第一章 19 「地雷系エルフ」

それからの道中は比較的順調に進み、夕刻にはアカリ達はダンドルンの街に辿り着いた。

街道の先には巨大な城壁とその門があり、その先にはヨーロッパの城塞都市の様な街並みが広がっていた。

「おおお‼︎」

アカリはその光景に興奮を隠せないで、感嘆の声を上げた。

「すっげー、ファンタジー世界だわマジで」

「なんか嬉しそうね」

「そりゃね。前にも言ったけど、やっぱ俺がいた世界とは全然違うからね」

ここまで戦闘ばかりのハードな異世界ライフだが、新たな景色はアカリの心の癒しだ。


一行が城門に近付くと衛兵が慌てた様子で駆け寄って来る。それに合わせてワッズが一足先に馬を進めて衛兵に名乗る。

「我等はカルドニア帝国バレンリア公閣下の巡察団である‼︎この場の責任者を至急呼ばれたし‼︎」

名乗りを聞いた衛兵は青褪め、詰所に向かい走っていく。その詰所から衛兵と共に立派な口髭を蓄えた役人が駆けてきた。

「わ、私が城門管理官長のドルトアで御座います‼︎こ、これは一体何事にございますか⁉︎」

ドルトアと名乗った役人は、公爵一行の様子に慌てふためく。

「巡察中、正体不明の賊の襲撃を受けたのだ。死傷者が出ている故、至急医者の手配をせよ」

「な、何と‼︎直ぐに手配致します‼︎」

「それと閣下は帝国領事館に滞在なされる旨、領主殿に伝えよ!」

「ははあ‼︎」

最早、涙目のドルトアは命じられた事をこなすべく走っていく。

そんな滑稽な姿を憐れむリア。

「本当は私達もあんな感じになる立場なのよ?アカリ」

「やだよ、格好悪い」

身も蓋も無いアカリの一言に、リアは盛大な溜息を吐いた。



ダンドルンの街に在る帝国領事館はてんやわんやの大騒ぎだった。

元々、バレンリア公爵が巡察の為に訪れる事は予定されていたのだが、その一行が管轄内で賊の襲撃を受けて死傷者多数という事態である。誰もがその異常事態に慌てふためくのは無理もなかった。

特に総領事であるラーゲンは責任問題に発展するのではないかと処刑台に登る様な気持ちでいた。


「何という事だ…」

王国側の伝令から報告を聞いたラーゲンは直ちに駐留帝国軍から迎えの騎士を出した後、領事館前でバレンリア公の到着を今か今かと待っていた。

やがて一行が見えて来るとラーゲンは驚きを隠しきれなかった。馬車には矢の痕が多く残り、騎乗する騎士達も何かしらの傷を負っているのだ。賊の襲撃と聞いていたが、どうやら襲ったのは盗賊団なのではない事は明らかだ。

