第一章 21 「冒険者組合」

ダンドルンはカルドニア帝国との玄関口として栄えた貿易都市だ。その為、街には多くの商人や行商人が訪れて賑わいを見せている。

帝国は伝統的な工業国であり、武器や鉄材などが輸出されている。対してフェルロン王国は大規模な穀倉地帯を有する農業国であり、穀物が主要な輸出品だ。それらの交易品は、一度ダンドルンを経由して両国間をやり取りしているという。


そんな商都には市場が幾つかあるその一つ、工芸品取引などが盛んなオーレライ市場をアカリ達は歩いていた。

「うー…何か恥ずかしいんですけど…」

リアが唸る。彼女はアカリの腕を掴んで歩いていた。

「うん、めっちゃ注目されてるな」

美少女二人が物珍しい異世界ファッションで可愛く着飾っているのだ。彼女達が歩けば花魁道中の如く皆振り向き注目する、そんな状況だ。

特にリアは今までこんなに注目される事は無かったからか、自分が案内すると街に繰り出した時の勢いは何処へやら、今は怯えたウサギの様にアカリにくっついている状態である。

「ま、可愛いってこーゆー事だよ。いいじゃん、そのうち慣れるさ」

「慣れたくない気がするんですけど…」

「それよりもリア。冒険者組合は何処?ちょっと依頼を出したいんだよね」

「うん?ああ、仲間が居るかもって話?」

「そう。俺と一緒にこの世界に来てる可能性があるからさ。冒険者への依頼ってそんなんもイケるんだろ?」

「うん、人探しの依頼とかも確かにあるって聞いた事あるわね。えっと、市場の先だったと思う」

旅の目的の一つ。アカリの仲間である四人、もしくは他のGCFプレーヤーがアカリと同じく転生していないかを調べる為に、二人は冒険者組合に向かった。



「ここがそうか」

冒険者組合の建物は立派な屋敷の様な外観をしていた。その建物には如何にも冒険者という格好をした人々が出入りしている。

「…何かこの格好でここ入るの、気がひけるのよね」

「大丈夫。俺がついてるよ」

玄関扉を開くと中は広々したホールになっており、まさに漫画に出てくるまさに冒険者組合といった様子だ。

「おお〜、これぞファンタジー」

ホールに足を踏み入れると、中にいた冒険者達が一斉にアカリ達を見た。ガタイの良い冒険者の姿勢に「ひぃ⁉︎」とリアが小さく悲鳴をあげる。


「何だあの女共…見ねぇ顔だな」

「凄え可愛いじゃねえか」

「おいおいおい右の女、エロい格好しやがって…あの脚舐めてぇ」

「高級娼婦か?高そうだな」


「こ、怖いよ…アカリ…」

口々に卑猥な事を言い合う荒くれ者達にリアはドン引きである。

「キニシナーイ。男なんてそんなもんだろ」

そう言うと、リアの手を牽いて受付らしき場所へ移動する。


受付には数人の職員が居て、一人の受付嬢が笑顔で出迎えてくれた。

「こんにちは、ようこそ冒険者組合へ!」

「こんにちは。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「はい、何なりと。ご依頼でしょうか?」

「冒険者組合って各地に支部があるって聞いたんだけど、ここで纏めて依頼を出したり出来る?」

「可能ですが…どういった依頼でしょうか?」

「端的に言えば人探し。でも何処に居るか分からない連中を探したいんだ」

「…成る程。確かに依頼を出す事は可能なのですが、問題が幾つかあります」

「それは?」

「冒険者組合は大陸中に支部がございますので、それらに依頼を掲載する事は可能です。しかし、大陸は広大でして…大陸中に依頼が回り切るのに半年は掛かるかと思われます。また、依頼が出回り、探し人が見つかったとしても、その情報がもたらされるのも同じ時間が掛かると思ってください」

「…成る程ね」

電信手段の無い文明レベルでは仕方がない事だろう。

「俺がこの街から別の街に移動してた場合って、どう情報を受け取るんだ?」

「それは各地の冒険者組合で受け取る事が出来ます。まあ、そこに依頼達成の知らせが届いていれば、ですが」

「年単位になるな」

「はい。あと、こういった依頼は情報募集系の依頼となるのですが、その場合、先程の理由から依頼人からの報酬支払いが迅速に出来ません。その為、情報提供者には組合で立て替えて支払いますので、依頼を掲載する支部数に応じて報酬を前払いして頂く決まりです。当然、依頼完了後に過払金は手数料を差し引いた上で返金いたします」

