第9話 それから

 黒い手の集団は騎士団だった。

 ミネアが手練れでも、油断していない訓練された集団に囲まれればひとたまりもない。


「逃げようとしたって無駄だ。自白もとれた。ミネア・レイトナ。アーサー王子殺害の容疑で逮捕する」


 トリスタンが宣言し、ミネアは捕縛された。私は急な展開について行けず、動けず立ちっぱなしだ。


「トリスタン、サミュエル伯爵夫人側じゃなかったの」

「え、そんなこと思ってたの。違う違う。あの人昔からそりが合わなくて、最近は全然関わりなかったんだよね。家の方針とも合わないから、あの人絶縁されてたし」


 私はトリスタンが味方だったことにほっとして、同時に先ほど投げ捨てられた猫のことを思い出す。


「ルミエラ!」


 ふわふわの黒猫は力なく地面に横たわっていた。

 駆け寄って抱き上げる。ぐったりした様子で、猫は言った。


「痛い痛い死ぬ。もう長くないだろう。私の亡骸は歴代の王と同じ地に葬ってくれ…」


 言葉の割に、出血もしていないし、骨が折れている様子もない。しゃべれているくらいだから意識はしっかりしている。

 わたしは少しほっとした。


「よかった。なんともない」

「なんともないわけがない! ちゃんと調べろ! 地面にたたきつけたんだぞ! 王子の私を!」


 すっくと立ち上がり、ニャアニャアがなり立てている。どうやらショックで立ち上がれなかっただけで、運動にも問題がないようだ。


「猫は元気そうだな」

「はい」


 元気じゃない! 医者を呼べ! と猫は騒いでいるが、言葉がわからないトリスタンには元気に鳴いているように見えたようだ。


「そういえばトリスタン、あなたはともかく、どうして騎士団の人たちまで?」

「それは君のお兄さんに聞いたほうがいい」

「お兄様?」


 騎士たちをよく見ると、その中に兄がいた。


「エリザベス、無事だったか」

「お兄様が騎士を呼んでくださったのですか」

「ああ。お前が気にしていた、王子殿下殺害直前の国王陛下とのお話について、国王陛下からお話があった。内容を聞くと男爵令嬢にも動機が出てくる。あやしいから調べようと、謹慎しているはずの男爵家へ使いを出したが、不在でどこにいるかもわからないという」


 話しながら兄のエーリクは足もとの王子を抱き上げた。すっかり油断していた猫は、兄につかまったと分かるや、手足をバタバタさせた。兄の力は強く、逃げ出すことができない。


「そこで、エリザベスが昨日していた話を思い出した。権力欲の強い人間が、最近軍拡しているサミュエル伯爵家とかかわりがあるかもしれない。これは黒だろうとなってね。準備を整えてからと屋敷の外で偵察していたところ、ベルナールとエリザベスが入っていったものだから、ちょうど自白を聞いたところで、突入したわけだ」

「そうだったのですね」

「無茶をするものだと気が気じゃなかったよ。こんな危ないことはもうやめてくれ」

「はい、もちろんです」


 私もしたくてやったわけではないのだが、何せ猫のことは誰にも話せないので、おとなしくうなずいておく。王子さえ暴走しなければ、こんな危険なこと、元からやりたくないのでやらない。


「ルミエラちゃんも、こぉんな危ないところに来ちゃ、ないないでちゅよ」


 兄は腕の中の猫にほおずりしている。顔が変形している王子は泣きそうな顔で、私に助けを求める。


「エリザベス、助けてくれ」


 返事をするわけにはいかないので、私は軽く首を振った。王子が絶望的な顔になる。これで少しくらい懲りて、今後は人を巻き込む無茶はやめてほしいものである。


「師匠、ご無事でしたか」

「お嬢様、何やってるんです。合流場所にいつまでたってもこないから心配しましたよ」


 ケイティとベルナールが来た。二人とも無事だったようだ。


「アンディ! 大丈夫ですか?」


 ケイティに言われて、そうだアンディも気絶していたと思い出す。ケイティはアンディの頬をたたいて、起こそうとする。


「私をかばって、ミネアに倒されたの」

「お役に立てたようですね。大きな外傷はないので、後は意識さえ戻れば大丈夫だとおもうのですが、アンディ、アンディ、起きなさい」

「ウウン、ケイティ…?」


 何度かたたいているとようやく起きた。のっそり立ち上がり、頭を振る。


「大丈夫だった? 痛そうだったけど」

「ダイジョウブ」

「一応医者に見せなさい。あっちに騎士団付の医者がいるから、見せてくるといい」


 声をかけてきたのはトリスタンだ。


「ありがとうございます」

「いいえ、そのあとに取り調べもあるので、まだ帰らないでくださいね」

「取り調べ…」

「簡単なものです。勝手に伯爵邸に侵入したことが、犯罪だってことはご存じですよね」


 ほっとした勢いで忘れていたが、私たちは不法侵入者なのだった。


「まあことがことなので、おとがめはありませんが、一応経緯を抑えておかないといけないものですから、お付き合いください」

「はい」

「ではこちらへ…」


 トリスタンはアンディを誘導しながら、医者のいるほうへ一緒に向かおうとする。

 その去り際、私の前を通るときに、さっと振り返って、私の左の耳元でささやいた。


「落ち着いたら、またお茶でもしましょ」


 トリスタンの流し目からのウィンクに、うっかりときめいてしまう。ささやかれた耳がざわざわして、思わず左手で耳を覆った。

 失恋しても、まだふっきれていない。また会えると思って、うきうきする気持ちを止めることはできなかった。



 その後、伯爵夫人の息子をはじめ反逆にかかわった一派は徹底的に洗い出され、処刑された。

 ミネア・レイトナも斬首を言い渡される。処刑の際にはその眼光の鋭さで処刑人が失神したとか、首に処刑台ギロチンの刃が通らず、通常だと一度で切り落とされるところを、3度もやりなおしたとか、本当かどうかわからないが信憑性のある噂が流れたりした。

