第二十四話 三人目の裁定者として



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清白side


事態が、どんどん悪い方に進んでいく。


 転生が次々と起こり、初日は恐ろしいほどの大騒ぎだった。何故か二日目からは友人の見た目がガラッと変わっていても、何事もなくみんな普通にしている。


 度々顔を合わせているエン、ヒョウも転生を終えたため見た目が変わったが周囲には特に何の影響もない。

 何が起きているのかは正確には把握していないが、裁定者の称号説明欄に届いたアマテラスからのメッセージで納得した。


 『成功を祈る。認識阻害しといたから!

すまんが暫くこっち来んな!いっぱいいっぱいなんだ!!』

と言う文で。ギャル語の余裕はないらしい。


 詳しくは伝えられないし、喋れないけどなんかやってるから!すまんな!と、つぶやきが聞こえた気がする。

 裁定者だからな、俺は。

 巫女に会う暇がなくて意見交換してないが、恐らく同じ意見になると思う。


 


 そもそも、美海さんの件でそんなこと気にしている余裕が無い。

 裁判は回を増すごとに意味不明な証拠が出てくる。偽造された物が出てもすぐに暴かれて、裁判自体に進行はない。


 だが、世間の目がきつくなって行った。

 偽造の証拠に騙された人達が犯罪組織の民意操作に踊らされて、次々に決起している。


 さっき掴んだ情報は、最終的に俺を打ちのめした。

美海さんが今日明日にはついに限界を迎えた民衆に焼き討ちに合うと。

 それを教えてきた情報屋達に俺は物理的にも殺されかけた。神様になっていなければ、死んでたかもな。




 紀京が居たら、本気で怒られる。

 無茶なことしてって。

 心配して優しく治してくれる。


 紀京に、会いたい。


 紀京の命のタイムリミットは明日だ。

 美海さんも監視のきつい座敷牢にその身を移された。獄炎の所じゃ、守りきれないから。

 俺は今そこに忍び込んでいる。




「清白氏!?なんてカッコしてるんッスか!大ケガじゃないっすか!!」


「なりふり構ってられないんだよ。もう、明日が紀京のリミットだ。エンに聞いてるだろ?」


 座敷牢の中、装備品を没収されて白い着物を着た美海さんが内側から格子を掴んでる。

 金髪碧眼のムキムキ美女だったが、転生が終わったリアルの姿は全然違うんだよな。




「というか、よく分かるな?俺も見た目変わってるだろ?昨日転生したんだ」


「清白氏の気配が分からないようじゃ、うちのギルドには居られないッスよ。無茶したんでしょ。なんて顔してるんスか」


 泣きそうな笑顔で、お互いへたり込む。

 はぁ、もう顔を取り繕う余裕もない。




「動画の提出が増えて、謎の体液も増えて、目撃者も増えたそうッスね。裁判を待たず、民衆にでも処刑されそうッス。

 嘘も数打ちゃ棒に当たるッスね。あの人はそれが目的だったのかな」


「あぁ。今の状態じゃそうなる。手を下すのが公式か、非公式かの違いかな」

「そうッスか」




 そう、俺たちは完全に後手に回っていた。

 相手が正規の証拠じゃないんだから当然と言えば当然だが。

 証拠の偽造を続ける犯罪組織を摘発したことで、別の犯罪組織が次々に生まれる。

 もういくつそういう組織を潰したか分からない。


 なんのために動いてたんだっけ?とエンとヒョウと……思わず笑っちまうぐらいには追い詰められてる。




 紀京を待っていても美海さんが先に死ぬかもしれない。

 巫女もそうだったが、焼き討ちに遭うなんて。どんだけそれが好きなんだよ人間は。


 巫女はどうなる?エンも、ヒョウも。奥さんたちも、無事では済まされない。

 国造りの前に自警団は壊されそうだし、そうなったら犯罪組織の奴らも解放されて皇も自由になってしまうだろうな。


 そんな世の中、あっていいのか?


 


「美海さん、あの世にでも逃げるか。紀京を追いかけて」


 ぐるぐるした頭のままで、口が勝手に喋ってしまった。俺、もう限界なんだ。

紀京が戻らないなら、この世にいる意味なんてない。



「巫女と、エンと、ヒョウと、奥さんたちも連れて。大所帯すぎるな、ウケる」


 神様って、死ねないんだろ?

