第13話 心の距離

 『帰りの馬車を用意させる』 …そう言って、サリダが応接間を出て行った後、1人残されたデシルはフゥ―――ッ… と長いため息をつく。


 まだ熱く感じる頬に、てのひらで触れて… 自分を落ち付かせようと静かにデシルは目を閉じた。


「んんん~… 驚いたぁ…! 胸がまだ、ドキドキしてる」

 いきなりサリダ様が、僕の指にキスするし! そのうえ目にも!! 本当に驚いた! 驚き過ぎて、すごく混乱してしまったし…

 

 デシルはもう一度、フゥ―――ッ… とため息をつき、目を開く。


「・・・・・・」

 …でも、少しも嫌な感じではなかったかなぁ…?

 先日一人で参加した、従兄弟の婚約パーティで会ったアルファにも、いきなり手を取られてキスされたけど… あの時はもっと嫌な気分だったのに?!



『ねぇ、君! こんな、つまらないパーティなんか抜け出して、どこかへ遊びに行かないか? 1人で寂しいだろう? もっと楽しいことをしよう?』


 思い出すと背筋がゾッ… として、嫌悪感でデシルの身体はぶるっ… と震えた。


「・・・っう!」

 あの時は僕の身体をジロジロとやらしい目で見られて、あんな風に言われたから、すごく気持ち悪かった!

 でもサリダ様のキスは… もっとさわやかで、僕に対する親しみを感じたからかな? …それに、サリダ様から僕を慰めようとする、気持ちも伝わってきたし… とにかく… 僕の頭の中が真っ白になるほど、驚いたけれど…




 手の中にある、サリダが貸してくれた、涙で濡れた白いハンカチを… 綺麗に洗ってから返そうと、デシルは丁寧にたたみ直して、上着の内ポケットにしまった。


 ローテーブルに置いてあった、アオラに関する調査報告書も折りたたんで、ハンカチとは反対側のポケットに入れる。

 サリダに持って帰って良いと言われたから、デシルは調査報告所を父親にも、見せるつもりだ。



ガチャッ…! と扉が開き、サリダが帰って来た。


「待たせたなデシル、帰ろうか!」

 ソファに座るデシルに、サリダが手を差し出した。


「はい」

 デシルは自然とサリダの手につかまり、立ち上がると… そのままエスコートされ廊下へ出る。


 いつもなら、親切なエスコートの手を差し出されても、醜聞しゅうぶんを避けたくてデシルは断っていたが… フリオの裏切りに傷ついたデシルは、そんな自分が嫌になり気にするのを止めた。 





「・・・・・・」

 着痩きやせして見えるらしい、サリダの太く長い腕につかまり、デシルはエスコートされながらゆったりと歩く。

 隣を歩く背が高いサリダを見あげると… デシルは不思議な気分になる。



「どうした、デシル?」

 デシルの視線を感じたサリダに、見下ろされた。


「…サリダ様が… 今日、初めて会った人とは思えなくて…」 

 いつの間にか、こんなに親しみを感じているなんて、不思議! 付き合いの長いフリオよりも、すごく心が近い気がする…

 僕が大泣きしても、置き去りにしないで、ずっと側で見守ってくれていたからかも、知れないけど…



「ああ… そう言われれば! 私もいつの間にか、君には友人に対するのと同じ、砕けた態度になっていた… すまない!」

 ぽりぽりと指で頬をかきながら、サリダが苦笑した。


「いえ! 僕のほうこそ年下ですし、まだ成人前の学園生だから… サリダ様が嫌でなければ、僕は構いません!」


「そうか?」


「はい!」


「なら、このままで… たぶん、これから何度も私たちは会うことになるだろう… お互いの婚約者のことで」


「ええ…」

 “婚約者”…と聞き、苦い気分になったデシルも、苦笑を浮かべた。


「君とは… もっと平凡へいぼんな理由で、出会いたかったよ」


「平凡な理由?」

 デシルは首を傾げた。


「変な婚約者なんて、お互い存在しなくて… 普通にパーティで友人に紹介されて出会う… そんな平凡な出会い方さ!」


「ああ…! 本当にそうですね… 僕もそんな平凡な出会い方が、良かったなぁ…」


 

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