第二章 03「行方」

「これで全員かな」


盗賊が寝ぐらにしていた砦の一角、木製の檻に監禁されていた女性達を解放していく。

「ひーふーみー…十六人か」

人数を数えるアカリの前では、リアが女性達の首と手脚に付けられた拘束具を外している。

各自に状態を確認したが怪我人は無く、栄養状態も悪くはなかったようだ。


- とはいえ、精神的には深い傷だよな…


各々、リアに感謝の気持ちを伝えているものの、表情からは疲労が伺える。

拘束されていたのは女性のみ。男が一人も居ない事から皆誰かしらを失っているだろうし、攫われてからは盗賊共の慰み者にされていただろう。仕方が無い事ではある。


「この後どうするの?」

女性達を解放し終えたリアが寄ってくる。

「もう時間も遅いしな。ここで一夜明かして、朝になったら下山しよう」

「うん、分かった。…この人達も落ち着く時間が必要だしね」

「だね」

方針が決まり、リアがそれを解放した女性達に説明した事で、ようやく彼女達から安堵の表情が垣間見れた。



宿営の準備をリアと女性達がする事になったため、アカリは建屋に寝かせたままになっていた女性の元に向かう事にする。


盗賊の頭が居た部屋に近付くと物音と共に小さな悲鳴が聞こえ、見るといつの間にか目覚めた女性が部屋の隅で震えていた。どうやら盗賊の頭に驚いたらしい。

「ごめんごめん。場所を移しとけば良かったね」

「…あ、貴女は…」

「ご覧の通り、盗賊じゃないよ。傭兵組合の依頼を受けて懸賞首のソイツを狩に来た正義の味方」

「ああ…私、ここから出れるんですね…」

ようやく自分が助かった事に気が付いた女性は深々と頭を下げた。

「助けて頂き本当にありがとうございます…この御恩は一生忘れません」

「いいよ。あんたも無事…って訳じゃ無いだろうし」

「…ええ。でもこれで地獄の様な日々が終わるのです…感謝に絶堪えません」

「…そっか。名前は?」

「ユリアと申します」

アカリは女性に手を差し伸べる。

「じゃあユリアさん、下山するのは明日の朝だ。向こうで食事の支度してるから、今はゆっくり休んで」

アカリの言葉にユリアは涙を浮かべ、その手を取るのだった。



アカリがユリアを連れて戻ると、丁度炊き出しが終わって女性達にスープが配られているところだった。

玉ねぎっぽい野菜とジャガイモっぽい野菜に謎肉の干物を突っ込んだシンプルな野菜スープだが、食べ始めた女性達は皆涙を浮かべている。

聞くところによれば、盗賊から出される食事は毎日茹でた芋だけだったらしい。この芋、栄養価は高いが味がほとんど無い事で有名だそうだ。盗賊はそんな芋をただ茹でただけで食べさせていたらしく、まともな味がする食事は数週間から人によっては一ヶ月ぶりらしい。


「…そりゃ涙も出るわな」

「ええ…皆、ずっと耐えてましたから…」

アカリの前で食事を摂るユリアが頷く。

「あそこの二人のような商品価値が高い生娘に出される芋は、味が無いだけで食べられる物なのですが…私達みたいな既に男を知っている身に出されたのは本当に食べられた物じゃありませんでした…」

「ん?何でそっちの違いで食べ物変えてんの?」

「私達は盗賊達の夜伽の相手をさせられてました…。なのでトラディル草を一緒に煎じられた芋を与えられてましたから…」

「あー…そーゆー事ね…」

アカリの隣で話を聞いていたリアが納得したように頷く。

「ん…どゆこと?」

「アカリは知らないか。トラディルは堕胎薬の原料になる毒草よ。煎じて飲むと避妊薬にもなるの」

「ああ、そーゆー」

納得するアカリ。

「アレ、やたら苦いらしいのよ…それに薄めてるとはいえ毒は毒よ。そんなの毎日じゃ身体にもよくないわ」

つまり盗賊共は女性達の商品価値を下げる事なく自らの欲望を満たすために、彼女達に更なる苦痛を与えていたという事だった。

「それでも皆一月程で売られていくので、苦い芋とは離れられるのですが…私は頭目に気に入られてしまったが故に、もう三月もここに囚われていて…恐らく生涯子を成せないでしょうね…」

