第二十六話 始まりにはふさわしい青


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「では、説明会を行います」


 ツクヨミが長い巻物を持って、俺たちの脇に立ってる。

 壁際にアマテラス、姉姫様が並んで、大きな広間を埋め尽くす神々が俺たちを注視している。

 人の形の神もいれば動物の神も居るし、物の形の神もいて…服も色とりどりだし目が楽しいな。


 


「我々は光と影の道標というオンラインゲームの中に、命の座標を定めた。巫女神の力により全ての神が転移し終えた事を報告する。

 ゲームマスターをアマテラスに定め、世界を統治し導くものとして会社組織を設立する。神達には事前に通知、返事を貰っているから全員了承を得ているという前提で、今回は説明会を開くことになった」


 イザナミが言っていた準備ってこれか。

 俺的には黄泉の国に研修に行った感じになるのかな。複雑だ。

 状況を上手く使って、責任者に仕立てあげられた気もする。

役に立てるなら別に構わんけど。




「ここ神界は会社の本社として使い、人と神が暮らす現世、死者がゆく黄泉の国を全てこの会社運営により支えていく事になる。


アマテラス、ツクヨミ、コノハナサクヤヒメは専務として執務の直接的な手伝いをする。

 イザナギ、イザナミはクニツクリの経験者として助言をして下さる名誉会長だ。

 御二人は社長となる紀京に感銘を受け、この会社に籍を置いてくださる。

 元クニツクリの母たる神が認めて下さった社長をみんなで支えていこう。


今後、ほかの神は同一格として扱う予定だ。

 社長である紀京、巫女、副社長の清白が全ての権限を持ち、世界の裁定者としてクニツクリを成り立たせていくリーダーだ。

 今決まっているのはそれだけだな。

名前を呼ばれたものは立ち上がって礼をとれ。

 紀京、一応日本の古来神格順に呼ぶが気にしなくていいからな。」


「はい」

俺の返事にツクヨミが頷き、名前を読み上げていく。


「スサノオ」

「はっ!紀京どの、よろしくお願いします!!」

「よ、よろしくどうぞ」


おー、あれがスサノオか。声でかい。髭すごい。もっじゃもじゃのボッサボサだが野性的なカッコ良さを感じる。


古来の神格順に言えば、上からイザナギ、イザナミ、アマテラス。

 アマテラスと誓約して神様になった、義兄弟がツクヨミとスサノオ。

神格はスサノオとツクヨミよりもアマテラスの方が上だ。


「二人とも、いちいちよろしく言わんでいい。神達は礼をしたら座れ。続いてクマノクスビ、イクツヒコネ、アマツヒコネ……」


次々に呼ばれる神様たち。

 みんな立ち上がってお辞儀してくれる。

一人一人呼ばれる度に、表情が変わるから、好き嫌いや上下の関係図も見えてくる。

あっ!うちの家にいる神様だ!わー、可愛い。小さいな。


アマテラスはスサノオ嫌いなんだな。

 ニニギを呼ぶ時のツクヨミの顔こわっ。

 イワナガヒメが呼ばれると、姉姫様も本人も嫌な顔してる。

ほーん、なるほどな。





「紀京、こんなに覚えられるか?」


「ん?問題ないぞ。

 顔色みてれば相関図も分かった。お互い嫌ってたり好きだったりするみたいだ。人間と同じだなぁ」

「そうかよ…俺はもう覚えられないな」



清白が苦笑いになった。

 記憶力だけは自信があるんでな。

 この位は大丈夫だ。


「巫女はわかるか?」

「うーん。トヨタマヒメの後は分からないなぁ。その辺は段々覚えるよぉ」


「確かに。清白と一緒に覚えればいいか」

「うん、大切なのはこの後の会議だからねぇ」

「そうだなぁ」


 手を握りたいが、さすがに我慢するか。


「慎め……紀京」

「わかってるよ…ちぇっ」


 


「とりあえず名を呼ぶのはここまで。現在ゲーム内のNPCとして配置されている者は、ゲーム内で直接社長と会ってくれ。

また、新たにゲーム内にいる人間から神に召し上げる者が生まれるだろう。

この説明会の後に、社長の助けになるものを任命する予定だ。

そして、その後に神達が皆好きなように神を名乗る形でいかがかな?紀京」


ツクヨミに聞かれて、しばし思案する。

 日本の八百万の神は、神様役に勝手に任命したり、名乗りを上げたりして結構自由気ままなんだよなぁ。

でも、イザナギが巫女にやったように…神様になるのが、いかにも光栄なようなやり方というか。押し付けるというか。

俺、そういうのは嫌だ。なんて言えばいいかな……。


 あっ!そういえば。



「ツクヨミ、決める前に一つ聞きたい。

 今役割のある…例えばだけどさ。黄泉の国にいる川上御前とかはどうなるんだ?彼女は紙の神様だよな?」


ツクヨミがちょっとびっくりして、イザナミは袖で口隠して笑ってる。

 大事な事だろ、笑うなよっ。


「彼女の場合は神殺しされては居るが、正しく神だ。命が失われても魂が神そのものだから。

 子が作れなくなるのと、現世に行けない、神界にもずっと留まれなくなるだけだ。

 黄泉の国で働いているのは彼女の意思だから、神としての資格をなくしたわけじゃない」


「そうか。じゃあこうしたらどうかな。

 まず、今持ってる神様としての役割が嫌な神は返納可能、継続も可能。今までやってきたノウハウを生かせるし、その道のプロばっかりだから出来れば継続して欲しい。でも、それが嫌なら他のやりたい物を選んでもいい。

