山の小話

@yoleafy

山の小話

 ぼくは山へ行った。

 山登りが、ぼくの趣味だからだ。

 山にはミミズがいた。

 ミミズはモグラに話しかけていた。

「ねえ、どこにいっているの、モグラくん?」

「キミを食べるために、いまここにいるんだよ」

 そして、一口でモグラはミミズを食べてしまった。なんということだ。

 ぼくは、理不尽に思った。

「ちょっと、やめろよ」

「何だよ」

 モグラは、長いその鼻をクンクンと犬のように震わせて反論した。

「おれは、生きるために食ってるんだ。というより、これしか食うものがねぇんだよ、地下には。それとも、俺に餓死しろと言ってんのかよてめえは?」

 ぼくは、なにもいえなかった。

「じゃあな、ニンゲン。万物の霊長さん。分かったろ? じゃ、おれは、ずらかるぜ」

 まったく釈然としない思いが、胸の中に詰まる。

 まるで、毒の霧のようだ、これは。詰まって、汗とともに噴き出そうだ。

 ただの、畜生のくせに。

 独り毒づいた。憎しみすら覚えたほどだった。あんな畜生、はなから相手にするんじゃなかったんだ。

 山道を進む。

「ねえ、ニンゲンさん。浮かない顔して、どうしたのよ」

 上から声がした。空中だ、ぼくのすぐ頭上の。

「きみ、アゲハチョウだよね。そんな羽の色で、自意識過剰じゃないの」

 ちょっとストレートすぎる質問だったかな、女の子に対してこの言い方は。いや、そもそも、この子は女の子――なぜだか、メスとは言いたくない――なのだろうか。口調は、女の子を彷彿ほうふつとさせるけど。

「べつに。あなたほど、そんなところに気がつくなんて、ちょっと自意識過剰なんじゃない?」

「どういういみ?」

「なんで、いきなりわたしの羽の色に質問したのよ」

 まったく意味がわからなかったけれども、彼女の質問の切り返しには、はっとさせられる部分があった。でも、どう答えたらいいのか、わからない。質問を変えよう。

「きみは、食べられることが怖くないの」

「そりゃ、怖いわよ。クモとか鳥とか、特にね。でも、しかたないことなの。わたしたち、ただの虫けらだから」

 そういって、彼女は飛び去っていってしまった。

 やはり釈然としない思いが、ぼくの頭を、よぎる。

 さらに山道を進む。

 今度は、カエルだ。

「どうしたの、満足げな顔をして」

 こちらから話しかけることにした。

「どうしたの、って、さっきチョウチョを食ったところなんだよ」

 チョウチョ、って――。

「アゲハチョウだよ。うまかったなあ。鱗粉りんぷんが舌で転がる感触、羽が破れる感覚。三日ぶりのメシだぜ。あれは、たしかにうまかった。死に際なんて、『やめてよ』なんて必死に言うもんだから、余計に――おい、どこ行くんだよ、ニンゲンさん?」

 足早に、カエルを無視して歩を進めることにした。

「おい、あんたらニンゲンだって同じだろ。どれだけのもの食ってんだ?」


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