 それなら、黄泉の国に行けばいい。

 きっとできる。


 古事記ではイザナギがイザナミを生きたまま追いかけていた。俺達も真似して、紀京を追いかければ…。




 あんなバカみたいな証拠品で、動画で、嘘ばかりの証言でさ。

なんでみんな騙されるんだよ。


 獄炎も、殺氷も、自警団の責任者を解任しろと言われて街を歩けば罵倒され、石が投げられる。

 今までみんなを守ってきた二人をなぜ疑う?なぜ傷つけられる?本当に分からない。

 裁定者?なんだよそれ。もう、どうでもいい。


「清白。諦めんなよ」


 


 低い声…驚いて顔を上げても美海さんしかいない。そんな声出るのか?


「ふふ、巫女の真似ッス。オイラ、諦めないッスよ。紀京氏は必ず戻ります」

「でも、でも、もし……」


 がしっと大きな手で肩を掴まれる。

 美海さんが真っ直ぐに見つめてくる。

 苦しそうに歪めてる顔なのに、どこまでも澄んだ瞳の色。



「紀京氏は、戻ります。必ず。

 言葉には言霊がやどるんッスよ?その先は口にしてはならない。巫女に散々教わったでしょ。オイラがもし、そうなったとしても何の悔いもないッス。寂しいッスけどね」


「美海さん……」


「でも、結果なんてどうでも良くないっッスか?男として、信じて貫き通したオイラ自身の意思がオイラが生きた証ッスよ。それに、紀京氏は本当に戻ってくる気がしてるッス。」

「…そうか」



 そう思いたい。

 紀京を救いたかった。

 美海さんを守りたかった。

 巫女も、守りたかった。

 エンも、ヒョウも。


 勝手に手が刀を触る。

 誰か、来た。


「清白?なぜここにいる!?」


 やべ、危なかった。

 エンだな。見慣れてないから一瞬本気で刀を抜くところだった。



 

「おま、なんて怪我してんだよ!バカタレ!」

「……ふっ、あはは!あははは!!」


 馬鹿みたいに笑えてくる。

 そのセリフ、紀京から聞きたかった。紀京…まだ帰らないのか?

もう疲れたよ、助けて。紀京……。



 

 目をぎゅっと閉じて、巫女じゃないけど。出会った時からずっと、尊敬して止まない大好きな紀京を呼ぶ。

 あいつの眠ったままの顔が目に浮かぶ。

困ったように笑う顔が、俺に突っ込まれてるのに本気で嬉しそうにしてる顔が、そして真剣な顔で篳篥ひちりきを吹く顔がぎる。


 俺が騙されて、情報屋からボコボコにされた時に紀京は初めてプレイヤーキルをした。

 誰一人として傷つけたことがなかった紀京が、俺のために人を殺したんだ。そのあとは今までに一度もそんなことしてない。


ずっと紀京が好きだ。

人として、友として、ずっと、ずっと。


「あき、ちか……っ」


「す、清白、しっかりしろ!何があったんだ。おい!」



 ガクガク揺さぶられて、目を開ける。

冷や汗だらけの獄炎。姿が変わっても見た目の印象は変わらない。

なにも、変わらない。この人も、俺は守れない。

俺じゃなくて、紀京が残っていたら違ったのに。


獄炎の顔が涙で歪む。

くそっ!くそっ!なんでだよ!なんで何もうまくいかないんだ!!


瞑目して、涙が溢れる。

パタパタと自分の傷に染みて、消えていく。


「はっ!」

ふと、鼻をくすぐる甘い香り。

桃の匂いだ!!!

紀京……?巫女か?いや、二人とも?

すぅ、とぐずぐずに溶けた頭が冷えていく。



 紀京なら、どうする?

 いつも、俺たちはピンチを切りぬけてきたじゃないか。

 紀京がいないなら、戻るまで時間を稼げばいい。やる事なんて元々ひとつしかないのに。惑わされていたのが自分自身だったと気づく。


 紀京はまだ、戦ってる。巫女が紀京を迎えに行くだろう。さっきの香り、もしかして巫女がもう紀京の中に潜ったのかも知れない。



 あの二人にできないことなんてない。

しっかりしろ、同じ称号をもらったのは俺だ。

巫女に選んでもらって、紀京とお揃いなんだ。


 俺が信じなきゃダメだ!

巫女から貰った薬を舐める。あっという間に傷が塞がる。これで、まだ戦える。



「エン、美海さんの処刑に来たやつがいるんだろ?」


「うぉ。ビビった…。正気に戻ったか?民衆が徒党を成して押しせてる。美海を殺そうってな。もう時間がねぇ。自警団が押えてるが、数が多すぎる。美海を逃がそうと思ってここに来た。」


「俺と同じか」


「えぇ?そんなことになってたんスか?やばぁ」

 美海さん呑気だな。

 まぁでも概ね予想通り、情報通りだな。


 


 ピロン♪


 メッセージ音。三つだ。

 手紙のポップを押す。


「紀京の中に潜る。連れて帰るから、待っててね。 巫女」


 


