第4話 提案

午前中の授業を受け、昼休みになる。


俺は悟に挨拶をして、いつもの定位置に向かう。


体育館の裏にある物置小屋に登り、そこで購買で買ったパンと飲み物を食べる。


そして片手でスマホを操作して、漫画を読み漁る。


基本的に夜はバイトなので、この時間は安らぎの時間でもある。


「ほーん、色々と更新してるな。さて、どれから読むか……っておい」


「……そこにいるのね」


「いや、いない……にゃー」


「だから、全然似てないけど?」


「うっさい。んで、聖女様が何の用だ?」


倉庫の下には聖女様がいて、こちらを見上げている。

というか、睨みつけている。

本当に、先ほどまで隣いた女の子だろうか?


「べ、別に用ってわけじゃ……ただ、貴方はいつもここにいるの? それはどうして?」


「どうしてって……まあ、一人になりたいからだな。というわけでお帰りください」


「嫌」


その顔には力があり、有無を言わせぬ迫力があった。

……だが、ここで引くわけにはいかない。


「……俺も嫌なんだけど?」


「貴方ばかり仮面を捨てて、一人になれてずるい。私だって、たまには外したいし」


「そんなことを言われてましても……俺にどうしろと?」


「私もそこに登りたい」


「……登ればいいのでは?」


「む、無理に決まってるじゃない……手伝ってよ」


悔しいことに、照れながらいう様にはどきっとする。

本当に、無駄に顔だけはいいからな。

……これは決して、顔が良いからとかではない。

このままだと、俺の昼休みが終わってしまうからだ。


「はぁ、わかったよ……よっと」


「えっ? ……二メートル以上あるのに、軽く降りてくるのね」


「ん? まあ、これくらいならな。ほら、ささっといくぞ」


時間は有限なのだ。

こうしている間にも、俺の貴重な休み時間が減っていく。


「ど、どうしたらいいの?」


「肩車がいいか、それとも抱きつくか?」


「ど、どっちも嫌よ。スカートだし、抱きつくのは……」


「まあ、そりゃそうだな。ただ、他に方法が……仕方ない、踏まれるとしよう」


「ど、どういうこと? 何をしてるの?」


清水が動揺する中、俺は倉庫の前にしゃがみ込み準備をする。


「いいからさっさと俺の肩に足を乗せろ。そしたら、俺が立ち上がる。そこからなら、自力で登れるだろう」


「あ、貴方が上を見たらパンツが見えちゃうじゃない!」


「そんなもん見るか。別に俺はアンタを上げる義務はないのだが?」


とにかく、早くして欲しい。

俺は食べながら漫画を読みたいのだ。


「……わ、わかったわ、頼んでいるのは私の方だし。ただ、絶対に上を見ないでよ?」


「へいへい、興味ないから平気だよ」


「それはそれで腹がたつわね」


「どっちだよ? 見て欲しいなら見るが?」


「そ、そんなわけないでしょ!」


「なら早くしてくれ」


すると、恐る恐る俺の肩に足をのせる。

それを確認したら、下を向いてゆっくり立ち上がる。


「どうだー? 届くか?」


「い、いけるかな? ……えいっ……いけたわ!」


「おっ、そうか。んじゃ、俺も戻るとするかね」


木をパパッと登り、倉庫の屋根に行く。


「さっきも思ったけど身軽なのね? 体育の授業とかでは、全然そんな感じしないけど」


「そりゃ、そうだろ。いつも手を抜いてやってるし」


「ふーん……その理由を聞くのはフェアじゃないわね」


「そういうこと。それはお互い様だしな。ただ、ここにくることすら契約違反というか……」


「別に、ここにくることに関しては何も約束してないわ。したのは、お互いことは黙ってようってことだけ」


「……そういや、そうだったな」


しまった、俺としたことが。

ただ、清水がまたくるとは思ってなかったし。

さてさて、何が目的なのやら。

俺はひとまず学ランを脱いで、清水の前に置く。


「えっ?」


「そのまま座るのはまずいだろ? 俺の学ランでよければ使っていい」


「わ、悪いわ」


「いや、さっき肩を踏んだから変わらなくない? とにかく、早く食べないと休み時間なくなるし」


「……それもそうね。じゃあ、有り難く使わせてもらう」


大人しく俺の学ランの上に座り、お弁当を風呂敷から取り出す。

ようやく落ち着いたので、俺も再び食事を開始する。


「……聞いてもいい?」


「ん? ああ、答えられることなら」


「何を見てるの?」


「ん? 大体、ラノベ漫画とかネット小説だ。たまにネトフリでアニメとか」


「ふーん、そうなんだ。そういうのって見たことない。周りにも、そういう人いないし」


「そりゃ、聖女様の近くにいるような方は見ないかもな。ジャン○とかマガジ○なら別だが」


大体が、リア充と言われるような奴らだろう。

もちろん、知ってる人もいるだろうが……女子受けが悪いから、わざわざいう奴もいないだろうし。


「それなら知ってる。そういうのって、面白いの?」


「さあ? 人によりけりじゃね? 個人的には面白いと思って見てるけどな」


「ふーん、例えばどういうところ?」


「自分じゃない誰かが、知らない世界で冒険したりとか。言いたいことを代わりに言ってくれるとか……まあ、俺はそんな感じだ。なにせ、こうして不自由な生活をしてるもんで」


日々バイトや家のこと、母親のことで精一杯だ。

俺だって遊びたくないわけじゃない。

だから、こうした物語を見ることで消化しているのかもしれない。


「……そういう気持ちならわかるかも。自分じゃない誰かが、代わりにとか」


「まあ、普段は猫をかぶってるしな?」


「それはお互い様でしょ?」


「そりゃ、そうだ。ただ、清水ほどじゃないさ。よくもまあ、あんな完璧にできるな」


「それはそうよ。相当頑張ったんだから……少し疲れちゃったけどね」


その表情は、俺の記憶にある……とある姿と重なる。

俺の罪悪感であり、ずっと後悔している思い出だった。

別に、こいつに対して贖罪しても仕方ないが……見てられんねえな。


「……清水さえ良ければ、いつでもここに来ていいぞ。ただ俺が本を読むのを邪魔しないならな」


「えっ? ……いいの?」


「ああ、別に話くらいなら聞くさ」


「そ、そういう手口? 言っておくけど、私はそんなつもりはないから」


「はっ、もう少し大人になってから出直してこい。俺の好みは綺麗なお姉さんなんでね」


実際問題、清水くらいの猫かぶりは可愛いもんだ。

こっちは普段から、もっと猫をかぶってる人たちを相手にしてるし。


「むぅ……なんだかむかつくわ」


「おいおい、どっちだよ。男に好かれたくないんだろ?」


「それはそれ、これはこれよ」


「へいへい、そうですか」


心地よい風が吹く中、チャイムが鳴る直前までそんな会話をする。


不思議と邪魔とか、嫌な気分にはならなかった。









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