今役割がない人間が神になれるのは、その道を極めた人だけ…。


例えばスキルを持つ俺達で言えば、スキル自体のカンスト。もしくは段位の取得を条件に神様やりたいって申請して、こっちが許可する。神様は担当の物について人や神に教える、指導員の役割を持って欲しいな。


ちなみに俺は神様を敬いこそすれ、存在だけで偉いって考えはないからな。

役割を持って働く以上は他を見下したり、蔑んだりするのはやめてほしい。

 組織の統率役が必要だからそれは設けるが、命としては対等だと思ってる。


 だから、勝手に任命したり、世話になったからってその人の意志を無視して神様にしてあげる!人を助けろ!お前の命を賭してな!とか絶対やめて欲しい」


な!イザナギ!!

 ちらっとイザナギの顔を見ると、冷や汗たらしてる。すまんて。怖い顔してごめんよ。



 

「ふ、なるほどな。では私たちもスキルを持つのはどうだ?

システム配備された時点で現担当の技術は上限に達するだろうから、そこから申請を出して、紀京達が許可する。

それならシステム上のみで対応可能だろう。書類が省けていい。

他の神になりたければ修練してそれを極めればいいしな。それこそ紀京が言う平等だ」


「お、いいアイディアだ。採用。

 もうひとつ良いか?神殺しの件について。

 神殺しをした神に対する処罰を変えて欲しい。魂自体を消すっていうやつ」



川上御前のお母さんを見ていても思ったんだよな。

 今回は川上御膳の健気な愛情で母親は改心できたが、改心しなければ魂そのものを消される。

その命が消えたならその人は何もやり直せない。やり直すチャンス自体がなくなる。


そんなの良くないだろ。

俺の発言で、ザワザワと声が広がる。

 常識として広まってるなら不満も出るだろう。


「俺一人で決めるつもりは無いから、さっきのことも含めて意見がある人、いや、神は挙手してくれ」


 


ぴっ!と数人が手を上げる。


「はい、スクナビコナさん」

「はっ!わ、私の名を覚えてるんですか!あ、あの神殺しした奴は全員魂を消されますか?」

「現状だと改心すれば輪廻に戻れるが、生命の最初からやり直しだそうだよ。改心しなければ今までは魂の消去が決まりだ」


「は、わ、わかりました」


「次は氷の神のツゲイナギさん。うちの殺氷がいつもお世話になってます」 


「よく覚えてるな。改心した神など見たことがないが、今回はどうなった?」


「今回は改心して輪廻に戻ってるよ」


「そうか。そう言うこともあるのか…はぁ。殺氷はますます可愛がってやろう」

「ふふ、ありがとな。他はないか?」


 


シーンと静まりかえる中、イザナミが立ち上がって挙手しまくってる。


 ふう。仕方ない。

「はい、イザナミ」


「チッ。最初に指名しろ。

 神殺しは改心しなければ魂を消すのが罰だが、それを辞めるとしてどのような罰に変えるのだ?」


「面倒な奴は後回しにするんだよ。

そもそも俺が提案する理由になった、川上御前の事件ってみんな知ってるのか?」


「知らない者の方が多いさ。本人は伝えてもいいと言ってるぞ」


 イザナミのやつ。俺の発言は予定調和か。予め聞いてるなんて。

 イザナミが言う通り、頷く神と、首を傾げる神達。


 