 やっぱさっきのは気のせいじゃなかったんだ。

俺たちは、繋がってる。

嬉しくて、引っ込めた涙がまた出そうだ。


「クソっ!ヒョウに連絡する!二人とも動くなよ!」


「オイラは出られないっすよぉー」

「美海さんは出られるだろ」

「バレてたっスか」


美海さんがバキバキバキバキ!と音を立てて、牢獄の木枠を壊す。

筋力マックスなの知ってるんだからな。全く。



 エンがびっくりしながら囁きを通じてヒョウに話しかける。

 恐らく、美海さんを逃がすつもりなら巫女のところに行ったはずだ。

美海さんの装備を手渡し、俺も着替える。

 残しておいた敏捷特化の初期服だ。陰陽師らしいだろ。


「巫女のところに行ったら、もう潜った後だったそうだ。二人とも裸ん坊で息してねぇって言ってる」


 服脱がないと潜れないのか?移動は布団で簀巻きにでもするしかないな。

 美海さんだけを逃がしたところで、巫女のところに人が行くだろう。皆で誰も来られない所へ行かなければならない。


 いい場所があるんだよ。俺達しか、入れないあそこが。強くなったからさ。猛毒なんか、効かなくなったんだぜ。



「よし、じゃあ引っ掻き回してやろう!俺めっちゃ良いこと思いついた!!」

「は?おい、まじで頭プッツンしたのか?」


「あぁ、プッツンした。

 紀京の帰りを、全員で待てる場所が一つだけある。エンも美海さんもよく知ってるはずだ」



 ぽかんとするエンと美海さん。

あの二人…匂いだけで俺を助けるとはな。

これで、ちゃんと帰りを待てる。


三人目の、裁定者として。





━━━━━━


紀京side



「紀京!あとこの書類、決済印押しテ!」

「はいはい」

「あとこっちにサイン!」

「多いな!まだあるのか!」



 冷や汗をかきつつ、川上御前に言われるがまま書類をやっつける。

 俺のタイムリミットギリギリまでこき使うとか、どんだけなの!?ていうか間に合うよな!?

 変な汗が出てくる。よし、後ちょっとで終わるぞおおお!!!


「できた!川上さん!もうないよな!?って…アレ?」


 


 顔を上げると、真っ黒な空間。

え、なにこれ。ここはどこ?私は誰??

まさかタイムアウトした?嘘だろ?!


「まだ間に合うよ。紀京」

「ほ?イザナミ?タイムアウトした訳じゃないのか?」


「そう、もうすぐ迎えが来る。私達も、準備が整った」


 


 ぴと、と背中に柔らかいものが当たる。

またこのパターンか。


「肉まんが当たってるんだが」


「当てているんだよ、紀京。少しはドキドキしたらどうなんだい?」


「しないよ。分かってるだろ?数日とはいえ毎晩一緒にいたんだから。俺は巫女にしかドキドキしないの」


「チッ。つまんない男だね」

「てかここどこだ?準備ってなんの準備?」


 耳元で、フッ、と笑いが落ちる。

やめて。違う意味でゾクゾクする。



「ここは黄泉の国の入口。天と地の境。これから大騒ぎになるからね。いや、もう始まっている。偉い人は後から合流するのがセオリーだ。全てがここから始まるんだよ。新しい神話の始まりさ。

 私と、イザナギは静観する予定だったが私は本当に紀京が気に入った。私もクニツクリに参加しよう。手伝ってあげるよ。一応、経験者だ」



 

 大騒ぎ??後から合流???

なんの事なの??マジでわからん。

 というか、イザナギには説教する予定だから会えるなら好都合だな。

手伝いは助かるけど、ううむ。


「あぁ、来たね」

「あ……ぁ……」



 ふわふわと桃の香りが広がる。

目の前に一筋の光が落ちて、その上空から…俺が…ずっと会いたかった…抱きしめて、キスしたかった神様がやってくる。


 白い髪がふわりと広がり、小さな足が真っ黒な地面に波紋を広げて着地する。

 閉じられた瞼がゆっくりと開き、グレーの目が星を纏ったかのように輝き、揺らめく。


「紀京……」

「巫女!!!」


 イザナギの腕を振りほどき、足がもつれつつ駆け寄って、手を伸ばし、小さな体を抱きしめる。


「巫女!みこ!!会いたかった」

「ボクも。紀京、お迎え遅くなってごめんね」


「顔見せて。あぁ、ちゃんと見える。かわいい…」


 


 そっとかかんでキスを交わす。

やっとキス出来た。

胸の中にほわほわした温かさが満ちてくる。なんて幸せなんだ……。


「紀京、痛いところない?大丈夫?」

「ない。もうどこも痛くないし、巫女が来たから精神力も満タンだ。」


自分からも巫女からも、涙がこぼれる。

俺たち泣き虫だな。


 