「それって凄くお金掛かるんじゃないかしら…」

リアが驚いた様子で尋ねる。

「そうですね。全支部となると三百ちょっとございますので。勿論、報酬金は任意ですが、金額が低いと誰も依頼に興味を示さないと思います」


- 正直、割に合わない。つっても大陸を当てもなく探し回るのも非効率だしなぁ…困った。


「相場は幾ら?」

「こういった依頼は概ね銀貨二百程度が相場かと」

「えっ⁉︎依頼出すの⁉︎」

飛び上がるリアにアカリはまさかと笑う。

「少し考えてから決めるさ。オネーサンありがと」

そう言ってアカリが受付を離れようとした時だった。


「やあ!お嬢さん達、何かお困りの様子だね?」

声を掛けられ振り向くと、そこには金髪碧眼の美男子が笑みを浮かべて立っていた。


- 何コイツ…


甘いマスクのイケメンでナルシスト丸出しの態度。

どれを取ってもアカリがこの世で一番嫌いなタイプの男であった。

「人探しと聞こえたが、僕は世界を股にかける冒険者。きっと君たちの助けになるさ!」

「ヤクト様、こちらの方々はまだご依頼を出されておりません」

少し困った様に受付嬢がナルシストを諌める。が、当の本人は気にした様子も無く、勝手に話を続けた。

「しまった、僕とした事が自己紹介がまだだったね。僕は銀等級冒険者のユージン・ヤクト、ここダンドルンを拠点に大陸中の高難易度依頼をこなすパーティー、『純潔の薔薇団』のリーダーさ‼︎」

片手を額に当てるニヒルなイケメンポーズを決めて名乗るナルシストことヤクト氏。そのパーティー名も滅茶苦茶ダサいというかセクハラ紛いだった。

「…受付さん。銀等級冒険者って?」

相手にするのも面倒なので受付嬢に訊ねる。

「あ、はい。組合では冒険者を実績や実力を鑑みて木、鉄、銅、銀、金、白金の六等級に分けているんです。銀等級は概ね実力はある冒険者と思って頂いて大丈夫です」

「…ふぅん…実力ねぇ」

アカリは大変冷めた目でヤクト氏を見る。

彼の背後には四人の女性冒険者が控えているのだが、どの子も美女、美少女である。恐らく彼のパーティーメンバーだろう。


- ハーレムパーティーかよ…


何だか同じ空間にいるだけで吐き気を催す相手だと、アカリは溜息を吐いた。

因みにリアも同意見の様で、どこかげんなりした様子でアカリの腕にしがみ付いている。

「それにしても君たち凄く可愛いね。どうだい?相談を受けてあげるから一緒に食事でもしようじゃないか」

十中八九、ナンパ目的である。

不思議なのはリーダーが他の女にうつつを抜かしているのに、パーティーメンバー全員が何も言わずにいる事だが。

「…あのさ、ナンパするなら一人の時にしろよ。女連れの胡散臭い男にひょいひょい着いてく尻軽にでも見えんの?」

アカリの辛辣な態度にヤクトの美顔が盛大に歪んだ。

「…随分な言いようじゃないかい?まあいいさ…そこのキュートなエルフの娘はどうだい?一人でも歓迎するよ?」

諦めずリアにウィンクしつつ声を掛けるが…

「え、私も遠慮します」

即答である。

またしてもヤクトの顔面が歪む。

「…この僕の誘いを断る…と言うのかい…?冗談だろ?この僕が、誘ってやってるんだぞ⁉︎」

「…あんた、耳が悪いみたいだからハッキリ言えば伝わるかな?嫌なのでサヨナラ、バイバイナンパ野郎、これで伝わった?」

「なっ…⁉︎」

彼の雰囲気が一瞬で変わる。先程までの取り繕ったイケメン感は無くなり、悪き感情丸出しだ。

「こ、この…糞アマあああ‼︎ 」

怒りに身を任せてアカリに殴り掛かるヤクトだが、その拳をアカリはヒョイっと避け、その腕を掴む。

間髪入れずに彼の股間を目掛けてアカリの右脚が動く。それは見事な金蹴りだった。

「ひゅっほおおお⁉︎」

空気が抜ける様な情け無い叫び声と共に股間を抑えて蹲るヤクト。ここで初めてパーティーメンバー達が声を上げた。

「ユージン様っ⁉︎」

女性達が悶え苦しむパーティーリーダーに駆け寄る。その中の一人が顔を真っ青にして非難してきた。

「あ、貴方達…なんて事をしてくれたんですか‼︎」

「はあ?何言ってんの?手を出してきたのはあんたらのリーダーだろ。あんたらこそ、こんな奴庇う必要ないんじゃね?」

「ッ⁉︎」

何処かバツの悪そうな表情を浮かべる女性はそれ以上何も言わなくなり、ヤクトの介抱に注力しだす。


- 気のせいかな…リーダーを心配してというより…


その態度にアカリは違和感を覚えたが、面倒ごとな気がして考えるのを中断した。

「…リア、行こう。気分悪りぃ」

「うん、そうね」

そう言って冒険者組合を出て行こうとする二人。

一部始終を遠巻きに見ていた冒険者達の視線が、まるで悪魔に出会ったかの様に恐怖に彩られていた。

「…や、やべえぞあの女」

「ヤクトの野郎が悪いが…大丈夫かアレ?」

「金玉蹴るとか…悪魔の所業だぞ‼︎」


- …やり過ぎた〜


反省はしないが後悔はするアカリであった。

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