第2話 添い遂げる

 大仙山の山頂に、今週も陶器の包みを持った白季がやってきた。

 英舞はまだ到着していないらしく、しばらく周囲の景色を見渡した。


 人間族の国がある東の平野と西の盆地、彼の住む蒼龍山と鳳族が暮らす鳳凰山。いずれも絶景というほかない。

 仕事で張り詰めていた気持ちを解きほぐすにはうってつけの場所だった。


 いつも英舞が現れる刻限になったが、彼女はやってこなかった。

 もしやお父上が体調を崩されたのだろうか。英舞自身が風邪でもひいたのかもしれない。毎週隣で話し合った英舞が姿を見せないだけでも、白季は気を揉んでしまう。

 待ち続ける白季をめがけて、三人が空を羽ばたいて飛び降りた。


 すぐさまかわすと、三人は翼をしまって白季を取り囲んだ。

「貴様か、姫をたぶらかす男というのは」

 その言葉に思い当たる節はなかった。少なくとも鳳族の姫と付き合ったことはない。


「人違いじゃないのか。僕は英舞さんを待っているだけなんだけど」

 正面の男が指を突きつけてきた。

「英舞様の名を軽々しく口にするな。下郎が」


 英舞様。もしかして英舞が鳳族の姫なのか。しかしそれならなぜ僕と逢っていたんだろうか。龍族と鳳族は接触を禁じられているはずだけど。

「聞くところによると、貴様は陶器職人だそうだな」

 目の前の男が追及を続ける。

「ええ、そうです。これをご覧ください」

 白季は今日も腰かけに置いた包みを解いて、陶器を七つ並べていく。

「なるほど、確かに陶器職人に違いないな」

 どうやら納得してくれたようだ。そう白季が思ったところで男たちは陶器を砕き始めた。


「ちょっと待ってくれ。なぜ陶器を壊されなきゃならないんだ」

 すべて砕かれたあとで、先ほどの男が口を開いた。

「わが鳳族にも専門で取引している陶器職人がいる。貴様のような下賤の者から陶器を買う必要なんてありはしないのだ」


 力作を粉々にされて行き場のない怒りを抱いた白季は、男の言葉が頭にきた。

「下賤とはなんだ。僕はこれでも誇り高き龍族の一員だ。仮に英舞さんが鳳族のお姫様だったとして、釣り合いがとれないはずもないじゃないか」

 その言葉に鳳族の男は間髪を入れなかった。

「貴様、龍族の者か。鳳族と龍族は接触を固く禁じられている。貴様は姫とわかっていてあえて接触していたのか。それなら今ここで殺されても文句は言えないな」


「知らなかったんだ。英舞さんが鳳族のお姫様だったなんて。いや、鳳族とも思っていなかった。てっきり人間族の女性だと」

 不敵な笑みを浮かべる男は、腰に佩いた剣をすらりと抜き放つ。

「知らなかったで済むと思っているのか。世の中知らないでは済まされないことがあるんだよ」


「本当なんだ。まったく知らなかった。じゃあ彼女の父親は鳳族の王様なのか」

「ああ、そうだ。だが、それがどうした。辞世の句を詠むならさっさと済ませるんだな」


 英舞が鳳族の姫。そして父親は王様。

 彼女と一緒の道を歩むのは不可能だというのだろうか。彼女の存在が白季のよりどころとなっていただけに、彼女なしの人生など思い浮かべさえもできない。


「言い残すことはないようだな。では死んでもらおうか」

 気がつくと、残りふたりも抜剣している。逃げ道を塞がれたも同然だ。

 彼女との楽しい時間が永遠に失われるのは心残りだが、守り抜くなんて言ってもこの三人には通じないだろう。おそらく僕を殺すために派遣されたのだから。


「待ちなさい、三人とも」


 凛とした声が山頂に響きわたる。聞き慣れた声色だが、いつもよりも威厳のあるように感じられた。

「英舞様、なぜこのような場所に」

 小走りに白季のそばまでやってきた英舞は、三人の囲みの中へ入った。


「お下がりください、英舞様。この龍族の男がしらばっくれようと、鳳族の姫と時間をともにしたことは許されざること。それは龍族の掟でも同じはず。鳳族と龍族は不倶戴天の敵なのです」

