第2話 輝く記憶

 なんか、あたたかい。


 体はフワフワとして宙に浮いているような感覚だけど、周りから優しく圧されるような感じもする。頭上方向に圧されて移動している感覚。天に昇っているのかしら。


 そっか、私は死んだのね。あれは爆弾だったもんね。ロッカーを開けたと同時に爆発して即死、そういうことよね。だって私、全裸だもん。さっきは服を脱ぐ前だったのに、今は全裸になってる。人は死んだら、生まれた時の状態に戻るのね。これはお母さんの子宮の中の追体験かしら。不思議な感覚。周囲から圧されているのに息苦しくもないし、痛くもない。だけど……臭い。


 くっせー! 何よ、これ! なんだか周りもネチネチして気持ち悪いし、とにかく、臭い!


 ていうか、昇っているんじゃなくて、逆様に落ちてるんじゃないの? なんか四方八方からムニムニと押されて、頭の方に移動しているのですけど!


 って、なんだか、頭の周りが急にキツくなってきて、何かに絞められているような……おふぁあ!


 私は何か狭い出口から外へと排出された。外と言っても水の中だ。いや、温かい。水じゃない、お湯だ。あれ? ここは銭湯なの? どうしてお湯に?


 深さがあるようで、足はどこにもつかない。溺れる!


 お湯の中で私がもがいていると、下からふわりとすくい上げられた。キングサイズの大きなベッドのような……。


 体の周りを包んでいたお湯が崩れるように周囲に零れ落ちていく。


「ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ、ゲホッ……」


 強い光に照らされて激しく咽ていた私を、今度は大きな影が覆った。顔を手で拭って濡れた前髪をかき上げる。眩しさに耐えながら瞼を上げようとしていると、男の低く籠った声が響いた。


「おお、なかなかの美人だぞ。よかったな、息子よ」


 その声量は台風で吹き荒れる暴風のようだった。天に響く神の声なのか、ものすごく大きい。


「あなた、いつまで持っているのよ。臭いから早く洗ってちょうだい!」


 女の声だ。ん? 持っている? 


 何とかまぶたを上げた私は、自分を支えている床を見てみた。ごわごわのシーツのようだが、何か違う。ゆっくりと周囲を見回す。柱が立っている。一、二、三、四、五……十本。ん? 指? ということは、これは……手!


「父上! 洗うのは僕が自分でやります。いつまで見ているのですか! 早く返してください!」


 若い男の声。体に風が当たる。床ごと移動しているのかしら。


「おお、すまん、すまん。ホレ、落とすなよ」


 床が斜めになり、私は転がった。そのまま別の柔らかい床の上に落ちる。


「危ないなあ。気を付けて下さいよ。せっかく生んだのですから」


 声の方に顔を向けようとすると、私の視界を黒いものが覆った。何か大きな布のような物を頭上から掛けられたようだ。


 四人目の声がする。少し老けた感じの声だ。


「もう目を開けたようですな。ここの光は生まれてきたばかりの者には強すぎるはずじゃ。暗室に運んだ方がよいでしょう」


 最初の男の声が再び響く。


「もう目を開けているだと? そんなばかな」


 老けた声が続く。


「特異な体質なのかもしれませんな。成長も早いかもしれませんよ。もう少し『よめもと』をかけてみましょうか」


 若い男の声が割って入った。


「ちょっと待って。その前に洗ってしまわないと。ええと、どこをどうやって洗えば……」


「じゃあ、ワシが洗ってやろう。何度もやっとるから慣れてるしな」


「父上! やめてください! 僕の嫁なんですよ。どうして、そんないやらしい目で見るのですか!」


「あなた、ちょっとこちらにいらして下さい。話しがありますの!」


「ほら、父上。母上が呼んでますよ。早く行って」


「貴様、息子の分際でこのワシに指図する気か! ワシはこの星の王だぞ」


「ヘーラクレレス王様、どうか落ち着いてくださいませ。ヒュロシ王子も、どうか冷静に。親子喧嘩はおやめください。デュアネイラ王妃のおっしゃるとおり、この嫁は臭すぎます。ああ、いや、ヒュロシ王子、皆はじめはそうですので……。とにかく、洗いましょう」


「だから昨日から肉は食うなと言ったんだ。ワシの助言に逆らいよって」


「自分の嫁のことは自分で決めます。父上は口を出さないでください」


「なんだと!」


 なんだか、すごくうるさい。天国って、こんなに騒がしいのかしら……。


「お二人とも、どうか冷静に。こんなにめでたい日なのですから、喧嘩はよしましょう。ヒュロシ様、洗うのは、世話係にさせてはいかがでしょう。同じ女性ですから、その方がよいかと」


「わかった。では、そうしよう。早くしてくれ。払い終わったら、すぐに『嫁の素』をかけてみたい」


「かしこまりました。――アルクメーデー、こちらへ」


「お呼びでしょうか、イオラオサン様」


「アルクメーデー、すまぬが、急いでこの者を洗ってくれ。怪我をさせないよう丁寧に頼む」


「かしこまりました」


 私はまた転がった。今度は正真正銘の柔らかい布に受け止められた。そのままどこか薄暗い部屋に運ばれた後、私の脚よりも太い指で腕を摘まみ上げられたり、股を広げられたり、逆様にされたりして、お湯と石鹼のような泡で全身を隈なく洗われた。


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