留年したら可愛い『元』後輩と同級生になった

有瀬

留年したら可愛い『元』後輩と同級生になった

「これからどうしようか……」

 

 入学式とホームルームが終わるや否や俺、成瀬礼斗なるせあやとは深い溜め息をつく。


 溜め息ばかりついていると運気が下がるなんて世間的にはよく言われている話だが今はそうせざるを得ない状況なのだ。とはいえ、何がこんなにも自分を陰気な状態にさせているのかというと原因は一つしかない。

 

 端的に言うと──


 留年してもう一度、高校一年生をすることになったからである。


 周りを見渡してみると年齢が一つ下の同級生しかいないし本当に情けないとしか言い様がない……なんでこんなことになっているのかさえ自分でも理解しがたいのだ。家の事情? 学校の所為? 否、自分の不甲斐なさの責任である。


 これからどうすれば良いのか、と下校の時間になってもなお自席で頭を抱えていると不意に隣の席の少女が声をかけてきた。

 

「……どうかしたんですか?」

 

 教室の喧騒の中に不思議と透き通る声。


「え、?」


 それに気がついた俺は声のした方向を向くと、同級生が心配するように顔を覗き込んでいた。


 そりゃあ、同級生というのは言わずと知れた事なのだが自分にとっては普通の同級生として収める事の出来ない他の生徒とは違う特別な存在。


 ──彼女の名前はあららぎすずな。


 白藍しらあい色の長髪と宝石のように透き通る瞳が特徴的な美少女。中学時代の部活の後輩に加えて家が近所の馴染みのある子だ。しかし、同級生になった以上『元』後輩という方が正しいだろう。


 とりあえず今はなんとなく、うやむやに返しておくとしよう。


「いや、なんというか……高校生活に不安を抱いていただけだ」

「もしかして恋愛に関しての事ですか? そういった類いの物には興味の無さそうな先輩が珍しいですね!」

「おい、そんなわけないだろ……」

 

 、と間髪を入れずにツッコミを入れたところで蘭はクスッと悪戯な笑みを浮かべた。


(中学の頃から思ってたけど、こんな風にたまにいじってくるのは一体なんなんだよ……)


 普段は真面目な感じなのに意外と子供っぽい一面というかそんな性格が窺える。あらかじめ俺が留年してしまった経緯は伝えているし知っているはずなのだが。


「ひとまず教室にいるのもなんですし、下校しながら話しませんか?」

「早いな。もうそんな時間だったっけ?」

「だって時計見てください。もう5時ですよ! 周りもそろそろ帰りだしてる時間なので帰った方が良いんじゃないかって」


 蘭の言葉に促されるようにちらりと時計を見やる。


「本当だな……全然気が付かなかった。外も若干暗くなり始めて来てるしそろそろ帰るとするか」

「そうですね」

「って、待て。蘭は他の友達と帰らなくてもいいのか?」

「大丈夫ですよ。成瀬先輩と帰りたい気分だったもので」

「そうか……なら良いけど」


 椅子を引いて席を立つ。

 カチカチと鳴る秒針の音が顕著になっていく。


 確かに周りを見渡してみるとそそくさと教室から出ていく生徒たちが見え、残っているのは俺たちを含めて数人だった。他の生徒はと言うとホームルームが終わってからスマホで何かをしていたがおそらく連絡先を交換してグループを作ったりしていたに違いない。しかし、ぼーっと自席で考え事をしていた為その輪に入る事なく、絶好の友達作りの機会を逃してしまった俺は忽ちぼっちになりそうな予感がした。


(まあ、まだ初日だし友達出来ていない人の方が多いだろ)


 とりあえず今は楽観的にだ。あまり考えずにしよう……。

 蘭から下校しようと誘われると俺は配布物や何やらで重くなった通学鞄を肩に掛けて帰路を辿った。

 

