第14話  温かい手と長い足

 家までサリダに送ってもらうと、デシルはパーティーの主役であるミラドル宛の伝言を使用人にたくし、レセプシオン伯爵家の馬車に乗った。


 コンドゥシル男爵家に向けて走る、馬車の外はまだ明るいが… 太陽が沈み始め、空は綺麗な薄紅色に染まっている。


 進行方向に背を向けて、デシルの向かい側に座り、サリダは窓の外をながめていた。

 そんなサリダの美しく整った横顔に、デシルはうっとりと見惚れてしまう…。 



「・・・・・・」

 うわぁ…! 本当に素敵な人だぁ… サリダ様は… とても優しくて、オメガの僕に威張いばったりしないし… こんなに素敵な人と婚約したのに、アオラ様は何が不満だったの?! 伯爵家の家格が低いと言っても… レセプシオン伯爵家は、王都では有名な武門の家系だと僕でも知っている名家だから、公爵家出身の花嫁ぐらいもらっても、少しもおかしくないと思うけどなぁ? 僕のうちよりも、裕福だし…

 要は、王家の血が入っているか、入ってないかの違いぐらいしか、無いように思えるけど? 僕には、上位貴族の考え方が本当に理解できないよ?!


 熱心にデシルが見つめていることをサリダが気づき、2人の目が合う。


 ニコッ… とサリダに微笑まれ…


「・・・っ!!」

 ううっ……?! サリダ様に見られてしまった?! 恥かしいっ!


 恥じらいを感じ、あわててデシルはパッ…! と下を向く。


「・・・・・・」

 だけど今度は、馬車が揺れる度にデシルの膝にコツンッ… コツン… と触れる、サリダの長い足が気になり… ぽか~んと口を開き、まじまじと見つめた。


 わあぁ~… 長い足! 僕と同じ人間だとは思えないよ! サリダ様は僕のお父様よりもずっと背が高いから、足もそれだけ長いんだねぇ?

 お父さまと身長があまり変わらない、フリオよりもたぶん、長いよねぇ? 同じアルファなのに、やっぱり騎士だからかなぁ?     

 僕の手をにぎった手もすごく大きかったし、僕の手のひらと比べると、大人と子供ぐらい差がありそう!

 レセプシオン伯爵家の人たちの身体は、みんなこんなに長くて大きいのかなぁ? 


 デシルは自分の手をにぎったり、開いたりして、サリダの手をチラリと見る。



「ふふっ…!」


「ん…?」

 向かい側の席から笑い声が聞こえ、デシルが顔をあげると… サリダがおかしそうに笑っていた。 


「私の足がどうかしたのか?」


「う…っ!」

 ひゃっ! サリダ様にバレてたの?! はしたないオメガだと思われてしまうかな?! 嫌だなっ! 

 サリダの足を夢中で見ていたデシルを… サリダはずっとニヤニヤと笑いながら見ていた。


「君は見かけと、中身の印象がまったく違うんだな?」


「え?」


「パルケ(ミラドルの兄)に、君を紹介してもらう前に、パーティー会場でしばらくの間、君を見ていたんだ… その時私は… 少し間違った印象を君に持っていたから、君と初めて話した時は少し無礼だったかもしれない」


「え?! サリダ様が無礼… ですか?! そんなこと少しも感じませんでしたよ?」


「そうか?」

 初めて見た時、着飾ったデシルの見かけの派手さに、アオラと同じたぐいの、甘やかされた高慢こうまんなオメガか? …と、サリダは思い違いをしたのだ。

 応接間に移ってからは、サリダも自分の思い違いだとすぐに気付いたが。


「はい」


「・・・・・・」

 サリダは苦笑を浮かべた。


 サリダがいう無礼とは… いわゆる慇懃無礼いんぎんぶれいという態度で、表面的には丁寧だが、実は尊大そんだいな態度でデシルに対応していたのだ。

 だが、デシルは社交経験がとぼしく、サリダの無礼な態度に気づかず、逆に礼儀正しいと感じてしまっていた。



「ああ、そうか! サリダ様が言いたいことがわかりました! 僕は婚約者に無視されるみじめなオメガだとバカにされたくなくて、少し派手な服やアクセサリーで1人の方が、羽をのばしてパーティーを楽しんで見えるように、着飾って来たので…」


「なるほど、そういうことか! デシルは賢いなぁ!!」


「はい、サリダ様にはそう見えたのでしょう? だったら、僕の作戦は大成功でしたね!」

 ニヤリとデシルは笑って見せた。


「あれには上手くだまされたよ!」

 長い手をのばして、サリダは揶揄からかうように、デシルの顎をこちょこちょと指先でくすぐった。


「ひゃっ…?!」

 また、胸をドキドキとさせながら、顔を赤くしてかちかちに固まるデシル。


「ふふふっ・・・ こんなに恥ずかしがり屋のデシルが… おかしいと思っていたんだ! 今まで君は、こんなに苦労をしてきたんだな? えらいぞデシル!」

 サリダはデシルの顎をくすぐるのを止めて、大きな手のひらで小さな頬を包み、少しカサついた太い親指でなでた。



「////////////」

 大きくて温かい手… サリダ様にこのままずっと、触れていて欲しいと思うのは… ふしだらかなぁ…?


 真っ赤になった頬をサリダになでられ… いたわりの言葉をもらうと、なぜかデシルの瞳が熱くなり、また涙で潤みそうになる。


 本当はすごく辛かったのに、見栄を張ってそんな努力をしていることを、デシルは恥かしくて誰にも言えずにいた。

 同じ境遇きょうぐうにいるサリダにだから、恥じらいを感じずにデシルは言えることが出来たのだ。


「・・・・・・」

 僕が… この人の婚約者だったら、良かったのに!



 馬車に揺られながら、デシルは頬にあるサリダの手におずおずと触れた。

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