第19話



 ※ドワーフ視点



 山小屋の中、ドワーフ三人組はクルスたちにをした。


 わしらは定期的に右列の連中を襲撃していたし、これだけ小柄だと逆に目立つと思うので、どこか隠れられるような場所はないかというものだった。


 潜伏できるならリュックでもなんでも。最悪、箱詰めでも構わないが、その際は呼吸と気分転換のため、複数穴を開けてほしいと。


 すると、ユイが魔法の袋を持っているので入ってみてはどうかという話になり、ドワーフたちはそれに応じることになった。


 魔法の袋というのは、サイズさえ合えばなんでも無限に入るという不思議なものだった。なので小柄なドワーフが入るにはちょうどよかったのだ。


 そういうわけで袋の中へと入ったオルド、シャック、グレースのドワーフ三人組。


 最初は不安そうな色を覗かせていたが、袋の中が意外に広くて快適なことに気づいて驚いていた。


「ひゃっほう! どんなものかと内心ビクビクじゃったが、心配無用じゃった。ここはなかなか居心地が良いのう!」


「うおおぉっ! 中はめっちゃ広いし、食料だっていっぱいあるぞー!」


「うひゃあっ! なんという楽園ですか! って、オルド、シャック。食料はボスたちのものですから、勝手に食べてはいけませんよ⁉」


 三人はしばらく袋の中で大騒ぎしたあと、倒れるように横たわって眠りに就くのだった。彼らの睡眠時間は驚くほど短く、そして限りなく深いのだ。


 それから少し経って、彼らは何事もなかったかのようにほぼ同時に起き上がり、それぞれ真剣な顔で仕事の準備に取り掛かる。


「シャック、グレース。ようやく、わしらにとって本来の仕事ができそうじゃな」


「まったくだ、オルド。あっしらには山賊なんかよりこれが一番だ」


「そうですね、オルド。この音と手応えがたまらんのです」


 オルドが鍛冶に使う道具を取り出して点検作業に入り、シャックは大槌ハンマーや金敷をピカピカに磨き、グレースは鉄を軽く試し打ちしてその具合を確かめた。


 それら全てのことが、本格的な鍛造における準備だった。職人気質である三人は、何事も準備こそが肝要であると理解していたからだ。


 ドワーフたちは基本的に隠し事をしないし、好きなお酒も我慢しない。お互いに言いたいことを言い合い、祭りも喧嘩も好きなだけやる。仕事も遊びも全力だった。


「歌うぞ、歌うぞ、歌うぞ、わしらは愉快な三人組!」

 

「叩くぞ、叩くぞ、叩くぞ、あっしら鍛冶師三人組!」


「飲むぞ、飲むぞ、飲むぞ、私ら酒飲み三人組!」


 飲んだり歌ったり踊ったり、ひとしきり騒ぐドワーフ三人組。まもなく、鼻をほんのりと赤く染めたオルドが袋の外を覗き込んだ。


「おおう、見てみろ、シャック、グレース。ここはもう山小屋の中ではない。ボスたちは既に出発しているようじゃぞ!」


「本当だ、景色がどんどん動いてる。クラインの町が楽しみだ! でも、エルフの国へ行くのは嫌だなあ」


「私もエルフの国なんて行くのはまっぴらごめんですが、旅はとっても楽しいのであります!」


「うむ、そうじゃな。旅は最高なのじゃ! わしだってエルフは好かんが、最近はこの国もきな臭い感じがするから、エルフの国のほうがマシかもしれんぞ⁉」


「オルド、それはあっしも感じる! この国、そろそろ危ない気がするぞ!」


「ええ、オルド。私も危険な臭いがすると思います! そういえば、ボスはあの男を受け入れましたね」


「グレースよ。それはあれじゃ。クルスとかいう、やたらと強い男じゃな。ボスはああ見えて乙女じゃからのう。相手が右列じゃなければ当然、強くて優しい者には惹かれるのじゃ。ふぉっふぉっふぉ!」


「ボスが仇を討つところも見たいが、恋をするところもあっしは見てみたい!」


「まあ、それはなんて素敵なラブロマンス! 嗚呼、もっとあの男の近くに寄ればいいのに、もどかしいですねえ!」


「まったくじゃ。では歌うとしようか。わしらの頼もしい、ボス、ボス、ボスッ!」


「あっしらの誇り高き、頭、頭、頭っ!」


「私らの美しい、乙女、乙女、乙女っ!」


 袋の中でドワーフたちの愉快な宴会がしばらく続いた。



 ※サクラ視点



「は――はっくしょん!」


「……」


 クラインっていう町を目指して、自分たちが山小屋アジトを出発してからまもなくのこと。私は大きなくしゃみをしてしまった。やだ、恥ずかしい……。


「サクラ、風邪でも引いた?」


「具合が悪いんですか、サクラさん?」


 クルスもユイも凄くいい人だ。こんな人たちを右列だと疑ってしまった私って、一体……。


「い、いや、なんともない。誰かが私の噂でもしてたみたいだ」


「なるほど、噂か……」


「サクラさん、それって、やっぱりあのドワーフさんたちでしょうか?」


「た、多分。オルドたちはああ見えて噂話とか好きだから……」


「へえ。どんな話をしてるんだろう?」


「さあ……」


 想像力のあるドワーフのことだから、私について変な話でもしてそうだ。


 それにしても、魔法の袋の中ってどんな感じなんだろう? 自分たちは入れないからどんな具合なのかはわからない。窮屈な思いをしてなきゃいいけど。


 そうだ。クルスとユイの関係ってどうなのかな? くしゃみもしちゃったことだし思い切って聞いてみよう。


「……と、ところで、クルスとユイはどういう関係なんだ?」


「へ? 僕たちは――」


「――カップルです!」


「か、カップルなのか……。それなら私はクルスと少し距離を置いたほうがいいかな」


「い、いや、そんなの気にしなくていいって。今のはユイのお得意の笑えないジョークだから」


「え……違うのか……」


「違う違う。大体、恋愛なんてできるような状況じゃないしね」


「ふむ……」


 びっくりした。でも、それならよかったかも。このクルスって人、なんだか落ち着いてて私の好みだし。ちょっと兄さんに似てるかも。


「んもー。クルスさんったら、むきになって否定しちゃって。照れ屋さんなんですからー」


「ユイ……いくらジョーカーだからって、なんでもジョークで済ませないように!」


「わ、わかってますよう……」


「え? ジョーカーだって? ユイが? どう見てもそうは見えないんだが……」


 ジョーカーっていったら、ピエロみたいなやつだよね? 全然イメージと違うんだけど。


「いえ、私はジョーカーですよ? 何故なら女子高生、つまりJKなので!」


「あぁ、そっか。女子高生でJKだからジョーカーね……。でも意外。ユイって年下だと思ってたのに、年上なんだ……」


「えっ⁉」


「ん? 何かおかしいかな? こう見えて私はまだ中学2年生なんだが……」


「……」


 あれ? クルスとユイがぽかんとした顔を見合わせてる。私、なんか変なこと言っちゃったかな?


 そういえば、私って山賊みたいな恰好をして二人を襲ったんだから、子供のくせに大人びてるって思われてもおかしくないか……。

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