「あ、成瀬先輩……! ちょっとだけここに寄っていきませんか?」


 帰路に沿って他愛もない話に華を咲かせながら歩いていると蘭が突然指を差した。


 示していたのはおそらく今は使われていないであろう活気が無くなり寂れてしまった小さな公園。

 

「え? まあいいけど……」

「やった! ありがとうございます!」


 行くかどうか迷ったが帰ってからもどうせベッドに寝転がったり漫画を読んだりするだけで何もしないのでこくりと頷き了承の意思を見せた。


 そして、蘭と一緒に公園に踏み入り、脆くて今にも壊れてしまいそうなベンチに腰をかける。

 まあ、そんな簡単に壊れはしなかったけれど。


「うわぁ……! 桜がもう散ってしまってますね」

「あと一週間くらい早かったなら満開の桜が見られたかもな」

「そうですね……あれはソメイヨシノですかね? 最近雨が降ってたのでそれで花びらの多くが落ちてしまったかもしれません」


 大半の桜は散ってしまいがくの部分だけが残っている。

 

「でも、散ったあとの桜も悪くないと思うけど」

「確かにそーですね! 意外と満開の桜だけに目が付きがちですけど散ったあとも魅力的ですね」

「まあ、満開の方が好きだけどな」

「……え? それ絶対言わなくてもいいじゃないですか!」


 後輩だったという事もあるのか気兼ねなく話すことが出来た。もし、これが初対面の人に誘われていたという状況だったら余すことなく普段のコミュ障を発揮していただろう。

 考えるだけでも背筋がゾッとしてくる……。


 それはそうとして。


(なんでわざわざ蘭は俺と一緒に帰ろうと誘ったのだろうか……新しい友達と帰るのを断ってまでする必要も無いのに)


 ふと、そう思ったが流石にそんなことを訊くのは野暮だな、とはばかられたので喉まで出かかっていた言葉をぐっと飲み込んだ。推測の域を出ないがおそらくぼっちになっていた俺を見兼ねての行動だろう。


 成績優秀で運動もそこそこ出来る。その上性格も良いとなると……完璧としか言いようがないな。

 そんな事を思いながら。


「───、──」

「────────────」


 別段何かをするというわけでもなく……ただ、他愛も無い話をしながら公園で過ごした。



 ──留年して後輩と同じ学年になる。


 そんな非日常的な不思議な感覚。

 今でも鮮明に覚えている『元』後輩と再会を果たした日。


 この日を皮切りに彼女と関わる機会も増えてゆき、一年生、二年生……今に至る三年生になるにつれて自分の中にある感情が芽生えてゆくのを感じた。



   ◇ ◆ ◇



 あの出会いから3年という月日が経って卒業式。


 時間の経過というのは本当に恐ろしいもので年齢を重ねるごとにどんどん時が過ぎるのを感じる。


「礼斗くん。ここに来たの結構久しぶりじゃない?」

「ああ、数年前に来て以来寄りもしなかったもんな」

「私は部活があったからあんまり行く暇もなかったけど……でも、礼斗くんは帰宅部だからあったんじゃない?」

「……なんとなく行かなかっただけ」

「あはは! なにそれ!」


 そして、卒業式が終わった後何の因果か俺たちは3年越しに再び例の公園を訪れてベンチに腰をかけていた。


 この公園の景色や植物独特の匂いが入学式の日、一緒に下校した日のことを彷彿とさせてくる。

 すずなは高校一年生の頃の幼い面影が残ってはいるがそれと同時に少し大人びたようにも見えて相変わらず『可憐』の二文字がよく似合う美少女だった。


「ここも全然変わってないな」

「ほんとだね。前に来た時とほとんど同じ」


 公園見渡すと3年前と比べて目に付く限り、変わった様子は見受けられない。

 座っていたベンチやブランコ、滑り台などの遊具の位置も何もかも。

 公園に咲き乱れている満開の桜はあの頃と変わった点と言えるけれど、それ以外で大きく変わった点を挙げるとすれば俺たちの関係だと思う。


(うわぁ……近い近い近い!)