 指揮官と思しきひとりの切っ先に自らの喉元を押し当てるがごとく英舞は歩を進めていく。


「彼が龍族と知ったのはずいぶんと後になってからです。それまでは彼を人間族だと思っておりましたから。私も自分が鳳族だとは白季様に話しておりません」

 毅然とした態度で白季の眼前に立ち尽くしている。

「だから彼に罪はないのです。罪があるとすれば身分を偽った私です。さあその刃で私を切り刻みなさい」


「え、英舞様。しかし、われらはその男を殺すよう命じられているのです。英舞様を害するなどできようはずもございません」

「あなた方に誰が頼んだのかは存じませんが、白季様に傷ひとつつけるなどこの私が許しません」

 見事な覚悟だ。自らの危険を顧みず、白季を救うと決している。

 しかし龍族と鳳族が手を取り合って生きていけないのであれば、白季は後悔しながら残りの人生を歩むしかなくなる。


「わかりました。もしあなた方が僕を殺して解決するというのであれば、ここで殺されても致し方ありません」

 その言葉に英舞は思わず彼へ振り返りかけた。


「ほう、貴様、決心がついたのか」

「僕の心の支えは英舞さんだけだった。彼女と会えなくなるのなら、いっそ死んだほうがましだ」

 諦めが漂う表情で白季はつぶやいた。

「では英舞様、そこから離れてください。この男を殺して見せしめと致しますゆえ」


「許しません」

 英舞はキッと唇を引き締めて、烈火のごとき視線を目の前の男に浴びせかけた。

「彼が死ぬときは、私が死ぬときです。もし彼を害そうものなら、私もここで果てるのみ」

 固い決意をたたえた瞳が、その場にいる者を圧倒していく。これが鳳族の姫の力だというのだろうか。


 白季はそんな英舞の後ろから声をかけた。

「いや、英舞さんは生きてください。僕が生きられなかったぶん、あなたに生きてもらわなければ殺されても浮かばれません」

 その言葉に驚いた英舞は、思わず背後を振り返ってしまった。

「そんなことをおっしゃらないでください」


 彼女がそう告げたとき、鳳族の戦士三名は白季に剣を突き立てた。

 悲しそうな笑みを浮かべていた白季は、口から血を吐き出すとその場にくずおれた。

「白季様、白季様、そんな。こんなことって」

 骸から剣を引き抜いた三人は、血振りして剣を納めた。


「さあ英舞様、陛下のもとへ戻りましょう。こやつはあなた様が人生をともにする男ではなかった、ということです。それを察したからこそ、こやつは死を選んだのです」

 剣の刺し傷から血がとめどなく流れ出て、あたりが赤く染まっていく。そこに膝を落とした英舞は、血の気の失せた彼に唇を合わせると、指揮官の男から剣を奪い取った。


「英舞様、なにをなさるのですか。あなた様ではわれわれには勝てませんぞ」

「あなた方に勝つには、倒す必要などありません。こうするのみです」

 そう言い放つと、剣先を自らの腹に押し当てて、そのまま体重をかけていった。

 その体勢のまま大地へと突っ伏した。


「英舞様、姫様。なにをなさるのですか」

 慌てた三人は、すぐに英舞を起こして剣を引き抜き、薬草を取り出して傷口へ詰めていく。


 そこへ力の入らない英舞の声が聞こえる。

「助ける必要はありません。私は彼と添い遂げるのです。白季様が死ぬときは私が死ぬときだと申したはずです」

 その声を聞きながらも、なお手当てを止めなかった三人の前に、ひとりの男性が厳かな雰囲気を醸しながら降り立った。

「陛下、なぜこのようなところへ」

 三人は英舞への手当てもそこそこに、国王へとひれ伏した。


「英舞」

 国王は血を流して倒れる娘に近づいていく。

「父上様、私はこのままこの方と添い遂げます。邪魔はなさらないでくださいませ」

「陛下、この男は龍族です。このような下賤の者と英舞様を付き合わせるわけにもいかず」

 すでに出血の途絶えた男の骸に向かって手を合わせた国王は、彼の手をとって娘の手に重ねた。

「すまなかった、英舞。お前がそれほどまでに思い詰めておったとは夢にも思わなかった。すでに事切れておるが、お前の望むようにしてやろう」

 その声が聞こえたのか、英舞は薄く笑むと力を失った。


「陛下、申し訳ございませんでした。われわれが気を抜かなければこのようなことには」

「いや、この男は最後まで英舞を支えておったのだ。おそらく始めからこやつが死ねば後を追うつもりだったのだろう。それほどまでに思える男と出会えたのだ」


 国王はただ上空を眺めていた。まるでふたりの魂が天へと還るのを見守るように。


 その後、龍族と鳳族は和解し、ふたりの慰霊碑を大仙山の山頂に立てることで合意した。





 ─了─

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