「俺知らないぞ」

「ボクもわかんないなぁ」


うん、巫女も清白も知らない筈だもんな。

説明した方が良さそう。イザナミの予定調和に乗ってやるしかないな。



「そうだな、それも含めて説明する。

 川上御前は紙の神様として、岡本川の神から生まれた。

母親は川上御前に執着して、川上御前が人に施す行いの邪魔をしたり、恨みを持って村を流したり、紙漉きの技術を研究する彼女を邪魔をしていた。

しかし、川上御前は後に功績を認められ、最終的には神社に祀り上げられた。

ただしそれは、川上御前の自分の意思で選んだことだ。母親はそれを良しとせず、母の元から子が離れることを疎んで子を殺した。……ここまではいいか?」


「そんな事があるんだな」

「自分の意思で…」


清白に頷き、呟く巫女を見つめて手を握る。

 真剣な眼差しが返ってくる。

 そうだよ巫女、色んな結末があるんだ。




「そして、先日俺が黄泉の国に行った際、神殺しをした母親が捉えられた。

市中引き回しの刑罰中に川上御前と鉢合わせして、子の方がボコボコにされたんだ。

イザナミはそれを怒って、こう、足でぐりぐり頭を踏んだ」


「うわ」

「姉様そういうところあるよねぇ」



一斉にイザナミに視線が集まる。

 そう言う事したんだぞ。反省しろ。

当の本人は何処吹く風だが、思うところはある筈だ。多分。


「川上御前がどう思ってるか、そこでわかった。

彼女は母を恨むことなく、母が自分を殺したことで神殺しの罪を背負ったことを悲しんでいた。

 子として、母を愛していたんだ。

だから話し合いをしてもらって、母親が改心した。俺が言いたいことわかるか?」


「改心が可能な者を消すのは辞めろ、ということか?」


 聞いてくるイザナミは微妙な顔だな。



「そう。命を消したら本当の意味での解決にならない。

力によっての懲罰は、本人は本当の罪の意味を知らずに終わる。俺はそっちの方が良くないと思う。

今回の件では特に、川上御前の愛の行方が無くなるところだった。

哀しみの中で暮らすのは辛い。遺された人にそれを背負わせたくはない」


巫女が、道真に対して敵としてただ戦うだけではなく…神としての尊厳を持って相対したこと。彼に対して、尊敬を持ってやった事を俺は同じようにやりたい。

 川上さんの件もそうだった。

本当の意味での救いは、力でできるものじゃないんだ。




「な、巫女がやった事と、同じことだ」

「……うん」

「道真の話か。今になって思えば、大祓祝詞はそういう意味だったんだな。巫女の祝詞がない道真は結構厄介だった。祝詞によって、道真は攻撃を受け入れてたんだな」


 あっ、そうなの?それは知らんかったけど。

でも動きを止めたってことはそういうことか。

 道真は祝詞を唱える人の声を、叶わなかった癒しを求めてたんだ。

 やっぱり巫女は凄い。ふふん。


「巫女は凄いな」

「はぁ……確かに、すごい。認める」

「んふふ」


 額を押えて俯く清白、ニコニコになる巫女。清白は下を向いてるが満足気に笑ってる。

 いいな、こういう感じで行くんだな、俺達。


 


「よく分かった。

 罪を罪と意識しないまま消えるのではなく自覚させる、本人以外の周りも救うと。

 甘い考えでいるのかと思ったが、そうでは無いようだ」


「おん?甘い考えもあるぞ。俺的には更生施設でも作れればいいなぁと考えてる。

カウンセラーや心に寄り添う人がいてさ。改心して、やり直せるのが一番いいだろ?

 そうじゃない人が出たら、時間をかけて収容、矯正する…とかかな。その辺は担当が決まり次第詰めたい」


「ふん、分かった。どうせ私が担当することになる。楽しみだよ」


おおう。そうだろうな。

 巫女がちょっと怖い顔してるぞ。


「では、人事は上層部で話し合うということで、一旦お開きにしようか」

「上層部……」




立ち上がった神達が、足を止める。

 ごめん。今じゃないって、わかってるけど……。


「紀京?」


「…世間知らずの発言かもしれん。

 役割は必要だと思うけど、上下というか、そういう物って強制するもんじゃないと思う。上層部って言葉が引っかかる」


「……ふむ?」

ツクヨミは、じっと俺の顔を見てる。


「神様ってさ、人のために何かするのが仕事だろ?

 教えたり、支えたり、助けたり。

 それってみんなが凄い神だからだし、大きいも小さいも、上も下もないと思うんだよ。

だからその、上層部とかやめないか。

 俺たちは仲間だ。並び立つ存在なんだ。

 みんなで支え合ってもっとこう、お互い高めあえる物になりたい。

社長として情けないと思うかもしれんけど、敬うってその人の行いのうえで決まるというか、行動や命に尊敬を抱く。そう言うものであって欲しい」


言っててちょっと恥ずかしくなって来た。

 これはそのうち時間が解決するだろう。

 俺達が仕事をやっていく上で、納得してもらうべきだ。

こんなふうに、定義として言っただけのツクヨミに突っかかるなんて。

俺は未熟者だな。めんどくさい子供だ。




「紀京、ボク…そういうの好きだよぉ。

 紀京が懲罰じゃなくて、救いあげるっていいよな、って言ったでしょ?ボクも、紀京も同じこと考えてるんだねぇ」


「巫女……」


もうダメだっ。我慢出来ん!!

 思わず手を広げると、巫女の方から飛び込んできてくれる。

 はー、しあわせ。大好き。



 

「やれやれ。締まらねぇな、まったく。

 神達はどう思ったかわからんが、お前らを纏めるのがこういう奴だ。

先輩の神たちが色んな意見を出してやってくれ。みんな、今後ともよろしく頼む」


 清白がぺこりと頭を下げる。

 俺達も一緒に頭を下げた。



「……それでいいと思う。青い考えが始まりにはふさわしい」

 お?ニニギがなんか言い出したぞ。


「我も、そういう気持ちだったら大切な物を失わずに済んだ。期待してるよ、紀京」

「お、おん……」



 ニニギぃーーー姉姫様とツクヨミの顔見てっ!

あーあ……初めての会議でオレはやらかした。

 

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