 ベンチに腰をかけるや否や俺に体を預けてくるすずなの姿。

 淡い髪の香りが鼻腔をくすぐり心臓が早鐘を打つのを感じる。


「なんか……距離が近すぎないか……?」

「え? そうかな?」


 思わず訊ねると「付き合ってるから普通でしょ」と返答するかのようにもたれる力を強めてくる。

 これを見て分かるように関係性が変わったのは一目瞭然。


 ──そう。


 俺は、蘭すずなと付き合ったのだ。

 元後輩から同級生、同級生から『恋人』に。


 正直恋愛に疎くて興味すら無かった自分が人を好きになるとはあの頃は思いもしていなかった。

 すずなのことを意識し始めたのはいつからだっただろうか? 明確な時期はあまり覚えていないが時間を重ねていくごとに好きになっていったのは確かだ。

 

 最初の頃は定期テストの勉強を一緒にしたり、テーマパークに遊びに行ったり、12月25日のクリスマスの日には二人で過ごしたりなんかもした。そんなこんなで一緒に過ごす事が多くなっていく内に無意識にお互い『好きかもしれない』という気持ちが芽生えてきたのだと思う。

 

 昔の俺に今の状況を言ったら「お前が……?」なんて言葉が返ってくるんだろうな……。


 そんなことを考えていると、すずなが顔に喜色を浮かべながら話しかけてくる。


「さっき、礼斗くんに告白された時凄く嬉しかったよ!」

「そうか……? 俺は初めての告白で頭が真っ白だったからあんま覚えてない。というか恥ずかしくて思い出したくないな」

「これでもかっていうくらい頬を染めてたもんね。でも、普段はクールな感じで感情を表に出さないポーカーフェイスの礼斗くんが恥ずかしがってるの見れて良かったよ」

「すずなも人の事言えないだろ……告白したときに号泣しまくってたし」


 告白したのはついさっきの出来事。


 なぜか多くの生徒たちは学校などで告白していたが俺は目立つことのない人気の無い場所へ移動して告白した。だって別に見せびらかすような物でも無いしなにより静かな場所の方が俺のしょうに合っていたのだ。


「そりゃあ泣くよ! 結構アピールしてたつもりなんだけどやっぱり好きじゃないのかと思ってたもん」

「だっていつ告白しようかと悩んでたから仕方ないだろ。それに、俺のこと好きだって事全然気づかなかったし」

「さすがに気づくでしょ! あれだけ一緒に過ごしてたんだよ?」

「両片思いのすれ違いだったって事で……」

「うわ逃げた」


 軽蔑するかのようにジト目で見てくるすずな。


 傍から見るとまるで公園でイチャイチャしている初々しいカップルだ。まあ、実際そう言われれば首を縦に振らざるを得ない……いつもの自分なら公共の場でこんな事をするのは避けるだろうが今だけは周りの目を気にする事無く二人だけの大切な時間を過ごした。いわゆる若気の至りという奴だ。


 もう一度高校一年生をすることになって惰性で過ごしていた日々をすずなが変えてくれたと言っても過言じゃない。この甘酸っぱくて退屈する事の無い楽しい時間がずっと続けばいいのに、と思えば思うほど無慈悲に時間が過ぎていく。


「なあ、ちょっといいか?」


 ──だから、高校生活が終わってしまう今日。最後に……後悔することのないように伝えたい。


「すずなの事が好きだ」

「……え、え!?」


 改めて『好き』と言われて恥ずかしくなったのか顔をどんどん紅潮させていく。


「わ、私だって礼斗くんの事が好き。大好きですよ……!」


 そして若干嬉々を孕んだ声で言い終え、照れ隠しなのか胸に顔を埋めてくるすずなに赤面していくのを感じながらも。


「ああ。これからもよろしく」


 ──離さないようにぎゅっと抱きしめた。

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