世界で一番の『機械技師』が残したもの

アールサートゥ

世界を救った『機械技師』

 破壊の限りを尽くされ、紫の空まで見えるようになった『王座の間』。

 尤も、肝心の王座はそこに座っていた奴にぶち壊されてしまっているのだが。これじゃあもうただの『青天井ホール』でしかない。

 ああだが、せっかくの死に場所なんだからここは『王座の間』だと言い張っておくか。『青天井ホール』で死にましたなんて、カッコ悪過ぎて公表できたもんじゃない。


「…………見事」

「…………そりゃどーも」


 最後を一緒にするのが絶対悪の《悪魔王》ってのが、心中みたいで気に食わないんだがな。


「美しき《歯車の勇者》よ。その細腕でよくぞ我が心の臓を貫いた」

「全くだ。わしはただの機械技師だってのによぉ。一月訓練したら悪魔王殺しに行けなんざ、狂ってるとしか思えねぇ」


 ありゃぁ酷い思い出だ。おかげで修理依頼を30件もすっぽかしたし、友達の結婚式にも顔を出せなかった。

 死に際に思い出すもんじゃないな。王様達を祟っちまったら可哀想だ。

 まあ、5年も魔界を旅させられたんだから、文句の一つも言いたかったが。最初の頃王様殺す夢を見てたのは内緒だな。


「クククっ、人とは知らぬ間に狂うか弱い生き物よ。貴様の如き可憐な少女でさえ犠牲にするのだからな」

「わしはもう21だってんだ。ちんまい言ったらぶん殴るぞ」


 とは言ったものの、人間界から叩き出されたのが16だから、当時は十分小娘だが。


「我が悪魔王になってから2300年。斯様に矮小な小娘に弑されるとは……クク……クハハハハハ!」

「ちんまい言いやがったな。てか高笑いすんじゃねぇ。内臓が震えて気持ち悪いんだよ」


 土手っ腹にブッ刺さった《悪魔王》の右腕。《勇者の核》を腹ん中に入れたのは失敗だったか。

 てか本気で不快だ。内臓がぶるぶるしてくすぐったいったらない。

 お返しで歯車で出来た杖をぐりぐり動かす。

 流石の《悪魔王》も心臓かき混ぜられれば堪える……だめだ。心臓抉られてるっつうのに全く気にしやあしねぇ。高笑いすんじゃねえって言ってんだろ。

 まあ、死に際ぐらいは陽気で良いか。

 見上げる《悪魔王》と見下ろす《勇者》。ちと体が近過ぎて不満だが、贅沢は言えないからな。


「クク、愉快」

「わしは不快だボケナス」


 互いに少しでも力を込めれば、即座に殺せる。

 あの人間を絶滅一歩手前に追い込んだ《悪魔王》と刺し違えるたぁ、ほんと自分を褒めてやりたいよ。


「マス、ター」

「おーう前ら。怪我は大丈夫かよ」


 顔を横に向ければ、五体の自動機械オートマタが揃っている。《歯車の勇者》の能力で組み上げられた、機械仕掛けの神器達だ。


「損傷軽微。損壊個体なし。しかし……マスターは」

「んな悲しそうな顔すんじゃねぇよ。お前らが無事なら言うことなしなんだ。わしがそう言うんだ、間違いねぇ」

「本当なら我らがマスターの盾となるべき」

「それ以上言うんじゃねえぞ。わしの覚悟を愚弄する気か?」


 鋭く睨めば、顔を背けられる。申し訳なさそうな機械音が耳についた。

 心ある機械。子供同然の奴悲しませるとは、自分の罪深さに呆れ果てるよ。


「誠に愚か。神器を庇う為に切り裂かれ、貫かれ、血を流す。これほどの愚者が未だ生まれようとは」

「うるせーぞ《悪魔王》。どれだけ愚かしくとも、わしからみりゃあこれが賢いやり方だ」


 確かに、《悪魔王》とその眷属である悪魔種デモニアを殺す者が《勇者》だろうさ。

 その後のことなんざ知らんと突き進む“勇気”ある者が、《勇者》って言われんだろうさ。

 だが——


「わしは《勇者》じゃねえ。わしは『機械技師』だ。誰が何と言おうがそれだけは譲れねぇ」


 機械技師はいつだって未来を生きる奴らを考えなきゃならない。


「わしが生きたってせいぜい60まで。だがオートマタわしの子らならこの先何百年、何千年だって動き続ける」


 2300年前に《悪魔王》が生まれてから、世界全土で繁栄していた人類は瞬く間に追い込まれた。

 501、それが今の人類に残された領土だ。

 これまで何人もの勇者英傑が生まれては、維持もままならぬ抵抗で死んでいった。

 それが今日解放される。

 そして、そこからが問題だ。


「計り知れない資源。2300年手付かずだったフロンティア。そいつら開拓するにゃあ、わしじゃちと手に余る」


 だから託すんだ。


「わしが死んでも関係ねぇ。わしの子らは人を助ける」


 信念を。


「世界の果ての景色だって拝む」


 夢を。


