第3話 聖女の力で席替え

 電車を降りて学校に着いたら、一番後ろにある窓際の席に座る。


 そこが俺の席で、席替えがある五月の中間テストまではここに居られるから助かる。


 横と前にしか人がいないので、関わる人間を最小限にとどめることができるからだ。


 その席から生徒達がわちゃわちゃとしてるのを、他人事のように眺める。


「優馬君、おはよう」


「悟か、おはよう」


「相変わらず前髪重くない? せっかく男前なのに」


「いいんだよ、これで。それより借りた漫画読んだけど、結構面白かった」


 悟とは一年の時から同じクラスで、あることがきっかけで仲良くなった。

 言い方は好きじゃないが、いわゆるオタクって奴だけどめちゃくちゃいい奴だ。

 この学校でまともに話す数少ない一人で、俺の偏見を変えた人物でもある。


「ほんと!? どの辺が!?」


「うーんと、チートを持ってるけどむやみに使わないところとか」


「うんうん! そうだよね! 強くても威張ったりしないし……君みたいに」


「俺はそんな大層なもんじゃないさ」


「ほんと、相変わらずだね。あっ、清水さんだ」


 視線を向けると、清水がこちらに向かってくる。

 どういうことだ? こいつの席は前の方だったはず。

 そのまま、何故か俺の隣の席に座る。


「おはよう、逢沢くん、河合くん」


「お、おはよう……あれ? そこの席に座るの?」


「うん、代わってもらったの。前から佐々木さんが一番後ろで黒板が見えないって言ってたから。幸い、私は授業はついていけてるし」


「へぇ〜相変わらず優しいし、成績学年トップだけあるね」


「ううん、そんなことないよ」


 穏やかに笑っているが……俺にはわかる。

 これは、俺を見張るためにきたに違いない。

 ……喋ったらわかってるわよね?という無言の圧力を感じる。


「ど、どうしたの? 逢沢君、私のことそんなに見つめて……」


「い、いや、なんでもない……あはは」


「二人ともなんか変な感じ……」


 俺は背中に冷や汗をかきながら、努めて冷静を装う。

 すると、ちょうどいいタイミングで三浦先生が教室にやってくる。


「ほらほら、席につけー。全員いるなー? いなかったら先生困るぞー」


「先生! 適当すぎ!」


「ちゃんと確認をしてください!」


「相変わらずっすね!」


 ボサボサの髪にヨレヨレのシャツ着たおっさん……ていうと怒られるが、それが二十九歳の三浦先生の印象だ。

 俺からすると、また違った見方になるんだけど。


「ったく、うるさい奴らだ。まあ、見た感じ空席はなさそうだ……ん? 清水、席を変えたのか?」


「はい、先生。佐々木さんが以前から黒板が見えないと言っていたので。私は裸眼で2,0ありますから。事後報告ですが、よろしいでしょうか?」


「私が困ってたら聞いてくれたんですよー!」


「うぉー、めちゃくちゃ優しいな」


「でも、前の席じゃないと姿が見えないなぁ」


「俺、隣の席だったのに……仕方ないか」


 相変わらずの人気と信頼度である。

 誰も、俺を監視するためだとは思うまい。

 これが日ごろの行いってやつか……恐ろしい女よ。


「はいはい、静かに。まあ、そういう理由ならいい。相変わらず、出来たやつだこと」


「いえいえ、私も一番後ろにはなったことなかったので」


「そうかそうか、では生徒の監視でもしてくれると俺の仕事が減る」


「それはご自分でやってくださいね?」


「こいつはまいった」


 そこで生徒達から笑い声が漏れる。

 誰もそのことについては否定的なことは言わないどころか、それを賞賛している。

 普通なら一悶着ありそうな案件だが、学園の聖女様の名は伊達じゃないってことか。


「流石の優馬君も、清水さんには見とれちゃうんだ?」


「あん? 何を言ってる?」


「いや、ずっと見てたから」


「あれは……まあ、顔はいいわな」


「顔って……中身は?」


「いいんじゃないか? んなことより、漫画の話だが……」


 俺はわざと話をずらし、授業が始まるまで話し込む。


 隣で聖女様が、俺を見ていることなど知らずに。



 ◇


 ……い、今、顔がいいって言ったの?

 別に、それくらいは言われ慣れてるし。

 なに、この変な感じ。


「……席替えだって、あの子のためにしたんだし」


 たまたま、それがあって席替えを提案しただけであって、決して彼の隣に座りたいとか……誰に言い訳してるんだろう。

 ただ、昨日のあの日から彼の顔が離れない。

 私の素の姿を見せても、変に思ってなかった。


「……変な人」


 昔から私は清楚だとか、大人しそうとか言われてきた。

 そして、自分を出すといつも言われた……イメージと違うって。

 結果的に女子の反感も買うし、男子からも陰口を言われたり。

 だからこそ、知り合いのいない学校にきた。

 ここでなら、やり直せるかと思ったから。


「……でもあんまり意味なかったかな」


 結局、我慢ばかりしてストレスは溜まるし。

 女子からのヘイトも買ってる。

 男子を振ってばかりで、一部では色々と言われてるはずだし。


「だからこそ……」


 彼の言葉が気になった。


 幻滅もしないし、そのままで良いんじゃないかって。


 なのでわざわざ、席替えをしてもらった。


 逢沢君か……ちょっと面白そうな人。

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