私は階段

尾八原ジュージ

私は階段

 男みたいな筆名で小説を書いていたら、いつの間にか知らない女に本気で片想いされていたらしい。友人のゲーム実況動画に参加して肉声を晒した日の深夜、私のSNSのアカウントに『騙していたんですね』から始まる長文のDMが届いた。

『最初はあなたの小説のファンでした。でもそのうちあなた自身のファンになって、本気で恋してしまった。これ程ひとを好きになったことは一生のうちで一度もありませんでした。いつかあなたに一目会えることを信じて、つまらない日々を生きてきたのに、女性だったなんてあんまりです。いっそあなたを殺して私も死にたい』

 失恋したこと自体は可哀想だと思うけれど、こちらとしては騙したつもりもなければ、思わせぶりな態度をとったこともない。三十代半ばで薄給でチビでガリのブスにそこまでの恋情を抱いてくれる人が現実には一切現れる兆しがないことを思えば、ほんのちょっと有難いような気がしなくもないけれど、さりとてどうにもできず、相手をブロックして日常に戻ったおよそ一ヶ月後、突然夜道で知らない女に背中を滅多刺しにされて、私は死んだ。

 犯人は案の定、私に恋してしまったという例の女だった。彼女は泣きながら私の死体を車に乗せ、ひっそりと焼いて砕いて骨粉にした。それからそれをコンクリートミキサーに放り込み、市販のコンクリと一緒にぐるぐる回して、最終的に彼女が住まう一軒家の玄関の前の小さな階段にしてしまったときには、正直その技術と熱意に恐れ入った。

 DMでは死にたいとか言っていたくせに、女は未だに生きていて毎日私を踏む。家を出る時に踏み、帰宅と共に踏む。どういう気持ちでそうしているのか、私にはわからない。時々彼女は私に腰掛け、慣れない様子で煙草を吸う。煙草の銘柄は生前私が吸っていたものと同じで、覚えててくれたんですかと尋ねてみたいけれど、私はもう階段なので何も言えない。

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私は階段 尾八原ジュージ @zi-yon

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