第22話 銭湯には、やっぱりコレでしょ

 口を覆って涙を堪えている私に、グテーシッポ王子が言う。


「みんな心底嬉しいのさ。自分たちのことを忘れないでいてくれた事がな」


「ありがとうございます、グテーシッポ王子。なんと感謝申し上げれば」


「それはこっちの台詞だ。俺もマッカリアスも、オネイテマスも、あんたには感謝している」


「オネイテマス王子が? そう言えば、オネイテマス王子のご様子はいかがですか。あれ以来、お目にかかっていませんが」


 グテーシッポ王子は顎髭を触りながら眉を寄せた。


「ずっと自分の部屋に閉じ籠ったままらしい。きっと、自分のせいで好きな男を死なせてしまった事がショックなのだろう」


「自分のせいで……オネイテマス王子は、まだ何も……」


「いいや、あの馬車はアイツが使うつもりで、数日前から予約していた馬車だ。犯人の狙いはアイツさ。それに、惚れた男を巻き込んじまったのさ、アイツは」


「そんな……」


「だが、ホログラムのリモートで話した時には、少し元気そうだったよ。あんたに感謝していた。自分のことを女として扱ってくれた女性は、あんたが初めてだってな。初めて友達ができたとも言っていた。俺もアイツの兄として感謝しているよ。本当に弟が世話になった」


 グテーシッポ王子は改めて私に頭を下げた。


「どうか、頭をお上げになられてください。皆が見ています。私も、特にたいして何かをした訳でもありません。ただ、お城の中でも辛い思いをされておられるようですし、何か力になれればと思って……」


「例の張り紙や花壇の事か」


「ご存じなのですか」


「当たり前だ。俺も王族の一人だし、あの王宮の住人だぞ」


 自分の困り顔を銀色の手で指差したグテーシッポ王子は、真顔に戻って話を続けた。


「王都警察の話では、今回の爆弾犯と先日の王宮への侵入者は、どうも同一人物らしい。どちらの現場でも共通する指紋と微粒子が検出されたそうだ」


 科学捜査の方も進んでいるのねえ。なのに、竜とかに乗って移動かしら。理解に苦しむわー。


「では、犯人は……」


「オネイテマスに強い恨みを抱いている者ということになるが、王都警察の方では、指紋と検出微粒子から大方の犯人像が絞り込めているそうだ」


 そう言いながら、グテーシッポ王子は懐から一枚の写真を取り出した。


 あ、この世界にも写真って在るんだ……。


 という事実よりも、私はその写真の下に書かれた文字を読んで驚いた。


 ――ぼんばあきひこ――


 たしか、こちらの文字の読み方だと、そう読めるはずだ。


 グテーシッポ王子は鉄の指で写真の顔を弾いてから言った。


「こいつはオネイテマスが先日産んだ転生者だ。『ぼんばあきひこ』 転生当時、奴はそう叫んでいたそうだ。おそらく、前世での自分の名前だろう。聞き覚えはないか?」


 凡芭明彦。名前を見た覚えがある。顔は知らないが、あの爆弾魔のネットニュースを書いていた記者だ。


 まさか、この男があちらの世界でも爆弾魔だったというの。一連の爆破事件は全て自作自演。警察官を名乗り、銭湯で不自然なロッカー調査をしていた男……たぶんそれも凡芭。私はこの男が仕掛けた爆弾のせいで死んだ。


 しかも、この写真を見る限り、確かにユーディースさんの外観と似た雰囲気はある。ということは、産んだオネイテマス王子の好みのタイプだということ。つまり、彼が産んだ転生者。もしそうなら、男だというだけで冷遇され、城の外に放り出された恨みを、自分を産み落としたオネイテマス王子に対して抱いても不思議ではない。


 急に恐怖が襲ってきた。ロッカーを開けた途端に光と熱風に押された、あの恐怖。指先と膝が震える。


 汗を拭きだしている私の顔を見たグテーシッポ王子は、その写真を懐に戻した。


「心配する事はない。警察や近衛兵団がこの男を行方を捜しているが、追っているのはそいつらだけじゃないからな」


 黙って顔を向けた私に、グテーシッポ王子は言った。


「グレーテマスのやつが交流のある連中のネットワークを駆使して、この男の行方を追っている。知っての通り、アイツの知り合いは、この王都の地下に蔓延はびこるワル連中だ。闇ルートを使って情報を集め、どんなところに隠れても必ず見つけ出す。この男が捕まるのは時間の問題だな。問題は、この男が生きたまま見つかるかどうかだ」


 安心できるのだろうか。あの警視庁下の東京都内で四件の爆弾事件を起こしながら、堂々とネットで名乗って記事を配信していた男である。相当に狡猾であり、図太い神経の持ち主であるはずだ。この件でも、一筋縄ではいかないのではないか……。


 私が不安に表情を曇らせていると、一台の幌馬車が星乃湯の玄関前に停車した。思わず、私は後退りする。


 幌馬車の前の席から降りてきた皺くちゃのおじいちゃんが、伝票のような物を広げながら暖簾を潜ってきた。


「すみませ~ん。星乃湯さんって、こちらですかねえ」


 私はハッとして、すぐに返事をした。


「はい、そうです。星乃湯です」


「ご注文のありました、『こぉひぃ牛乳』ってやつを言われたとおりに作って持ってきましたが、どこに置けばいいですか」


「あ、では、こちらのカウンターの横に置いてください」


 特注で作ってもらったコーヒー牛乳だ。宇宙牛とかいう奇妙な生物の乳の味が、私がいた世界の牛乳とそっくりだったので、コーヒーと似た風味の豆を探して燻し、それでコーヒーもどきを作って宇宙牛の乳と混ぜた、お手製のコーヒー牛乳だ。宇宙牛の外観については、絶対に知らない方がいいと思い極秘事項とした。とても牛とは思えない外観だし、どうみても地球にいるアレの大きなやつにしか私には見えないから、早く記憶から消すよう努力している。脚が八本あるとだけ言っておこう。だけど、味は、まずまずのものだ。銭湯を開くと決めた時、これだけはどうしても必要だと思ったから、最初から準備していた。それがやっと届いたのだ。


 アルクメーデーが嬉しそうに言う。


「やっと届きましたね。これ、美味しいんですよねー」


 グテーシッポ王子は怪訝そうな顔をしていた。


「なんだ、この濁った液体は」


「コーヒー牛乳です。銭湯には欠かせない聖なる飲み物です。一本飲んでみますか」


「あ、ああ。いただこう」


 グテーシッポ王子はコーヒー牛乳の瓶を取り、難しそうに蓋を外して、口をつけた。最初の一口を飲み込んでからは、流し込むように残りを一気に飲み干す。


「美味いな。なんだ、これは……」


「よかったー」


「イオリ様、これで客足が戻るといいですね」


 私は小さく頷いて、ウインクをして返した。それでも、一抹の不安は拭えなかった。



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