「子供が死なない都市を作る」


 優しさを。


「馬鹿やった奴をぶん殴る」


 厳しさを。


「人が目指すなら星々の海にだって連れてってやらぁ」


 未来を。


「『機械技師わし』が魂込めたオートマタ子供達だぞっ!」


 迫り上がってきた血塊を、地面に吐き捨てる。技術者が敵に唾吐くのはイメージが悪い。

 自動機械オートマタに笑ってみせる。

 見とけよ。これがお前らの『機械技師おや』だ。


「歯車に刻みやがれ、わしの愚子ども」

「いいえ」


 あ? 最後の最後で反抗期か?

 いや、この決意ある目はちげぇよな。

 

「マスターの……母の言葉、に刻みます」


 たくよぉ……最後の最後まで喜ばせてくれんじゃねえか。


「クハッ、クハハハハ! 神器を生かす道に進んだか。何を捧げたのだ?」

「良い気分ぶち壊すんじゃねえ。その高笑いやめろっつったろうが」


 《悪魔王》らしく人の都合なんて考えもしない。

 にしても、やっぱこいつも知ってるよな。


「何を捧げたかだぁ? 見ての通りだ」


 全ての指が途中で断ち切られ、歪となった左手を見せつける。


「五本の指。その程度では十年も保つまい」

「そりゃあ自分の血を全部捧げたあんただ。こんぐらいって思うだろうよ」


 《悪魔王》は天才だ。だが自分で何もかもできるが故に、知恵を振り絞ることをしなかったんだろうさ。


「神様ってのは十二の奇跡で世界を作ったらしいな。そして全ての奇跡は右手で行った」

「それがどうした」

 

 天才を見下すのは気分がいいな。


「わしも重要なことは右手でする。心臓貫いたのも右手だ。だがおかしいだろ? 神様はただあるだけで奇跡を体現する。そんなら

「まさか」


 《悪魔王》の目に純粋な驚きが浮かんだ。

 今、《悪魔王》が一介の『機械技師』にしてやられたわけだ。


「単純だなぁ。ってだけの話だ」

「誰も知らぬ。だが確かに保証された奇跡か」

「誰も知らないならわしが決めてもいいだろ。作ってやったのさ、《人類を解放し共に歩む》っていう奇跡をな」

「それを、左手に紐付けた。人類史上最高の偉業が刻まれれば、貴様の指を核に機械が奇跡となる」


 理解が早過ぎんだろ。あっさり4年を超えられちゃあ笑うしかねえ。


「どうだい先輩。人間捨てたもんじゃねえだろ」


 2300年待たせてすまねえな。やっと人間も、不満言うだけじゃなくなったんだよ。


「ククク、クハハ、クハハハハハハ! 見事! それでこそ人間よ! あらゆる困難を超えて、よくぞ星を掴んでみせた! クハハハハハ!!」


 内臓揺れて不快なんだが、今だけは我慢してやるさ。

 七枚目のイイつらの中で目元が光って見えるのも、なんかの見間違いだろうよ。

 “象徴”なんか背負っちまったときから、《勇者》も《悪魔王》も自由に泣く権利はもうないんだ。

 

「驕り高ぶった先祖さんよぉ。『機械技師』なんぞに尻拭いさせてんじゃねえよ」


 おっと、外からガシャガシャ大勢の移動する音が聞こえてくる。

 《悪魔王》の顔を左腕で隠す。おら、人に見せられる顔にしやがれ。


「勇者様!!」

「てめぇらも《勇者》だろうが。てか、わしは『機械技師』だって何回言わせんだ」


 先頭にいたのは四人。

 優男の《剣の勇者》。色黒巨漢の《鎚の勇者》。妖精の耳を持つ《箱の勇者》。髑髏の仮面付けた《死の勇者》。

 そいつらの後ろに数十人の騎士と、騎士と同じだけの自動機械オートマタが付き従っている。

 

「勇者様! 今お助け——」

「くるんじゃねえ!!」


 馬鹿共がよ。腑抜けたつらみせやがって。

 勇者達の後ろに控える上級騎士を睨みつける。


「ジャル、てめぇが背負ってんのはなんだ? ガール、キキ、テッカ、てめぇらもだ」

「……勇者様の子供です」

「そんなこたぁわかってんだよ」


 キリキリと響く弱々しい歯車音。《歯車の勇者》の自動機械オートマタだ。

 聞きたいのは何故壊れかけのそいつらを背負っていて、なおかつ自分達はでかい傷負っているのかだ。


「庇ったのか? まさか庇ったんじゃねえだろうな? わしの子助ける為に傷つきやがったのか?」


 どいつもこいつも揃って顔を背けやがる。《勇者》四人もだ。


「わしは言ったはずだぞ。自動機械オートマタ庇うマネは許さねえって」

「彼らは仲間だ! 君の子供で、心ある人間だ!」

「甘っちょろいこと言ってんじゃねえぞリクター。《剣の勇者》が聞いて呆れる。機械はどこまでいっても機械だ、人を助けるのが仕事だ。庇われて人を傷つけるなんざ不良品なんだよ」