馬車から降りるルドルフの姿にラーゲンは緊張する。

「バレンリア公爵閣下‼︎御無事で何よりでございます‼︎」

ラーゲンは最敬礼をし、頭を垂れる。

「此度は我等、駐バレンリア領事管区内でこの様な不祥事が起きました事、どうお詫びしたら良いか…」

「よい。非は賊にあり、お前達が詫びる必要は無い」

「ははぁ‼︎」

「それより、先ずは部下達を休ませてやりたい。道中、酷い有様でな」

苦笑するルドルフを見て、ラーゲンは責を問われる可能性は低いと胸を撫で下ろす。

「はい、宿舎のご準備は出来ております」

「うむ。ああ、それと迎賓室をもう一部屋用意せよ」

「迎賓室でありますか?」

「この者達を泊めてやって欲しいのだ」

ルドルフが示した先にいるアカリ達の姿に、ラーゲンは息を呑むとと同時に驚愕した。


- あの堅物で有名なバレンリア公が女連れだとっ⁉︎しかも飛びきり美しいじゃないか‼︎


ルドルフがどんな美しいとされる令嬢であっても、見合いを断り続ける堅物だというのは有名な話であった。一時は男色家なのでは?と噂まで建つ程だ。

それが美少女を、しかも片方は美姫といっても過言でない少女を連れているのだ。


「こ、こちらの美しい女性方は…?」

「俺の恩人達だ。丁重に頼むぞ」


その言い回しにラーゲンは確信した。二人はバレンリア公の情婦であると盛大な勘違いで。

「畏まりました」

言葉の意味のまま、女の二人がルドルフを救った恩人とは思えないのも無理がないだろう。


- 英雄、色を好むとはよく言ったものだ。閣下も男という事だな


勘違いをしたまま二人の部屋をメイドに手配しているラーゲンを横目に、アカリはルドルフにどういう事かと詰め寄っていた。

「ルドルフ様?さすがに俺達は普通に街で宿取るよ?」

「時間も遅いし、お前には報酬の件もあるしな。まずこれ位は遠慮するな」

「むーん…リアはそれでいい?」

「何か凄く気が引けるけど…公爵様がそう仰るなら、甘えてもいいかしら。確かに今から宿を探すのも大変だし…」

「はっはは‼︎それで良いぞ、リアよ」

結局、二人はルドルフの計らいで帝国領事館に宿泊する事になる。

その日はさすがに疲れがあり、二人はふかふかのベットで熟睡してしまうのだった。




翌朝の目覚めは素晴らしいものだった。

「くううう‼︎ベッドが最高だったああ‼︎」

迎賓室というだけある上質なベッドの寝心地は良く、身体の疲れは完全に取れている。

「こっちの世界、何処もベッド硬いのが不満だったんだよね」

それには同意見の様でリアも頷く。

「私、こんなベッドで寝たの初めてよ…価値観変わって怖い…」

「ルドルフさんの誘いに乗ってよかったわ」

「うう…それが一番怖いけど」

相変わらず小心なリアである。

「だいたいこの部屋だって、貴族様とかが泊まる部屋でしょ?私達が居るのってかなり場違いだと思うんだけど…」

二人にあてがわれた部屋は広く、調度品も高級そうな物が置かれている迎賓室だ。二人が寝ていたベッドも天蓋のついた立派な物だった。


アカリはベッドから降りて寝衣を脱ぐと、普段の制服姿に着替え始める。

ちなみに昨日着ていたブラウスや下着などは侍女が洗濯をしてくれるらしく、昨晩入浴した際に持っていってくれていた。なので今日はどのブラウスとスカートを組み合わせるかと、幾つかバックパックから取り出して並べる。