 サミュエル伯爵家とレイトナ男爵家はとり潰し。

 縁者としてトリスタンの家、コーウォール侯爵家も罰を受けた。もともと絶縁状態であったこと、また逮捕を指揮したのがトリスタンだったため、罰は功績と相殺され、お咎め自体はなかったが、自主的に一部の領地を国家に返上して、しばらく侯爵も謹慎している。


 私のいつもの日常が帰ってくる。


「うーん、なんだか違うな。そうだ、こう付け足してくれ。私は死んでから、父上母上のことをことさら恋しく思っています、と」

「殿下、陛下は殿下が猫になったことをご存じないんですから、亡くなった後のことは書けませんよ」


 猫に取り憑いたアーサー王子も相変わらずだ。今は私に指示して、手紙を書かせている。婚約者だったころ受け取った手紙に両親への感謝の手紙が混じっていたという形で国王陛下、王妃陛下へ渡す予定だ。


「そういえば、事件は解決しましたけど、いつルミエラから出て行ってくれるんですか?」


 事件は解決したが、殿下は成仏しなかった。事件が解決すればルミエラが帰ってくると信じて尽くしてきた私はがっかり感が強い。


「いや、私も、なんで出て行けないのか不思議でしょうがないんだ。どうやったら出て行けるものかな」


 猫の脚で気まずそうに頬をかく。


「うーん、あのことが心残りといえば心残りだったし…」


 ブツブツ言いながら、王子はルミエラとして我が家に居座っている。

 愛しのルミエラが帰ってくる日は来るのだろうか。愛くるしい猫らしい猫を思い出して寂しくなるが、最近はもし王子が成仏したらと考えると、それはそれで寂しいような気もしている。




 私とトリスタンはたまにお茶をする仲になった。

 場所は道場の応接室だ。トリスタンの部隊の管轄で、中に入って行っても不審に思われない。外からも見えないので都合がよかった。

 トリスタンと話すとどうしても前世の口調に戻る。

 それはトリスタン《さゆり》も同じで、二人きりの時は前世の名前で呼び合っていた。


「それにしても柔道ね。柔道部だったけど補欠だったじゃない、教える方の才能があったのね」


 さゆりとは中学からの付き合いで、おおよそ何でも把握されている。把握しているのは私も同じ。中学の頃といえば、リレーのアンカーをしていたさゆりの姿が思い出された。


「運動は君の方が得意だったね」

「あなたは植物に詳しかった、今も家庭菜園やってるの?」

「ああ、立派なガラスの温室を建ててもらって、盆栽も育てているよ」

「優雅でいいわね。こっちは次の王太子不在で大変、候補が多いから護衛もたくさん必要なの」


 アーサー王子が亡くなって、犯人も捕まったが、後継者問題はまだ片付いていない。現国王は他に子がいないため、後継者を募っていた。今のところ、王弟殿下の娘たち(9歳と6歳と3歳)が最有力、幼い姫たちの年齢を不安視する人もいて、2代前に王家から別れた公爵家の私や兄も候補に入っている。


「さゆり、君がなってもいいんじゃないか。侯爵家なら格としても十分だ」

「冗談じゃないわ、町内会長でも大変だったのに。そういう器じゃないのよ。反逆者を出した家だしね。それより正太郎さんこそ、そういうの意外と向いているんじゃない」


 まさか無理だと首を振ろうとしたところ、少し離れたところでガシャンと食器が床に落ちる音がした。

 見るといつの間にか茶器を持って来ていた道場の切り盛りを任せている町娘、ケイティが食器を取り落としている。


「ケイティ、どうしたの、あなたがミスなんて珍しい」


 道場の全てをまかせられる、しっかり者の娘がミスすることはめったにない。何かに気をとられたのだろうか。

 ケイティは私とさゆりの顔を交互に見て、落とした食器はそのままに、震える声でつぶやいた。


「今、正太郎、さゆりって」


 話を聞かれていたようだ。なんとかごまかそうと思ったが、ケイティの様子がおかしい。

 ケイティは目を潤ませ、両手を口元にあてた。


「もしかして…おじいちゃん、おばあちゃん?」


 私たちには息子が2人、孫が3人いる。その中で初孫は生まれつき持病があり、長く生きられなかった。さゆりが亡くなるよりも前、10歳の若さで死んでしまった孫。名前は、


「咲…?」


 私とさゆりの声が重なった。



おわり

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おじいさんが転生したら愛猫にのりうつった元婚約者に復讐をお願いされました 皆川 @uookz

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