 何回言わせんだよ。


「てめぇらは、『機械技師』であるわしを愚弄した。わしの信念と願いを愚弄した」


 爪食い込むほど握りしめ、歯を食いしばれ。

 『機械技師』を愚弄するっていうのはそういうことだ。


「ククク、やはり人間は愚かしい」


 腕が退けられる。涙の跡はねえな。


「人類を救った《勇者》の言葉すら守れん。これが人間よ! クハハハハハ!」


 まだ憎まれ役買ってくれるとは、《悪魔王》の鏡だよ。


「ならば希望を砕いてくれよう!!」

「わしも最後の一仕事だなッ」


 《悪魔王》が《勇者の核》を握り潰し、歯車で出来た杖が《悪魔王》の心臓横にあった《核》を砕く。

 ビキリッと、双方の体が罅割れた。

 痛みはないが、浮遊感が強くなっていく。

 これが魂の解放ってやつなのかね。


「クハハハハハハハ! 絶望するがいいッ! さらな……る……ぜつ……ぼ……」


 《悪魔王》から力が抜ける。

 口元がピクピク動いてんの見えてるんだよな。

 狸寝入りじゃねえか。ありがとよ。


「《剣の勇……いや、《剣聖のリクター》、《守護鎚のアーカソン》、《箱庭のクリュシエ》、《定めのリリア》」


 驚いてんじゃねえよ。徹夜で考えた名前だぞ。

 てめぇらはもう《勇者》じゃない。好きに生きたって誰も文句は言わねえ。言わせねえよ。


「《歯車の騎士団》の騎士共」


 お前らが欲しいってゴネてた名前だ。喜べ。


「てめぇらはわしの最っ高に誇らしい馬鹿共だ。だから進め。這いつくばってでも進め。“届かないぞクソッタレ“と言いながら星に手を伸ばせ。理想は胸の中に燃えてんだよ。人の行く先照らしやがれ。わしはそうやって馬鹿やってるてめぇらを、ずっと愛してたんだからよっ!」


 ビキビキと音が聞こえる。体が割れている。


「お前らが進む限り、わしの愛しいオートマタ子供達が助けてくれるからよ。後のことは任せたぞっ!」


 何か言ってる。もう聞こえないや。

 目の前真っ白だし、倒れてるのかもわからない。

 ああ、終わったんだ。

 が強くある必要もなくなっちゃったんだ。

 口にはしなかったけど、後悔は沢山あるなぁ。ほんっとうに沢山あるんだよ。

 花咲く草原を裸足で駆け巡ってみたかった。

 大船で大海原に飛び出してみたかった。

 雪原でテントを張って深呼吸したかった。

 砂漠で伝説の果実を探してみたかった。

 その後優しい男の人と結婚して、子供を男の子と女の子を二人ずつぐらい育てて、みんなで私の作ったお肉たっぷりで鍋いっぱいのシチューを楽しく食べる……

 もう、叶わなくなっちゃったなぁ。

 恋の一つもしないなんて、私の人生灰色ってやつだ。

 でも私は『機械技師』だから。未来を生きる人を助ける人間だから。

 それだけはやり遂げた!

 これだけは神様にだって胸を張れるよ。

 それにアイディアも設計図も全部残したし、活かしてくれればずっと楽に生活できるはず。

 あ、一つだけ言い忘れた。私の遺品は全部工房に寄付するつもりだったのに。

 仕方ないかぁ。せめて人類の為に使って欲しいなぁ。

 っ……あー、意識も朧げになってきた。

 終わりかぁ……でも……

 私は成ったよ! 世界で一番の『機械技師』に!

 だから褒めてよね————




 ————おじいちゃん。





     †††††





『いいか。わしらが目指すべきは悪魔種デモニアから人を守るための機械じゃねえんだよ』

『ええー? 私はかっこいいやつ作りたいよ』

『だから最っ高にかっこいいやつを作るんだ。何千年経っても色褪せない希望の光だぞ』

『おおー! どんなのどんなの!』

『わしらみたいな弱っちい人間を、星々の海まで連れて行ってくれるような機械だ!』

『そんなのおじいちゃんでもできないのに誰ができるの?』

『そりゃあおめぇ、世界一の機械技師にだ』

『誰なのそれー』

『決まってんだろ』

『わふっ!?』

『わしの世界一可愛いおめぇさんだ!』

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