「まあ上はいつも通りとして、水色とスカートはチェックパターンを変えてみよう…んー、たまにはリボンにしようかなぁ」

などと楽しそうに吟味するアカリ。

その様子を見ていたリアが、何か言いたそうにそわそわしている。

「どしたの?リア」

「んっ⁉︎あ、いや…いっぱい持ってるなーって思っただけよ」

リアは恥ずかしそうに目を逸らした。


「んー?」

彼女のその態度の理由を考える。

「…もしかして着てみたい?」

「…」

どうやら正解らしく、顔を紅めるリア。

彼女も女の子である。平民にとってオシャレなど贅沢なものだが、それでも可愛くなりたいという願望は異世界でも共通なのだ。

「イイよ‼︎」

アカリのテンションが一気に上がった。ゴソゴソとバックパックの異空間に手を突っ込み、美少女のリアに合うコーデを考え始める。

「何がいいかな。制服も可愛いだろうけど、うーん」

「え、あ、ちょっと⁉︎いいのよ別に。私は平民だし亜人種だし、アカリみたいに可愛くないし…‼︎」

慌てるリアだが、本気で止めようとしない事から満更でもないのだろう。そんなツンデレ美少女の姿に、アカリはある衣装の存在を思い出す。

「先ずはこれ着て〜」

先ず取り出したのは黒いブラトップとショーツのセットである。今までブラジャーを付けた事のないリアの事を考えた選択だ。

「…これって下着?」

「そーだよ。どうせならまるっとイメチェンしよう。あ、安心して?それ新品だから」

「う〜…」

まさか下着まで用意されるとは思ってもいなかったリア。

「…ちょっとあっち向いていてよ。さすがに恥ずかしいわ」

普段とは違って恥ずかしいらしい。

アカリが言われた通りに外方を向くと、リアは着替えだした。

「…パンツぴっちりしてるのね。アカリが履いてるのみてて思ってたけど。このシャツみたいなのは…これ胸はどうすれば…胸当防具みたいなものかな」

とりあえず下着を変え終えたらしく、アカリに声を掛けた。


「…着替えたわよ」

アカリが振り向くと、そこにはレースが可愛い下着姿のリアが立っていた。

「これは…ぐへへ、めっちゃエロいな」

「⁉︎⁉︎ちょっと⁉︎」

鼻の下を伸ばすアカリにたまらず抗議する。

「うううううっ‼︎早く服をちょうだい‼︎」

顔を真っ赤にしてクネクネと悶えるリア。

「はいはい」

差し出された衣装を引ったくると、いそいそと着る。

「…これでいいのかな」

リアに渡した衣装はフリルを多用した薄ピンク色をしたオフショルブラウスに黒のスカート、ニーソックスといった典型的地雷系コーデであった。

「ど、どう?」

リアはその場でくるんっと一回転して見せる。

「……」

それを見たアカリは口を手で押さえて俯く。

「…な、何よ?」

「…めっちゃくちゃ可愛いなって」

「ッ〜〜⁉︎」

最早茹蛸の様になったリアは顔を両手で覆い、ベッドにぼふっと腰掛ける。

アカリはそんなリアの横に移動した。

「リア、後ろ向いて?髪整えてやるよ」

「?」

リアの髪を櫛で整えながら、蝶々をモチーフにした髪ゴムでハーフアップツインに結く。

「出来た。鏡見てみ」

言われた通り、彼女は姿見の元に移動すると驚きの表情を見せた。

「か、可愛い…」

「でしょ?リアは可愛いしな」

「…ふ、服が可愛いだけよっ…‼︎さすが異世界の服ね」

「それを着こなせてるんだから、リアが可愛いんだよ」

こんな事にツンデレを発揮しなくてもいいのにとアカリは笑う。

「服、色々あるしさ。可愛いくなろうぜ?」

アカリの満面の笑みに、リアはか細い声で頷くのだった。




「おはようございます。ご朝食をお持ちしました」


リアの地雷系女子デビューから暫くして、部屋に領事館の侍女が朝食を持ってやってきた。パンとスープとサラダ、肉とじゃがいもの様な物を炒めた料理などが二人の前に並べられていく。

自分が接待を受ける事にリアが再び小心を発揮。先程から椅子に座って縮こまっている姿が可愛らしい。

朝食を並べ終えた侍女は一歩下がると、頭を下げる。

「バレンリア公爵閣下よりアカリ様へお託けを賜っております」

「ルドルフ様から?」

「はい。夜酒をご一緒したいとの事です。それまでは好きにせよ、と仰られておりました」

「…呑みの誘いって…今日もここに泊まる前提になってない?」

「ちょっとアカリ⁉︎貴方、泊まる泊まらないとかより、公爵様からの誘いって方を気にしてよ⁉︎」

「うーん…まあ断っても良い事無いだろうしなーって?」

「そりゃそうでしょうけど…でも何で夜酒なのかしら」

「公爵様は殉職された方の弔いなど、夜までお忙しいからと仰られていました」

「昨日の今日じゃ当然ね…」

理由は納得出来るが、どうにもリアは不安な態度を崩さない。

「どしたの?何か引っ掛かってるみたいだけど」

「…何でもない。これ以上考えても不敬なだけだし…」

「?…まあ、承諾するって伝えといて」

「承知致しました。閣下もお喜びになるでしょう」

それを聞いた侍女は、一礼して退出していく。


「さてと、日中はフリーになったし、ダンドルンの街を見て回ろうと思うけど…」

リアを見ると怪訝な表情のままだったが、アカリの誘いを聞くと直ぐに立ち上がってアカリの手を掴んだ。

「…行こう‼︎私が案内してあげる」

そう言ってアカリを引っ張って行くのだった。



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