第32話 約束

これはまずいぞ、いや美味いのだが。


いやいや、そういうことじゃなくて……この弁当めちゃくちゃ美味い。


俺好みというか男好みというか、とにかく美味い。


一度食べてしまったら、次も欲しくなってしまう。


はっ、もしやそれが狙いか?


先ほどの狙いとは別に、俺を餌付けして何か大きな要求をするのでは?


「この腹黒聖女め……恐ろしい奴」


「ちょっと、殴るわよ? 何よ急に」


「弁当が美味くて困ってるんだよ」


「へっ? ……ありがと。じゃなくて、何が腹黒なのよ?」


「こんな美味いものを食わせて、俺を籠絡しようっていうんだな?」


「ろ、籠絡なんてしないわよ!」


「そうなのか。まあ、それならいい」


ひとまず、美味いので食べ進める。

すると、あっという間になくなってしまった。


「は、早いわね……しかも、結構量があったのに」


「そりゃ、美味いから。ただ、少し足りないくらいだな」


「あれで足りないのね……なるほど」


「作ってもらった身で贅沢なことは言わん。さて、まずは何がお望みだ?」


借りは早く返すのが俺のモットーだ。

いつのまにか積み重なって返せなくなる前に。


「お望みって……何からがいいのかしら?」


「何からって、どんだけあるんだ?」


「えっと……料理のレパートリーを増やしたり、行ったことない場所に行ったり、一人じゃできないこと……」


「味見役に、護衛に、遊び相手ってことか。なるほど、わかった」


確かに、それらは相手がいないとできない。

下手な男子に頼むようなら、変な勘違いをされるだろうし。

その点、俺なら安心というわけか。


「い、言い方……」


「ん? 何か間違ってたか?」


「ま、間違ってないわよ。あと、もう一つ頼みというか……」


「ふむふむ、なんだ?」


「……勉強を一緒にやって欲しいの。というより、教えて欲しいなって」


「……嫌味か?」


方や学年二位の才女、方やギリギリ五十番代の俺。

どう考えても、教わるのは俺の方になる。


「ち、違うわよ」


「じゃあ……ははん、俺に勉強を教えて借りを増やす気か?」


「うっ……」


「なるほどなるほど」


そうして、借りを増やして何か大きな要求を……って言っても何か分からんが。

それに……別に困るようなことないか。


「ほ、ほら、貴方って国語の成績だけは良いじゃない? というより、古典といった方が良いかしら?」


「だけっていうなし。というか、なんで知ってる?」


「大体の生徒の成績は把握してるわ」


「こわっ」


「と、とにかく! 私は唯一の弱点は国語なのよ。というわけで、私は他の科目を教えるわ。貴方は、国語を教えてちょうだい」


……交換条件ってやつか。

それなら借りにはならないから良いか。


「わかった、そういうことなら」


「これで口実が……」


「ん? どうした?」


「いえ、なんでもないわ。そしたらファミレスとか……私、あんまり行ったことないから」


そういや、カラオケも行ったことがなかったくらいだ。

一体、どんな人生を送ってきたんだか。


「それじゃ、ファミレスで勉強でもすれば一石二鳥だな」


「そういうことになるわ。貴方は、何曜日が空いているの?」


「木金土日以外だったら、前もって言えば空けられる。つまり、月火水は基本的に平気だ」


「そうなんだ……それじゃあ、明日にしましょう」


「了解。んじゃ、空けとくわ」


俺は久々のまともな昼飯に満足して、午後の授業を受けるのだった。







その日の放課後、俺が日直を終えてから教室を出ていくと……廊下で生徒会長である横山と、清水がいるところに出くわす。

眼鏡をかけた優男で、しきりに清水に話しかけている。

清水は書類の束を持っているが、奴は気にした様子もない。


「ところで、次の試験はどうだい?」


「うーん、どうかなぁ」


「じゃあ、俺が勉強を教えてあげようか?」


「ううん、勉強は自分でやるものだから」


「そう? 放課後とか、俺は時間あるんだけど。別に休みの日とかでもいいし」


「そうかもしれないね。でも、別に一位が取りたいわけじゃないから」


その顔は笑っているが、今の俺にはわかる。

あれは、相当にイラついている。

しかし、無理もない……相手は如何にもなマウントを取った態度だ。

何というか……好きになってもらいたいならアレでは駄目だろう。


「まあ、女の子だしね。二位くらいの方が可愛げもあるか」


「うん、そうかも」


「それより、勉強とは関係なく出かけたり……あっ、最近は新しい趣味を見つけてさ」


そんな会話に、清水はニコニコしながら頷いていた。

それにしても……随分と一方的に話しかけてんな。

好きだというのはわかるが、あれでは駄目だろう。

お姉さん方も、好きならまずは相手の話を聞くことが大事と言っていたし。


「清水さん、ちょっといいか?」


「逢沢君っ……クラスメイトが呼んでるから行くね」


「ちょっ……」


制止を振り切り、清水が俺に近づいてくる。

俺は一瞬だけ、目線で相手に威圧をかけた。

すると、横山は目を逸らして去っていった。

俺はそのまま、誰もいない教室に清水を引っ張り込む。


「平気か?」


「あ、ありがとう……別に頼んでないのに」


「お節介だったらすまん」


「そ、そんなこと……ほんと、私って可愛くない……困ってたから助かったわ」


「そうか、それならいい。しかし、随分と一方的だったな」


側から見てたことはあったが、ああして会話をしてるのは初めて聞いた。

アレでは、清水でなくても逆効果だろうに。


「そうなのよ。いつも、あんな感じで……学年一位の俺が教えてあげるって。そもそも、貴方がろくに仕事をしないから私に負担が来てるっていうのに……! そりゃ、貴方は大したことしてないから時間はあるでしょうね……!」


「お、おう?」


「……ごめんなさい、愚痴って」


「いや、吐けるものは吐ける内に吐いた方がいい。それを我慢すると、それすらも言えなくなることがある」


俺の母さんもそうだったし、お姉さん方も言っていた。

感覚が麻痺してきて、自分が溜め込んでることに気づかなくなるとか。


「……そうかもしれないわ。でも、どうやっていいかわからない」


「別に今みたいのでいいだろ。ところで、その書類はどこに持って行く?」


「えっ? これは職員室に持っていくアンケートよ」


「んじゃ、行き先は一緒だな。ほら、職員室行くぞ」


俺は書類の山を清水から受け取り、代わりに軽い日直帳を渡す。


そして、教室を出て歩き出すのだった。




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