「良かったぁ。痩せたね、紀京」

「巫女もだろ。ご飯食べれなかったのか?」


「紀京も食べてないって思ったら、食べれなかった。何もかも、紀京と一緒がいいよ」

「うぅ……巫女ぉ……」


 ぎゅう、と抱きしめて、お互いの体温を伝え合う。ずっと心がそばにいたのに、何百年も離れていたような気持ちになる。


 


「おーい。そろそろいいかな」


「静粛に。俺たちは今大変重大な再会シーンです」


「そうは言ってもね。私たちも含めてアマテラスやツクヨミ、ほかの神たちがお前たちを待っているんだよ。大騒ぎはもう始まっていると言っただろう?」



「……姉様……」

「オオカムヅミ、久しいね。めんどくさいから巫女と呼ぼう」


「はい。姉様が紀京を返してくれないから、取り戻しに来ました」


 


 おぉ?巫女……怒ってる?敬語だし。


「ふふ、怒っているね。巫女にしては珍しい」

「紀京から姉様の匂いがします。紀京はボクのだから。あげない」


「み、巫女!?ジェラシー?嫉妬?独占欲??」


「そうだよぉ。紀京はボクの。誰にもあげない。姉様にも絶対だめ」

「うぁ…こんなの、はじめてだ……」


 ぷくーっと膨れた頬っぺ。なんて可愛いんだ!!この顔、見てみたかったんだ。


 これが本家だ!かわいい!胸がドキドキする。嫉妬されて、こんなに嬉しくなるものなのか。うわぁぁ。

 はっ……あれ?


 巫女の背中をぺたぺたと触る。

 ツルツルしてる。えっ???


「やっ、擽ったいよ紀京」

「なんで裸なの?」


 足元から熱が立ち上がって、顔が一気に熱くなる。俺真っ赤になってる。多分。


 


「紀京の中に入るには服脱がないとなの。紀京のも脱がしてきたよ?」


「へぁ…本当に裸なのか?」

「うん。裸でくっついてる」


「……!!!」


 手の力が抜けかけて、慌てて巫女を思い切り抱きしめる。

だめだ!!離れたら見えてしまう。

とてもじゃないが正気でいられる自信が無い。


 


「ひゃっ。もぉ、そこくすぐったい」

「あわわわ!ど、どうしたら!?離れたら見えちゃうし!!」


「まったく。目も当てられないね。私がさんざん大きなおっぱいで誘惑したと言うのに。何だいその反応は」


「姉様はこっち来ないで」


「ふん。嫌だね。私は紀京が気に入ったんだ。大騒ぎにも乱入してやる。クニツクリも手伝ってやる」


「それはツンデレなのか?いや、デレツン??訳分からん」


「紀京、リミットが近いの。早く戻らないと。とと様のところにも行く」

「お、おう。わかった」


「ふふ、また後でね、二人とも。」


 

 

 あぁ、また巫女のほっぺが膨らんでる。

 かわいいなぁもう。

 あっ!そうだ。


「イザナミ。川上さんに、よろしく伝えてくれ。世話になったし。あと、ゾンビたちにも」


「わかったよ。あの子たちはお前に懐いていたからね。そのうちそちらに送る。楽しみにしてるといい」


 こくり、と頷き、巫女と見つめ合う。

 まだ膨れてるほっぺを両手で包むとぷきゅ、と空気が抜ける。


「巫女、行こう」

「むう」



 

 巫女がぴったりくっついて、足先が地面から離れる。

 おおー!!!


「あいきゃんふらい!」

「ぷふっ。なあにそれ。相変わらずだね、紀京」

「面白かったか?」

「んふふ。うん」


 ゆっくり上がっていくが、どこが出口なんだろう。



「紀京、浮気した?」


「えっ??し、してないよ。イザナミにはドキリともしてないぞ。俺がそうなるのは巫女だけだ」

「うん。分かってた。やっと会えたねぇ……」


「ごめんな、待たせて」

「ううん。……さて、紀京。覚悟はいい?」


「ほ?」



「これから僕たちが行くのは世界の終わり、そして始まりだよ。

大騒ぎのお祭り騒ぎ。覚悟してね」


巫女が微笑み、ウィンクを飛ばしてくる。



「はひ……」


 俺のハートは撃ち抜かれた。

 そりゃもう、ど真ん中に命中だ。

ふよふよとだよう空中に、真っ白な光が広がっていく。


 世界の終わり、ワールドエンド……そして始まり。


 大騒ぎの始まりか。



 よし。ここからが本番だぜぃ!!




 

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