を受け入れます。頭を上げてください。…助けられてよかったです」

 「…はい。やっぱり王子さまは素敵な方ですね」

 メイベルさんはクスッと笑ってそう言った。

 「そんなことはないですよ。…俺はイツキです。王子さまは恥ずかしいのでやめてください」

 「はい、イツキさま。あなたさまの御心のままに」

 メイベルさんは忠誠を誓うようにうやうやしく膝をついた。

 「いっちゃん!」

 「「イツキ!」」

 そのとき、サクラとシンシア、アヤが駆け寄ってきた。…そう、俺の前にメイベルさんがひざまずいているときに。

 「…ねぇ、いっちゃん。私たちがいない間に何があったのかな?こんな美人さんにそんな姿勢をさせるなんて……やってほしいなら私に言ってくれればいいのに」

 サクラは怒ったような、拗ねたような声色で言った。

 「わ、私はイツキがどんな趣味を持ってても受け入れるから」

 シンシアは赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いてそう言った。

 「わ、私は!イツキのペットでも…大丈夫、です」

 アヤは四つん這いになってそう言った。

 「メイベルさん、立って立って!アヤも」

 「…はい、イツキさまがそうおっしゃるなら」

 「はーい。けど、こういうのは彼女以外にはしない方がいいよ」

 どうにか2人に立ってもらうことができた。…俺が頼んだわけじゃないのに。

 「!あ、亜人?イツキさまの彼女は亜人なんですか?」

 顔を上げたメイベルさんが驚いたようにそう言った。…そうだった。アヤから亜人は嫌われてるって教えてもらってたのに。

 「…そうだよ。アヤは俺の大切な彼女だ」

 俯いてしまったアヤの代わりに俺が答えた。仕方のないこととはいえ、彼女を傷つけられた俺はほんの少し怒りを滲ませてしまった。

 「も、申し訳ございません。イツキさまは亜人でも普通に接してくれるのですね」

 そう言ったメイベルさんは腕を覆っていた鎧も外した。そうして顕になった腕には鱗がびっしりとえていた。

 「…私はドラゴニュート竜人なんです。この鎧には認識阻害の効果がかかっています」

 「グルゥ」

 そう言ったメイベルさんの腕は少し震えていた。それを伝えるのがどれだけ勇気のいることだったのかは分からない。心配そうに鳴いたアリスもメイベルさんは撫でるだけだった。

 「…ただ、効果が阻害のみなので、私の正体を知っている人には通用しません。……私のことを話すならどうぞ」

 …そこまでの覚悟があったのか。

 それを聞いて俺はふと気がついた。その鎧にはもう一つ、能力を制限する機能があることに。

 「分かった。俺からは言わない。…でも、その鎧はもう付けないでもらいたい」

 「ちょっと!」

 「……そう、ですか。分かりました」

 サクラが止めようとしたけど、メイベルさんは嫌な顔一つせずに鎧を外していった。

 「…外し終わりました。……あの、この鎧はどうすれば?」

 「そうだ、なっ!」

 振り返った俺が見たのはメイベルの本当の姿だった。健康的でボーイッシュな彼女は胸当てとハーフパンツのみの姿だった。スラっとした肢体は光を反射している鱗と相まって神秘的だった。その一方で人間らしさもあった。鎧を外すことに慣れてないのか、メイベルさんは恥ずかしそうにもじもじとしていた。そんな姿につい見惚れてしまった。

 「あ、あの!…そんなに見つめられるとて、照れてしまいます」

 「ご、ごめん!…じゃあ、鎧は一先ず預かっとくね」

 俺は受け取った鎧に残る温もりを極力無視して新しく取得した吸収収納の中に仕舞い込んだ。

 「じゃ、じゃあ、戻るか」

 「…どうして鎧を脱いでもらったんですか?」

 歩き出そうとしたそのときにシンシアがそう声をかけてきた。

 「…その方が安全だろうからね。街にいるときのメイベルさんなら守ることもできるけど、外に出ると無理だから。あの鎧には能力を制限する機能があるんだよ」

 「守りたいなら、もっといい方法があるよ!」

 そう言ったのはアヤだった。続けてアヤはある提案をしてきた。

 「イツキの彼女になるの!」

 これしかない!というほどのドヤ顔で言っていた。むふー、と聞こえてきそうなその表情はとても可愛かった。

 「…か、彼女!?私がイツキさまの!?……はう」

 俺が現実逃避をしていた間にメイベルさんは目を回して倒れていた。それでもその表情は幸せそうだった。

 …俺はどうなんだろう?メイベルさんは俺を信じてくれた。自分の秘密も教えてくれたし、大切なはずの鎧を預けてくれた。……そんなに難しくないのかもな。彼女には死んでほしくなかった。俺は、メイベルさんが望むのなら、彼女になってほしい。

 「う、うーん」

 俺がそう答えを出すと、メイベルさんも目を覚ましたみたいだった。そして俺と目が合うと真っ赤になって立ち上がった。

 「…イツキさま。私の全てをもらってくれますか?」

 「…こんな俺でよかったら、喜んで」

 それでも彼女は目を逸らさずに頼み込んできた。それに俺が応えると彼女は抱きついてきた。

 「イツキさま、ありがとうございます!私は幸せです!」

 「…なら、さ。イツキって呼んでくれないかな?メイベル 

 「!はい、い、イツキ」

 そう言ってメイベルは可愛く笑った。俺も彼女の背中に回した手に力を込めると一瞬だけ彼女の身体がビクッとはねた。それでも力を抜くと俺にもたれかかるように全てをゆだねてきた。

 「アリスも、よろしくね」

 俺はメイベルの頭を一撫でしてから見守っていた彼女の相棒にも声をかけた。

 「グルゥ!」

 アリスも嬉しそうに一声鳴いた。

 『ゴールドドラゴン 金竜 (個体名:アリス)から取引を持ちかけられました』

 その瞬間、俺の頭の中にまた無機質な声が響いてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る