そう暗い表情で俯くユリア。

「マジでどうしようもないね。やっぱ殺して良かったわ」

そんなアカリの言葉にユリアは儚げに微笑んだ。

「でも地獄から救って頂いただけで充分ですよ、アカリさん」

彼女の痛々しい姿に、盗賊死すべしとアカリは改めて胸に刻む。


「えーっと…ところでユリアさんは王都の出身ですか?」

重い空気にリアが話題を変えた。

「ええ。どうして王都だと?」

「んと、何処となく訛りの無い言葉遣いとか落ち着いた物腰とか…貴族様だったりするのかなーって思いまして」

そう言われてみればと、アカリはユリアを観察する。

今は盗賊に乱暴に扱われ生傷だらけで汚れてもいるが、元々は白い柔肌なのだろう。野外活動とは無縁の生活を送ってきたのが想像出来る。

「いえ、貴族ではありませんよ。私の本名はユリア・リッドハンド。リッドハンド商会というしがない商家の一人娘です」

「リッドハンド商家って知ってます!前に私の出身の村に行商でいらっしゃった事があります」

「あら、それはご縁がありましたのね」

ユリアは少し嬉しそうに微笑んだ。

「我が商会は行商の元締めを生業にしていますから、きっと誰か店の者が訪れたのでしょうね」

「その商家の娘さんがどうして盗賊の虜囚に?」

そんなユリアにアカリは申し訳なさげに尋ねる。

「…発端は四月前、父が病で亡くなった事です。商会の頭取を母が引き継いだのですが、男性でない事を不安視した大口の取引先が一方的に取引の停止を通告してきました」

「男じゃないからって…そんな理不尽な…」

ユリアの不遇にに、リアが同情する。

「商会内の取りまとめに奔走する母が直接出張る事も出来ず、代わりとして私が東の港町、プレルアンに出向いたのです。しかしその帰り道で盗賊の襲撃に遭い…」

「成る程…それ以来ここに囚われてたのね」

誘拐されて三ヶ月以上彼女の消息が不明では、きっと商会を継いだ母親は辛い想いをしている事だろう。

「ええ。商隊で生き残ったのは女である私と、もう一人だけでした」

「もう一人?ここにはもう居ないのか」

「ええ、若く美しい方でしたので直ぐに奴隷商に売られてしまいました…。あの方はたまたま街道で道に迷われていたのを馬車に乗せて差し上げたのです。…今思うと、私達に出会わなければ、あの方も奴隷に身を堕とさずにいれたものを…本当に申し訳なく、ずっと罪悪感で苦しくて…」


ふとユリアがアカリを見て首を傾げる。

「あの…」

「ん?」

「アカリさんとリアさんはとても珍しいデザインの服装をされていますよね?」

急に二人が着ている異世界の女子高生制服に関心を示したユリアに、アカリは直感的な不安を覚えた。

「…急にどうしたの?この服に何かある?」

「いえ、何処か遠くの国の民族衣装か何かなのかと思いまして。私と一緒に囚われてしまった方も、似たような可愛らしい服を着ていたので、もしや同郷の方だったらと…」

それを聞いたアカリの表情が強張る。リアもそれに気付いたのか、心配そうにアカリの太腿に手を添えた。

「…アカリ?大丈夫?」

「…うん。ユリアさん、その子の名前って分かる?」

「いえ、名は聞いていなかったですね…」

「じゃあさ、その子の服装はどんなだった?詳しく教えて欲しいんだ」

「え、ええ。確か上はアカリさんが着ているのとは違って肩まである大きな襟が付いていて…ボレロと違って不思議なデザインだと思ったのです。あとアカリさん達もですが、短いスカートがその…とても扇状的と言いますか…とにかく印象に残っていたのです」

大きな襟、つまり彼女が見たのはセーラー服の事だろうとアカリは考える。


アカリが異世界に飛ばされた時、セーラー服を着ていたのは二人。リサリサとプリンだ。となるとこの二人の特徴で、分かりやすく異なるのは身長だろう。

「身長は?俺くらいあったかな?」

「ええ、アカリさんよりも少し高かったかと思います」


- 私もまだだし、今度二人で見に行かない?


ニコッとデートを誘ってきた最後に見た笑顔が脳裏に浮かぶ。

アカリのチームで最古参にしてムードメーカー、そして一番仲の良かった女性。

「…リサリサだ」


- 嘘だろ…?


仲間もこの世界にいるという事実よりも、彼女が奴隷として売られた可能性にショックを隠し切れない。

「…ユリアさんごめん、辛い過去を思い出させるようで申し訳ないけど、リサリサ…その森で出会った彼女の事、詳しく話してくれると助かる」

いつになく真剣な眼差しでアカリは頭を下げる。

「たぶん、その子は俺の友人なんだ」

「ええ、構いません。アカリさんは恩人ですし、私もあの方の事は気になります」

そう言ってユリアは三ヶ月前の事を語るのだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜


ついに仲間の一人の消息に辿り着きました。

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